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花厳からの提案をきっかけに、桔流と花厳が“ただの友達ではなくなった”その日以降。
花厳は、これまで以上に“桔流への問い”を重ねるようになった。
食べ物の好き嫌いやアレルギー、好物、苦手なものに始まり、あらゆる物事に対する桔流の価値観についてなど、――その問いの内容は様々だった。
そして、そんな日々を経て、紅葉もいよいよ見納めを感じさせるようになったその日。
桔流は、洋菓子の好みに関する非常に細かな問いへの回答を送信すると、
(――俺。今日もすっげぇ研究されてる……)
と、花厳の熱心さに改めて感心した。
(でも、不思議だなぁ……)
その中、桔流は、ふと、過去の事を思い出しながら思う。
桔流は、これまでの人生において、モテ期とは云えない――という期間を過ごした経験が皆無に近い。
そのため、過去には、執拗に桔流の事を知りたがる者達に付きまとわれるような時期も多かった。
中には、告白を断ったにも関わらず執拗に質問を重ね、桔流のプライバシーを侵すようなものやデリカシーのない問いを繰り返す者も居たほどだ。
実のところ、そのような不快な経験も一因となり、大学を卒業して以降、桔流は、より一層、恋愛事を避けるようになったのだ。
つまり、自身の事を根掘り葉掘り聞かれるような日々は、桔流の中では不快な日々でしかないはずだった。
しかし、今回は違った。
(前に、散々質問攻めされた時はあんなに嫌だったのに、なんで花厳さんからだと平気なんだろう……?)
云ってしまえば、過去に質問攻めにされていた時と、今現在、花厳にされている事は同じだ。
だが、花厳から投げかけられる問いは、どれも答えやすい上、教える事にも何故か抵抗を感じなかった。
(前にされてヤだった質問もあったのに、花厳さんに尋かれた時は全然ヤな感じしなくて、無意識に答えちゃってたし……。それに――)
桔流は、そこでふと、数日前の花厳とのやりとりを思い出し、心が温かくなるのを感じた。
(たまに、尋かれて嬉しいみたいな気持ちになる時もあるんだよな……)
そんな桔流は、思うと、何気なくスマートフォンを手に取る。
そして、メッセージ欄に表示された花厳の名を見ると、やんわりと眉根を寄せ、くすりと笑った。
(ほんと……変なの――)
― Drop.008『 Stir〈Ⅰ〉』―
「こ、これ。――本当にいいんですか?」
「もちろん。口に合えばいいけど」
美しい紅を纏っていた木々も、すっかりと葉仕舞いを始めた頃のとある日。
桔流と花厳は、桔流宅にて、幾度目かのお茶会を楽しんでいた。
そんな中、愛らしくもしとやかに着飾った菓子箱を持参した花厳は、桔流の言葉に爽やかな笑顔を返した。
花厳が持参したのは、数日前から桔流が食べたいと“思っていた”――季節限定かつ数量限定のマカロンであった。
無論、そのマカロンを食べたいと“思っていた事すら”、花厳には言っていない。
(また、欲しいモノ当てられた……)
実のところ、“あの日”以降から、こうして花厳から贈られるプレゼントには、このような奇跡とも云える偶然が付いて回っていた。
花厳と桔流が“ただの友達ではなくなったあの日”以降。
度々と問いを繰られるのみでなく、桔流は度々と、花厳からプレゼントを贈られる日々をも過ごしていた。
しかし、花厳からのプレゼントは、ただの贈り物ではなかった。
驚くべき事に、そうして贈られるプレゼントの品々は、どれも“桔流が確実に喜ぶ贈り物”ばかりであったのだ。
また、さらに驚くべきは、その贈り物の多くが、花厳には一言も伝えていない――、桔流が“欲しいと口にすら出していない”――、桔流が欲しいと“思っていただけ”の品々である――という事だった。
そして、そんな驚くべき花厳の贈り物は、此度もまた、桔流を大いに喜ばせる事に成功したのであった。
「このマカロン、すっごい食べたかったんですけど、なかなか買いに行くタイミングがなくて諦めてたやつなんです。――だから余計に嬉しいです。――本当にありがとうございます」
しかし、そうして大いに喜ぶ桔流であったが、そんな奇妙な奇跡が再び起こってしまった事で、
(――やっぱ……、心の声も聞き取れる盗聴器――みたいなヤバい秘密道具、どっかに仕掛けられてる……?)
という、花厳への非現実的な疑惑も、また一段と高まったのであった。
だが、そんな疑惑が浮上している当の花厳は、怪しい素振りも見せず、相変わらずの爽やかスマイルで桔流に言った。
「――本当? たまたまデパートで見かけて、桔流君が好きそうな感じのお菓子だったから、限定品だしと思って買ってみたんだけど。正解だったね。――買って良かったよ」
桔流は、そんな花厳の言葉に、
(本当か~?)
と思いながら疑いの目を向けるが、花厳に嘘を吐いているような様子は見受けられなかった。
しかし、それでも疑念を拭いきれない桔流は、そんな花厳の様子を伺いながらも、にこりと笑んで言った。
「あの、花厳さん。――紅茶と珈琲、どちらがいいですか? ――せっかくですし。一緒に食べてください」
花厳は、それに、少しばかり眉を上げると言った。
「え、いいの?」
桔流は、笑顔で頷く。
「もちろんですよ。――一人で食べるのも寂しいですし」
そんな桔流の言葉に、花厳は楽しげに笑った。
「ははは。そうか。分かったよ。君は本当に誘い上手だね。ありがとう。――それじゃあ、お言葉に甘えて。――俺は、珈琲が嬉しいかな」
花厳が言うと、桔流はにこりと笑み、
「ふふ。かしこまりました」
と言い、慣れた仕草でオーダーを承った。
そして、そのまま、キッチンのワークトップで珈琲と紅茶の準備を始めた桔流は、その間、
(秘密道具じゃないとすると……霊視……?)
と、花厳の奇跡のトリックを解き明かすべく、幾度目かの推理を展開した。
💎
それからしばらくの推理を展開する中、花厳の謎を追い求めた桔流がついに未来の世界に足を踏み入れた頃。
桔流の手元では、――美しく煌めく水面を揺らがせ、心地よい香りをふわりと舞わせる、温かい珈琲と紅茶が仕上がった。
それにより、再びの推理を切り上げた桔流は、香り高い両者を手慣れた様子でテーブルに運ぶと、花厳に言った。
「――お待たせしました。――花厳さんは、ブラックで良かったですよね」
花厳は、そんな桔流に頷くと、やんわりと苦笑する。
「うん。ありがとう。――いつも用意してもらってばかりで悪いね」
桔流はそれに、ひとつ笑み、
「ふふ。とんでもないです」
と言うと、苦笑して続けた。
「――こちらこそ、いつも頂いてばかりですみません」
すると、花厳は笑って言う。
「ははは。それは気にしないで。――前も言ったけど、これは、俺がしたくて勝手にしてる事だから。――迷惑でなければ、遠慮なく受け取ってやって」
「迷惑なんて――」
そんな花厳に、桔流は嬉しそうに頬を染めて言った。
「――花厳さんからの贈り物は、全部、嬉しい物ばかりですから」
花厳が起こす奇跡に関しては納得のいかない桔流だが、こうして、好意からの贈り物をしてもらえるのは、やはり嬉しかった。
もちろんの事。
そんな桔流も、初めのうちは、何でもない日にプレゼントを贈られる事には抵抗を感じた。
「あ。開けてみてもいいですか?」
「うん」
だが、花厳は、そんな桔流の抵抗感をも優しくほどくかのように、贈り物と共に想いを綴り、桔流の心をほぐしていった。
そして、此度もまた、花厳の言葉が桔流の心を温めたところで、カラフルで華やかなマカロン達が桔流の目を煌めかせた。
桔流は思わず、小さく歓声をあげる。
そんな桔流に微笑むと、花厳は、想い人が淹れてくれた珈琲を一口味わう。
そして、その満足感のある風味に浸る中、花厳はふと、プレゼントを贈り始めた頃の桔流を思い出した。
――こんな事をしてもらっても、きっと俺は花厳さんを好きにはなれないです。
――だから、花厳さんの大切なお金や時間を、こんな風に俺に使って無駄にしちゃ駄目です。
当時の桔流は、花厳にそう言った。
だが、もとより花厳は、贈り物をするのが好きな性分の持ち主であった。
それゆえ、恋心を抱いている桔流が相手ともなれば、迷惑でない限り、毎日でもプレゼントを贈りたいと思うのは必然だ。
そのような事から、花厳は、そんな花厳の気持ちも、桔流に正直に伝える事にした。
すると、桔流はそれに戸惑いながらも、次第に花厳の気持ちを受け入れてくれるようになっていったのだった。
そして、その結果。
最近に至っては、贈り物を抵抗なく受け取り、素直に喜んでくれるようになったため、花厳も一安心しているところであった。
そんな花厳の前で、桔流は、桔流を喜ばせるべく順番待ちをする彼らの中から、レモン色のマカロンを手に取ると、上品に口にするなり、感嘆を紡いだ。
「美味しい……」
花厳は、その様子を愛おしげに眺めた後。
桔流に続き、純白のマカロンを行儀よく頂くと、同じく称賛した。
「ほんとだね。――これは買ってきて良かった。――限定モノなのが惜しいね」
「本当ですね」
それに賛同した桔流は、続けてレモン色の残り半分を頂くと、またひとつ幸せそうに笑んだ。
そうして、二人がその後も幾つかの幸せを堪能し終えた頃。
ふと、空席の多くなった箱の中身を見つめると、桔流は花厳の名を呼んだ。
「――……あの、花厳さん」
「ん?」
不意に名を呼ばれ、ニ杯目の珈琲を味わっていた花厳は、やんわりと首を傾げる。
対する桔流は、そんな花厳ではなく、色とりどりの幸せが詰まっていた箱を見つめたまま、静かに言った。
「その……。――花厳さんがこうやって、俺に贈り物をするのは、俺の気を引くため……――なんですよね」
「――……」
(“俺の気を引くため”――か……)
桔流の言葉に、花厳は目を細めて苦笑する。
(そういう事をさらっと言えてしまうあたり、やっぱり桔流君は、下心なく尽くされる機会が本当に少なかったんだろうな)
桔流の口から、“自分を好きになってほしいから良くしてもらえている”というような言葉が紡がれる度、花厳はそう思っていた。
――こうしておけば付き合ってもらえるだろう。
――こうしていれば自分を好きになってくれるだろう。
そんな――、自己中心的な欲望にまみれた下心から与えられる好意は、その者の思い通りの結果にならなかった場合、怒りや恨みに転じる事も珍しくはない。
そして、最悪のパターンでは、そうした好意が怒りや恨みに転じた結果、こちら側が嫌がらせや心無い行いを被る羽目になる事もある。
(引く手数多の桔流君の事だ。――そういう“最悪のパターン”を経験した事もあっただろう)
その事を考えれば、自身への好意的行動はすべて“自分の気を引くために行われているものだ”――と解釈してしまうようになるのも、必然と云える。
しかし、花厳が桔流に贈り物をするのは、“桔流の気を引くため”ではない。
花厳は、未だ空席が目立つ箱を見つめる桔流に、穏やかに言う。
「いや。――それはちょっと、違う、かな」
「“違う”?」
意外そうにする桔流に、花厳は優しく微笑み、ゆっくりと紡ぐ。
「確かに俺は、桔流君に好きになってもらいたいっていう気持ちはあるよ。――でも、君に贈り物をするのは、“君の事が好きだから”してるだけ」
「“好きだから”……?」
「そう」
その花厳の言葉を解そうと、ゆっくり復唱する桔流に、花厳は頷き、続ける。
「――たとえば、友達や家族とか、桔流君が大切に思っている人に贈り物をした時。――贈った相手が、その贈り物を喜んでくれたら、嬉しいでしょう?」
「はい。嬉しいです」
「うん」
桔流が頷き言うと、花厳も笑顔で頷き、続けた。
「――つまり、それと一緒」
そして、桔流と視線を交わらせると、花厳はさらに紡ぐ。
「――俺達は、今。ちょっと特殊な時間を過ごしていて、俺が桔流君に片想いをしているからこそ、どうしても“気を引くため”って感じちゃうとは思うんだけどね。――でも、俺が君に贈り物をするのは、君の気を引きたいからでも、君に好きになってもらいたいからでもなく、――君の喜ぶ顔が見たいから、なんだ。――だから、俺は、贈った物を君が受け取ってくれたらそれで満足だし、それだけで十分嬉しいから。――君からの恩恵やお返しは、そもそも望んでないよ」
桔流は、そんな花厳の想いに、ひとつ唸る。
「……ううん」
その様子に、花厳は笑う。
「ふふ。信じられないかな?」
桔流はそれに、首を振る。
「いえ……、そういうわけじゃないんですけど……、でも……、ううん……。――う~ん………………うん……。――やっぱり……、花厳さんは……変わってますね……」
花厳は、心の底から不可解そうにする桔流におかしそうにすると、笑って言った。
「ははは。うん。それはよく言われるな。――……桔流君は、そういうのは、嫌?」
そんな花厳に、桔流は、また幾度か首を横に振る。
「いえ。嬉しいです。――あと、こうして、花厳さんの気持ちを教えてもらえるのも、嬉しいです。――やっぱり、言葉で教えてもらえないと、他人が何を考えてるかなんて分からないので……。――だから、こうして、花厳さんから色々教えてもらえるのも、贈り物をしてもらえるのも、全部、俺は、ちゃんと嬉しいです」
そんな桔流は、思いの丈を紡ぎ終えると、安心したように微笑み、しばし頬を赤らめた。
「そっか」
その様子を、花厳は愛おしげに見つめる。
そして、その優しい声で、桔流の名を呼んだ。
「桔流君」
すると、桔流は不思議そうに花厳を見た。
花厳はそれに微笑み返すと、続けた。
「――きっと、真面目な君の事だから、何もしなくていいって言っても、色々と考えてしまっているかとは思うんだけど。――でも、桔流君は、少しも焦らなくていいからね。――恋人になれたら幸せだけど、たとえ恋人になれなかったとしても、一人の友人として、君と一緒に居られるだけでも、俺は十分幸せだから。――ね」
そして、花厳は、にこりと笑む。
桔流はそれに、ひとつ苦笑すると、
「はい」
と、言った。
そんな桔流に目を細め、花厳は言う。
「桔流君は、本当にいい子だよね」
すると、いつもの様子に戻った桔流は、軽く口を尖らせ、
「な、なんですかいきなり」
と、微かに頬を染めて言うと、眉間に小さな皺を作った。
花厳はそれにも、楽しげに笑う。
「ふふ。なんとなくね」
最近分かった事なのだが、桔流は、不意の褒め言葉に弱いようであった。
何の飾りもない褒め言葉を不意に贈れば、桔流は小さな動揺を見せた後、ツンと照れる。
そんな桔流の愛らしい一面は、新たに発見して以降、すっかりと花厳のお気に入りとなっていた。
(今となっては、もう、――桔流君の恋人になんてなれなくても構わない)
此度の褒め言葉にも、そんな愛らしい反応を見せる桔流は、未だ花厳から目を逸らしている。
(ただ俺は、散々な恋愛経験で歪められてしまった桔流君の心が、自分を本当に幸せにしてくれる人に出会った時に、そこで与えられる愛情を拒絶しないようにさえしてあげられたなら――)
そんな桔流を、花厳は愛しげに見つめる。
(この子が幸せになるための道に、連れて行ってあげられたなら――)
そうして、愛らしい想い人を見つめながら、花厳は思った。
(彼が幸せになれるなら。――その隣に俺が居なくても、――構わない)
北風と躍る木々が、紅の衣をはらはらと散らし始めた頃。
花厳の恋心は、すでに――、桔流への深愛へと、その身を転じ始めていた――。
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