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次の日。
仕事を終えてアパートに帰ると、白雪さんは僕の家にいてくれた。
そして、いつものように「お帰りなさい」と言って、笑顔で僕を出迎えてくれた。良かった、いつも通りの白雪さんだ。僕の心に引っかかっていたものがようやく解けた。やっぱり、ただの杞憂だったんだなと、自分で自分を納得させる。
夕食を済ませた後、僕達は色んなことで笑い合い、冗談を飛ばし合い、ちょっとケンカみたいに言い合ったり、そして真面目に漫画談義などをして過ごした。
いつもと変わらない、幸せな日常。いつまでもこの時間が続けばいいのに。
できることなら、ずっと一緒にいたい。
ずっと、ずっと。永遠に。
* * *
あれから数日が経った。 そしてやって来た、面接日が。
僕は着慣れないスーツを纏い、東京まで出た。やっぱり、かなり緊張するな。当たり前か。僕の人生にとって、これが分岐点になるかもしれないのだ。緊張するなという方が難しい。まあ、落ちる覚悟もしておこう。
が、しかし。
この面接は、僕の想像とは全く違う結果となるのであった。
* * *
「え? さ、採用ですか?」
通された、会社の応接室。テーブルを挟んだ向こう側には、年齢は五十才を超えているであろう初老の男性がいた。髪を茶色に染めたりとかなり若作りはしているけど、目尻の皺やほうれい線の深さから大体の年齢は分かる。
その男性――三木社長は言ったのだ。僕にぜひ、我社で働いてほしいのだと。
「そうそう、採用。履歴書と職務経歴書を見た時点で、私は響くんのことを採用しようと決めていたんだ。でも一応、こうして面接という形を取らせてもらった次第でね。会ってみなきゃ分からないこともあるからさ」
かなり気さくで、かなりフランクな印象を受ける三木社長は、大きなお腹をさすりながらそう言って笑った。即日の採用だって? さすがに我が耳を疑った。もしかしたら、聞き間違いではないのかと。
「で、でも、どうして僕をそんなに高く買ってくださったんですか? 自分で言うのもなんですが、大した経歴でもないと思うんですけど……」
「職務経歴書を拝見したんだけど、響くんってあの漫画、『アルティメット煩悩』を担当してたんだよね? 私はあの作品の大ファンなんだよね」
「そ、そうなんですか!?」
まさかのまさかだ。退職時に作家さんは全て引き継いでしまったせいで、僕は手持ちの作家が一人もいなかった。だからかなり不利な面接になるだろうと覚悟をしていたのだけれど、まさか社長が僕の編集した漫画のファンだったなんて。
「あれだけの漫画を編集してきた経験があるんだ。能力は非常に高いと思っている。私は響くんを即戦力として見ているよ。ちなみに、いつから来られる? ちょうどこの前、漫画の編集担当が辞めてしまってね。だから今すぐにでもウチで働いてほしいんだけど、どうかな?」
「あ、えーっと、私はまだ在職中でして今すぐは……。でも、来年からなら!」
「そうか、それじゃ仕方がないな。それに、ちょうど今は年末進行の真っ最中だからさ。入社していきなり修羅場っていうのも酷な話だしね。なら入社日は改めて、これからお互いで調整していこう」
「あ、あの、もう一度確認させてください。私の採用は決定でいいんです、よね?」
「うん、そうだよ? 採用決定。ぜひ、ウチの一員として働いてもらいたい」
本当かよ!! 夢じゃないのか!? いくら編プロとはいえ、即決で採用とは。
「それともあれかな。響くんはあんまり乗り気じゃないとか?」
「そ、そんなこと! 滅相もございません! この響政宗、身を粉にして貴社の利益に貢献できるよう、精進してまいります!」
「はっはっは! 期待してるよ、響くん」
僕は席を立ち、深く一礼した。そして最後に大きな声で伝える。
感謝の気持ちと、僕のヤル気の全てを込めて。
「ありがとうございます!!!!」
* * *
「それでは失礼いたします!」
社長と少しの雑談を終えたところで、面接は終了。僕はパタンと応接室のドアを閉めた。そしてエレベーターで一階まで降り、外に出た。冬の日差しが眩しい。
それから僕は駅に向かって歩く。冷静に、冷静に。そう自分の気持ちを落ち着けながら、歩く。でも、無理だった。途中で僕は足を止め、そして腕を突き上げてガッツポーズをしながら空に向かって叫んだ。
周囲の目なんか、今は気にしない。僕は湧き上がる全ての感情を、一気に解放したのだった。
「白雪さーーん!!! やったよ、即採用だよーー!!!! ついに僕、漫画編集者に復帰が決まったんだ!! 今すぐ帰るから待っててね!! ヒャッホーーウ!!」