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・【27 愛花さんの思い出】
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彩花おばさんの家へ戻り、僕はまた洋風麻婆豆腐を作った。
完成した料理を彩花おばさんの皿に置いた瞬間だった。
すぐさま彩花おばさんがその洋風麻婆豆腐をスプーンですくって食べた刹那、こう叫んだ。
「ゴメン! 真澄ちゃんと佐助くんの分はタッパに入れさせてもらうよ! 真澄ちゃん! タクシーを呼んで!」
「一体どうしたんですか」
と僕が聞くと彩花おばさんは、
「これだよ! これが洋風麻婆豆腐だよ! 愛花にもこの香りくらいは届けたいんだ!」
急な発言に僕は圧倒されていると、真澄は冷静にタクシーを呼んだ。
「真澄……」
と戸惑いながら僕は真澄へ声を掛けると、
「アタシも愛花ちゃんにこの香りを届けたいと思ったから! 行こう! 彩花おばさん! 佐助も!」
「それなら」
と僕は、僕の分と真澄の分をまた一旦鍋に戻して熱し始めた。
「一番保温する水筒を貸してください」
そう僕が彩花おばさんに言うと、彩花おばさんは急いで愛花さんの部屋へ行き、戻ってきたらその水筒を改めて念入りに洗い出した。
彩花おばさん、足大丈夫なのだろうかと思ってしまったが、まあ大丈夫そうだ。
タクシーが来たところで、少し待って頂き、水筒に移し入れてから、急いで三人でタクシーに乗って病院へ直行した。
タクシー内で僕は彩花おばさんから説明を受けた。
愛花さんは未だ一度も目覚めたことが無いらしい。
状態としては既に打った頭は治っているのだが、意識が戻ったことは無い、と。
何か感情が動くような声や音があれば、など、言われているが、最後の局面は科学的にはまだ解明していないという話だ。
病院に着き、愛花さんの部屋へすぐさま行った。
愛花さんはベッドの上で寝ていた。
近くにいた看護師から、水筒の中身を顔の近くに持って行くことの了承を得て、彩花おばさんは香りを嗅がせるように鼻の近くまで持っていった。
聞いた話だと、香りは脳に情報が直接届く器官らしく、他の音などよりもずっと鮮明に伝わるという話だが、果たして。
でもやっぱりダメかと思っていたその時だった。
「イチジクは、隠し味だから、そんなに使っちゃ、ダメだよ」
そう口にしたのは愛花さんだった。
ゆっくりと愛花さんは目を開き、
「でも懐かしいね、私が衝撃を受けた味をお母さんに伝えたくてさ。ほら、お母さんってずっと足が悪くて、出不精でさ」
上体を起こそうとする愛花さんに看護師が慌てて手を添えて、その流れでその看護師がナースコールを鳴らして、
「すぐに! すぐに! 愛花さんが目覚めました!」
と叫んだ。
彩花おばさんはボロボロと涙をこぼし始めた。
すると愛花さんも瞳に涙が溜まっていき、
「何、そ、そうだよね」
と言ってから、彩花おばさんと愛花さんが抱き合った。
すると目を潤ませた真澄がこっちを見て、
「ほら! 佐助の探偵はいつも笑顔だ!」
と言ったんだけども、僕は一息ついてから、
「笑顔じゃぁないんだよ。泣いてるからね」
そんな会話をしていると愛花さんがこちらを見て、
「あっ、嘘、真澄ちゃんもいる……真澄ちゃん、逢いたかったよ……」
と今にも泣きそうな瞳でそう言った。
真澄は嬉しそうに頷きながら、
「ずっと喋りたかった! ずっとずっと喋りたかった!」
それに対して愛花さんは、
「私だってずっとずっと真澄ちゃんと喋りたかったよ。でもこうやってまた話せることができて本当に嬉しい。何だか真澄ちゃん、成長したね。元気?」
「とっても元気だ! でも! でもでも! 愛花お姉ちゃんゴメン! あの時一緒に海へ行かなくて! もしかしたらアタシ守れたのかもしれないのに!」
「そんなことはもうどうでもいいの、それよりもこれからまた真澄ちゃんと遊べることが嬉しいよ。真澄ちゃん、もし無事に退院できるようになったら、ちゃんとそこの彼氏さんを紹介してね」
と言って僕のほうをチラリと見た愛花さん。
こんな時に否定もな、と思いつつも、まあ真澄がどう言うかで決めようと思っていると真澄は満面の笑みで、
「うん!」
と答えた。いや全肯定じゃぁないんだよ。
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その後、精密検査と経過観察を経て、愛花さんは無事退院したらしい。
その吉報を真澄から聞いた僕。
今日も相変わらず、真澄と一緒にさがしもの探偵をしている。
僕はふと、
「もう僕を育てなくてもいいんじゃないか?」
と真澄に言ったんだけども真澄は笑いながら、
「だってアタシの一生はもう佐助に捧げると言っただろ! 聞いていなかったのか!」
「それさ、まるでプロポーズみたいだからよそで言うなよ」
「えっ? プロポーズなんだから何度も言っていいだろ!」
と真顔で、キョトンとした顔でそう言った真澄。
いや!
「シンプルにプロポーズじゃぁないんだよ!」
「もうOKはもらっていると心得ています」
「心得てますじゃぁないんだよ! そんなつもりこっちは全然無いからな!」
「あっ、ターゲットが動いた、こっから静かにっ、尾行は探偵の華だからねっ」
いや! ちょっ!
……と思っても声に出さなかったのは探偵に気を遣って、だ。
いつの間にかこの探偵ごっこが板についてしまった。
でもこのまま真澄との付き合いが板につく気はさらさら無い、はず。
いや、なし崩し的にやってやろうと思ってますじゃぁないんだよ。
(了)
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