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朝。カーテンの隙間から、薄い光が部屋の中に差し込んでいた。
時計の針は、まだ午前七時を少し回ったところ。
若井はぼんやりと目を開けた。
隣では涼ちゃんが静かに眠っている。
昨夜のことを思い出して、少しだけ胸の奥が温かくなった――けど。
寝返りを打った涼ちゃんの手が、布団の外に滑り落ちた。
その手首。
白い肌に沿うように、細く赤い線がいくつも刻まれていた。
若井は息を飲んだ。
時間が止まったみたいに、視線を動かせない。
光がその痕を照らして、まるで“ここに痛みがあります”と示しているようだった。
「……涼ちゃん……」
小さく呼んだ声に、涼ちゃんのまぶたがわずかに動いた。
ゆっくりと起き上がると、いつものように無理に笑った。
「おはよ、若井」
「……手……」
「なに?」
「その、手首……」
涼ちゃんは一瞬だけ目をそらし、そして――
「ああ、これ?昔のだよ」
軽く笑って言った。けど、その声はどこか乾いていた。
布団から出て、無言でキッチンへ向かう。
足音は静かで、冷蔵庫を開ける音だけが響いた。
「コーヒー、飲む?」
背中を向けたまま、淡々とした声。
まるで何もなかったかのように。
若井は何も返せなかった。
ただ、涼ちゃんの背中を見つめていた。
その背中は、薄い光の中で少しだけ小さく見えた。