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「そうだね」
彼女は僕の瞳を見ながら笑った。
少ししてから、ふと思い出したように彼女が聞いてくる。
「君ってさ、物語はハッピーエンドが好き? それともバッドエンド?」
突然の質問だ。
ほとんどの人はバッドエンドなんて嫌いだろう。
僕もそのうちの一人だ。
「どんな物語でも最後はハッピーエンドがいいよ。後味が悪いのは好きじゃない」
僕がそう言うと、彼女はゆっくり頷いた。
「私もどちらかと言えばそうかな。でもさ」
少し考えてから続ける。
「たまにはバッドエンドも悪くないって思う時もある」
「病んでるとかじゃなくてね」
ふむ。言いたいことは分からなくもないが、やっぱり僕はみんなが幸せになる方が好きだ。
僕はカップに残っていたコーヒーを一口飲んだ。
さっきまで熱かったはずなのに、もうすっかりぬるくなっている。
ふと見ると、彼女はコーヒーの表面をじっと見つめていた。
「何見てるの?」
僕が聞くと、彼女はカップを覗き込んだまま言う。
「私」
一言だけだった。
そのままカップを少し傾ける。
コーヒーの表面が揺れて、そこに映る彼女の顔がぐにゃりと歪んだ。
彼女はニヤニヤしながら言う。
「ほら見て。ぐにゃぐにゃ」
僕も同じようにカップを傾けてみる。
確かに、僕の顔も歪んでいた。
「……変な顔だ」
思わず呟くと、彼女は吹き出した。
「うん。かなり面白い」
しばらく笑ったあと、僕はコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「そろそろ行こっか」
彼女も頷いて席を立った。
会計を済ませて店の外に出ると、夜風が少し冷たかった。
遠くで何かが崩れる音がする。
振り向くと、少し離れた場所でビルの外壁が崩れ落ちていた。
「……またか」
最近こういうのが増えている。
ニュースでは、この世界はもう長くないとか言っていた。
それでも僕は映画を見て、コーヒーを飲んでいる。
「散歩でもする?」
僕が言うと、彼女は少しだけ笑った。
「いいね」
僕らは並んで歩き出す。
夜の街は静かだった。
街灯の明かりがぼんやりと道を照らしている。
しばらく黙って歩いてから、僕は口を開いた。
「この世界ってさ」
彼女がこちらを見る。
「本当に終わるのかな」
彼女は少し空を見上げた。
黒い雲がゆっくり流れている。
そして、突然言った。
「君は世界を救うヒーローなんだ」
「この崩壊する世界を止める力を持っている」
「さあ、今こそ力を解き放つのだ!」
あまりに唐突で、僕は一瞬固まった。
それから、冗談だと気づいて笑う。
「ヒーローには決めポーズが必要だよね」
彼女は楽しそうに続ける。
「一緒に考えようよ」
「いやいいよ。僕ヒーローじゃないし」
「じゃあ私が考えてあげる」
そんなくだらない話をしながら歩いていると、いつの間にか川沿いの道に出ていた。
街灯の光が水面に揺れている。
彼女が言う。
「ここ、綺麗だね」
「来たことあるの?」
僕が聞くと、彼女は少しだけ間を置いた。
「……多分ない」
なんだその答え。
僕は少し笑った。
「君ってさ」
彼女がこちらを見る。
「なんか不思議だよね」
すると彼女は少し考えてから言った。
「不思議なのは私じゃなくて、君なんだよ」
「僕?」
「うん」
彼女は笑う。
「君ってば、ずっと変な人だよ」
「出会った時から、ずーっと」
失礼な話だ。
僕は肩をすくめる。
「僕は普通の人間だと思ってたよ」
そう言うと、彼女は笑いながら後ろに下がった。
「変だよ。変人め」
そう言って、くるりと背を向ける。
そしてそのまま、夜の道を走っていった。
「おい」
僕は呼び止めようとしたけれど、もう彼女は少し遠くにいた。
「またねー!」
街灯の光の向こうへ、彼女の背中が小さくなっていく。
……変人、か。
僕は川の方を見た。
水面に映った自分の顔が、ゆらゆらと歪んでいる。
「どこが変なんだ」
そう呟いた声は、夜の川に静かに溶けていった。
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