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第328話 帰還
【現実世界/警察関連医療施設】
榊原梓が「戻りたい」と答えてから
すぐに帰還が始まったわけではなかった。
身体は見つかった。
本人の意思も確認できた。
だがそれだけで安全に戻れる保証はない。
医療施設の一室には、匠、ハレル、リオ、ユナ、サキ。
その向こうの処置室には、生命維持装置に繋がれた榊原梓の身体がある。
医師たちは
心拍。
呼吸。
脳波。
血圧。
神経反応。
全てを同時に監視していた。
匠はガラスの向こうの身体を見ながら言った。
「一つだけ確認しておく」
ハレルが父を見る。
「今回、主鍵で梓さんを引っ張ることはしない」
「じゃあ、何に使うの?」
「基準だ」
匠はハレルの胸元を指した。
カメラ型の主鍵。
「榊原梓という意識が、どこへ戻ろうとしているのか。その経路が本人の身体へ繋がっているかを見続ける」
リオが右手首の副鍵を見る。
「俺のは?」
「補助」
「アデルのも?」
「ああ」
異世界側。
アデルの左手首にある副鍵。
現実側。
リオの右手首にある副鍵。
そして中央に
ハレルの主鍵。
三つを使う。
ただし門を開くためではない。
ずれを見つけるため。
途中で梓の意識が別の場所へ流れそうになった時。
本人が選んだ経路から外れていないかを確認するため。
匠が続けた。
「鍵は道を決めない」
ハレルが頷く。
「見るだけ」
「そうだ」
一度、匠は処置室を見る。
「戻るのは、梓さん自身だ」
◆ ◆ ◆
【異世界/王国警備局・観測室】
アデルの左手首が白く光った。
ノノは端末を確認する。
「繋がった」
イデールが少し離れた場所から見ている。
「こっちで何をすればいい?」
「変化が出たら教えて」
「治療は?」
「まだしないで。今は余計な干渉を増やしたくない」
「分かった」
アデルが左手首を見る。
「私は動かさなくていいんだな」
「うん」
ノノは複数の反応を並べる。
主鍵。
リオの副鍵。
アデルの副鍵。
そして。
榊原梓の白いコア反応。
「三つとも安定してる」
アデルが聞く。
「これで帰れるのか」
ノノは首を振った。
「帰れるかどうかじゃない」
画面を見る。
「帰る道を見失わないようにするだけ」
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
榊原梓の光は
細い白い線を現実世界へ伸ばしていた。
以前よりはっきりしている。
身体が見つかったから。
名前が戻ったから。
場所が分かったから。
そして。
本人が戻ると決めたから。
深層Cの声が響く。
『現実世界側身体反応との同期を確認』
白峰律が聞く。
「一致率は」
『上昇中』
「数値だけ見てください。帰還判断はしないで」
『了解しました』
カシウスが言う。
「慎重すぎる」
白峰は振り返らない。
「以前の私は、そう思っていました」
「だから失敗したと?」
「違います」
白峰は梓の光を見る。
「失敗したのは、技術だけを見ていたからです」
成功するか。
接続できるか。
意識を保てるか。
そんなことばかり考えた。
「榊原さんが、本当にそこへ行きたいのかを後回しにした」
カシウスは何も言わない。
白峰は梓へ声をかけた。
「榊原さん」
『……はい』
「これから、身体側との接続を強めます」
『……はい』
「途中でやめたくなったら、止まってください」
『……止まって……いいんですか』
白峰は少しだけ目を伏せた。
以前ならそんな説明すらしていなかった。
「もちろんです」
『……戻るって……言ったのに?』
「それでもです」
白峰は答えた。
「一度決めたから、最後まで変えてはいけないなんてことはありません」
梓の光が。
静かに揺れた。
『……分かりました』
◆ ◆ ◆
【現実世界/警察関連医療施設】
「始めるぞ」
匠の言葉に
ハレルは主鍵へ手を添えた。
リオも右手首を前へ出す。
イヤーカフの向こう
アデルの声。
『こっちも準備できた』
「了解」
匠が答える。
ユナは少し離れた場所にいた。
本当ならもっと近くにいたい。
梓の手を握りたい。
だが今は誰も身体へ触れない。
医師以外はただ待つ。
主鍵が光る。
リオの副鍵。
アデルの副鍵。
三つの反応が同時に安定した。
ハレルの視界には何も見えない。
それでも感覚だけはあった。
細い線。
遠い場所からこちらへ向かって伸びてくる。
「来てる」
匠がすぐに聞く。
「何が見える」
「見えるっていうより……分かる」
ハレルは胸元を押さえる。
「一本だけ、こっちに向かってる」
「他の線は?」
「ない」
匠が頷く。
「そのまま見てろ」
「うん」
「引くなよ」
「分かってる」
◆ ◆ ◆
処置室。
眠る梓の右手。
指先が。
僅かに動いた。
医師が画面を見る。
「神経反応上昇」
ユナが息を呑む。
「先輩……?」
まだ声は届かない。
次に。
脳波。
長い間。
低い状態で安定していた波形に小さな変化。
一つ。
二つ。
医師の表情が変わる。
「反応が増えてる」
匠がすぐに聞く。
「身体側だけか」
「分かりません。ただ、刺激を入れていないのに変化しています」
ハレルの主鍵も。
同じ瞬間。
強く光った。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
梓は
初めて身体を感じた。
まだ
手ではない。
足でもない。
温かい。
何か。
規則的な振動。
『……音……?』
白峰が聞く。
「何が聞こえます」
『……分からない……』
どく。
どく。
どく。
遠い。
だが。
知っている。
『……心臓……』
白峰の表情が変わった。
梓の身体の心拍と白いコアの反応。
同じ周期。
深層Cの声。
『同期反応上昇』
白峰がすぐに言う。
「榊原さん、急がなくていいです」
『……はい』
白い線が少しずつ太くなる。
梓の光そのものはまだ深部にある。
だが一部が
現実側へ触れ始めている。
『……指……』
「感じますか」
『……ある……』
次。
『……腕……』
少し間。
『……重い……』
白峰は思わず目を閉じた。
梓は身体を取り戻し始めている。
◆ ◆ ◆
【現実世界/警察関連医療施設】
「右手の筋反応が上がりました」
医師の声。
ユナがカプセルを見る。
梓の右手。
ほんの僅か指が曲がる。
「先輩」
リオが姉を見る。
「まだ呼ばない方がいいんじゃないか」
ユナは一瞬だけ迷い
頷いた。
「うん」
今は梓が自分で戻っている。
こちらから引っ張らない。
ハレルが主鍵を見つめる。
白い光。
安定している。
だが。
突然、右側へ細い揺れが出た。
「父さん」
「どうした」
「線が揺れた」
匠がすぐに主鍵を見る。
「身体側か?」
「違う」
ハレルは眉を寄せる。
「途中」
「途中?」
「榊原さんと身体の間」
リオも右手首を見る。
副鍵の光がほんの一瞬。
乱れた。
イヤーカフからノノの声。
『こっちでも出た』
匠の表情が変わる。
「何が」
『梓さんの反応じゃない』
◆ ◆ ◆
【異世界/王国警備局・観測室】
ノノの画面に別の線が現れていた。
白ではない。
黒でもない。
薄い境界反応。
アデルが聞く。
「敵か?」
「分からない」
ノノは画面を追う。
「主鍵にも、副鍵にも直接触ってない」
「なら何だ」
「梓さんが作ってる道を見てる」
アデルの目が細くなる。
「誰が」
答えが出る前に反応が消えた。
ノノが息を呑む。
「……隠れた」
「追えるか」
「無理」
イデールがノノを見る。
「今の、前にもあった?」
ノノはすぐには答えなかった。
だが記憶にある。
白いコア。
境界。
そこへ異常に執着していた存在。
「……ラスト」
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
白峰も異変に気づいた。
梓の光から
現実側へ伸びる線。
その外側。
何かが一瞬だけ触れた。
カシウスが言う。
「来たか」
白峰が振り返る。
「知っていたんですか」
「可能性は考えていた」
「誰です」
返事の代わりに空間の表示へ
新しい反応が反映された。
《外部干渉》
《境界接触》
白峰の表情が変わる。
梓が聞く。
『……何……?』
「榊原さん」
白峰はすぐに梓へ意識を戻した。
「止まれますか」
『……止まる……?』
その瞬間。
梓の白い線が大きく揺れた。
『……っ!』
「榊原さん!」
現実側。
身体の心拍が跳ね上がる。
主鍵。
二つの副鍵。
全てが同時に乱れた。
そして
梓の線の途中に誰かの声が割り込んだ。
『やっぱり』
白峰の目が見開かれる。
聞き覚えのある声。
『そこに繋がってたか』
◆ ◆ ◆
境界の暗がりでラストが笑った。
目の前には
榊原梓が自分の意思で作った
現実世界へ続く一本の道。
ラストは
その線を見ながら小さく呟いた。
「これが消えたら、困るんだよ」
梓の身体への帰還が始まっていた。
そして。
その道を。
別の誰かも。
使おうとしていた。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 328話、読みました…。 梓さん、ようやく「戻る」って決めて、自分の意思で身体へ向かってるのがすごく伝わってきて、心臓がぎゅってなった。白峰さんの「変えていい」って言葉、じんわり沁みたな。 でも最後のラスト…「これが消えたら困る」って。道を辿ろうとしてるの、怖すぎる。ここで終わるの待って、次が気になりすぎるよ…😢💔