テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「大丈夫ですか、理人さん」
火照った身体をベッドに横たえていると、瀬名が水と煙草を持って戻って来た。
「……だるい。腰が死ぬ」
「ハハッ、ですよね。……水、飲めそうですか?」
「あぁ」
差し出されたグラスをひったくるように奪い、一気に喉へ流し込む。良く冷えた水が乾ききった喉を通っていく感覚が、今は唯一の救いだった。渇きを癒すと、理人は再び脱力して枕に顔を埋めた。
「……たく、がっつきすぎなんだよお前は……」
「すみません。久々に理人さんを抱けると思ったら、ついテンションが上がっちゃって」
恨めしげな視線を送る理人を、瀬名は悪びれもせず笑って受け流す。ベッドの端に腰を下ろすと、シーツからはみ出た理人の肩を慈しむように撫でてきた。
「でも、理人さんだって途中からノリノリだったじゃないですか。もっと、もっとって強請って、自分から腰を振って……」
「や、やめろ! 思い出させるんじゃねぇっ!」
羞恥に頬を染めて叫ぶと、瀬名は声を立てて笑った。その顔が妙に嬉しそうで余計に腹が立つが、同時に胸の奥がくすぐったくもあった。
「まぁ、可愛い姿が見られて良かったです。お陰で、明日からの出張も頑張れそうです」
「っ……」
瀬名は理人の前髪を分け、額に軽くキスを落とす。満足げな笑みを浮かべる姿に、また心臓が勝手な音を立てた。
「……明日、早いんだろ。もう寝ろよ」
「……まだ、寝たくないです。もう少しだけ、理人さんを充電させてください」
甘えるように言って、瀬名が理人の胸に顔を埋めてくる。
「……たく。ガキみたいなこと言ってんじゃねぇよ、馬鹿……」
呆れ声を出しながらも、柔らかな髪を撫でる手は止められなかった。サラリとした手触りが心地よく、いつまでも触れていたくなる。 結局、瀬名の押しに負けてしまった形だが、こうして無防備に甘えられるのは嫌いじゃない。自分にしか見せない顔だと思うと、微かな優越感すら覚えるのだ。
瀬名は理人の手に自らの手を重ね、安心したように瞼を閉じた。その幸せそうな横顔を見ていると、荒れていた胸の奥がじんわりと凪いでいく。 自分にも、こんな穏やかな感覚があるなんて知らなかった。
(……はぁ。今夜は、ゆっくり眠れそうだな……)
瀬名の心地よい体温を感じながら、理人は静かに目を閉じ、繋がれた手を微かに握り返した。
ふと目が覚めると、視界はまだ重い闇に沈んでいた。 右腕だけがやけに冷たい。上掛けからはみ出していた腕を引き込むと、そこだけがすっかり冷え切っていた。
その冷たさに、思わず眉を寄せる。 ……さっきまで隣にあったはずの、瀬名の気配が、きれいさっぱり消えている。
風呂にでも入っているのかと思ったが、耳を澄ましても水音一つ聞こえない。 まさか、昨夜のことは全部、願望が見せた夢だったのか? 最悪な考えが頭を掠め、理人は慌てて身を起こした。だが、腰に走る鈍い痛みに顔をしかめる。
「っ……夢じゃ、ない……」
昨夜の情事が鮮明に脳裏を掠め、理人は両手で顔を覆った。羞恥と、どうしようもない甘さが入り混じって、心臓をぎゅっと締め付ける。 シーツを腰に巻き付け、リビングを覗く。――そこにはもう、瀬名のカバンの影もなかった。
「……あぁ、そうか。始発で行くって、言ってたな……」
着替えを取りに一度家に戻ったのだろう。疲れているはずなのに、始発まで一睡もせずに自分に付き合っていたのか。 自責の念と、言いようのない孤独感がじわじわと込み上げる。スマホを確認すれば、時刻は朝の五時を回っていた。今ごろ彼は、準備を終えて駅に向かっている頃だろうか。
理人はスマホを手に取り、発信画面を開いた。……が、親指が止まる。 今さら電話をして、何を言うつもりだ。 「寂しい」だなんて、口が裂けても言えるはずがない。
(我ながら、女々しすぎる……)
たかだか一週間程度の出張だ。それだけでこんなに胸がざわつくなんて、あり得ないはずなのに。
「ハッ……くだらねぇ」
自嘲気味に吐き捨て、理人はスマホをローテーブルに投げ出した。 再びベッドに戻り、冷え切った布団を頭から被る。
――けれど、もう二度と眠りにつくことはできなかった。 瀬名の温もりが消えた場所をなぞるように、胸の奥の落ち着かないざわめきだけが、いつまでも止まらなかった。