コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
翌日、教室内に空席が1つ。エリカの席だ。烏野高校1年3組の教室に黒丸エリカの姿は無かった。エリカは来なかったのだ。
「なあ、コイツって毎日学校来てるか?」
影山はエリカの近くの席のクラスメイトに声をかけた。
「えっ?黒丸さん?うーん・・・毎日は来てないかな。来たり来なかったり・・・あんまり仲良くないから理由までは分かんないけど。」
「そうか。」
クラスの女子が答える。来てないのか、昨日来るって言ったのに、と影山は思うが、エリカは行くとは言っていない。影山が返事を聞かずに帰路についたからだ。
「今日聞くか・・・」
「え?何か言った?」
影山の呟きは女子の耳に届いていたらしく、反応があった。
「いや、なんでもない。」
その日の夜、やはり黒丸エリカはいつもと同じ場所にいた。いつもと同じく、何もせずにただ空を見ていた。想いを馳せるように。記憶を思い返すように。
「なんで今日来なかった。」
影山は聞く。昨日来るって言っただろ、なんで来なかった、と責める。
「昨日ぶりだね影山くん。昨日、私は行くなんて言ってないよ。私の返事を聞くよりも早く帰ったじゃない。」
エリカは影山のやや威圧的な言葉にも臆せず答える。
「言っ・・・てなかったか・・・?」
言っただろ、と言いかけるも、たしかに言われてないかもしれないと踏みとどまった。
「言ってないね。早とちりしないでよ、せっかちね。」
それは悪かった、と言い、しばし沈黙。
「・・・なんで、今日来なかったんだ。」
「んー・・・面倒臭くて?学校って面倒臭いじゃん。」
影山の問いにエリカは答える。その答えは本心じゃないような気がしたが確信は持てない。
「明日は来いよ。」
今度は待つ。エリカの答えを待つ。
「気が向いたら行くよ。」
少しの沈黙の後、エリカが口を開く。
「今日は言ったな。守れよ。また明日。」
そう言って影山は公園を去った。公園から走り去る影山の背中を見送って、完全に見えなくなった頃にエリカは呟いた。
「絶対行くとは言ってないよ。おバカさん。」
そう呟くエリカの目には、淡い光が滲んでいた。
閑静な住宅街の一角。何の変哲もない一軒家に黒丸エリカは住んでいる。
「お父さん、ただいま。」
エリカはリビングで佇む父に声をかける。
「なんで、帰って来た。なんで俺の視界に入る・・・?!なんで、なんで・・・!お前じゃなかったんだ!!!」
振り上げられた拳が真っ直ぐエリカの腕に向かい、ゴツッという鈍い音が響く。
「・・・ごめんなさい。」
酷く取り乱し、深く悲しんでいる男がそこにはいた。その男の瞳もエリカと同じだった。目の前の相手を映さない孤独な瞳だ。
「もう、俺の視界に入らないでくれ・・・頼むからこれ以上、俺を最低な父親にしないでくれ・・・」
「・・・うん。おやすみ。」
エリカは父に声をかけるが、父からの返答は無い。部屋に戻って1人ベッドに入り目を瞑る。優しかった父、笑顔が絶えない父、怒ると怖い父。父の笑顔を最後に見たのはいつなのか、もうエリカの脳裏にはボヤけた父の笑顔しか浮かばない。エリカは一筋の涙を零して眠りについた。
翌日、烏野高校1年3組の教室に黒丸エリカの姿はあった。
「今日はちゃんと来たんだな。」
影山は自席で静かに教科書を読むエリカに声をかけた。
「来ないと説教されそうだったから。先生にも、影山くんにも。」
少し顔を上げ、すぐに目線を教科書に戻したエリカが答える。
「お前、腕どうした?」
「腕?なんのこと?」
影山の野生の勘か、腕の違和感に気づく。一見ただの怪我だが、そう思えなかった。が、エリカはしらばっくれる。影山は関係無いのだから話す必要は無いと判断したのだ。当然だろう。
「腕、怪我したのか?」
「・・・別に。朝起きたらアザになってただけ。」
とぼけても引かない影山に頑固さで勝つことは出来るのだろうか。エリカはあくまでも何も知らないというように振舞った。
「お前・・・」
まだ引き下がらないのか、とエリカは思ったが影山は拍子抜けすることを言った。
「寝相悪いんだな。俺もたまに跡つくことある。」
「・・・そう。同じじゃん。」
バカで良かったとエリカは心底ほっとした。その後、影山は休み時間になる度にエリカに近付く。しかし声をかけない。ただ近くでエリカを見ているのだ。
「何。視線が痛いんだけど。」
たまらずエリカが声をかけるも、
「いや、別に。」
と言う。これを何度も繰り返す。この日1日、影山はただエリカを観察し続けた。
そしてその日の夜もいつも通り公園で会う。世間話をして、また帰る。それだけだ。
「ねえ、なんで今日学校で私のことずっと見てたの?私の顔に何か付いてる?」
とエリカは聞くが、
「いや、別に。」
と影山は答える。しかし今回は何やら口が小さく動いている。
「・・・ら、・・・・・・るん・・・か」
エリカの耳にはほとんど届かない。
「何?ハッキリ喋って。」
「どうしたら、自分のことを話してくれるんですか!」
影山の言葉に相当驚いたのか、エリカは普段の1.5倍はあるのではないかと思うほど目を見開いた。
「自分で自分のこと全然話さねえし・・・聞いても答えねえし・・・」
「話してるじゃん。今こうして。」
影山の発言の真意を汲み取れなかったのか汲み取らなかったのか、エリカは答える。
「そうじゃねえ!何かあるんだろ。でも話さないじゃねえか!今日1日見てても、何かあることしか分からなかった。何があるのか分からなかった。」
影山の声が夜の静かな公園に響く。
「・・・他人に優しくできるほど余裕があるんだね。羨ましいよ、影山飛雄。」
エリカはここ数日で初めて見る瞳で影山を見て言う。
「もう帰ってよ。放っておいて。私に構わないで。」
それは冷たいエリカの声だ。冬の夜のような冷たい声。そう言われたら影山は帰るしかない。クラスメイト以外の関係が無い影山は帰るしか出来ないのだ。どのみち、あまり長居も出来ない。影山は無言でエリカに背を向け公園を出た。