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その期待に応えなければならないという義務感に突き動かされ、榊たちをもっと楽しませようと、橋本は真面目な表情をわざと作り込む。
「僕と一緒じゃ、宮本くんは嫌ですか?」
「やっ、えっと、あの別になんというか」
断る理由がないのに渋りまくる宮本と、道路状況の両方に気を配った。見事にリンクしている様子が、否応なしに橋本の笑いを誘う。
「頭を掻いてあたふたしてる間に、目の前の信号が赤に変わりますよ。ブレーキ!」
指摘した信号を指差ししながら、きちんと注意してやった。
「は、はいぃっ!」
思いっきり動揺していた宮本だったが、躰に衝撃を与えるようなブレーキングをせず、むしろお手本みたいな停り方をした。
「危なかったですね」
「陽さん、やめてくださいよ。心臓に悪いですって」
横目で信号を確認しつつ、自分に対して文句を言う恋人に、橋本は肩を竦めながら微笑みを返した。
「宮本くん、僕が傍にいれば大丈夫。君がアクセルを勢いよく踏み込んで、誰かのところに行ってしまわないように、僕がブレーキになって止めてあげます」
「陽さんってば何をして、俺のブレーキになるつもりなんですか……」
「大事な君を、どこにも行かせたくないっていう僕の想い、宮本くんならわかりますよね?」
「……わかりたくないですよ」
拒否られたそのタイミングで信号が青に変わり、宮本はアクセルを開けて、勢いよくインプを発進させた。
(俺としてはそれなりに、良さげな告白だと思ったのにさ――あっさりと断られちまった)
橋本は言い難い悔しさを胸に秘めて、後ろを振り返った。
榊は素早く車窓の外を眺め、和臣は思いっきり顔を俯かせて、橋本と目が合わないように対処する。
「……優男のレッスンはここまで。ありがとうございました」
宮本の様子や後ろにいるふたりの態度に、このまま続けることは無理だと即座に判断し、さっさと幕引きした。
「宮本さん、すごいですね。橋本さんのプレッシャーに屈することなく、普通に運転を続けられるなんて」
優男教官を終えた途端に、榊が話しかけてきた。
「プレッシャー……なんですかね?」
チラッと自分を見た宮本の顔は、あからさますぎるほど微妙な表情だった。
「雅輝ちなみに優男教官は、眼鏡をかけているんだぞ」
「め、メガネ……」
「眼鏡つきで、さっきのセリフを言われたら……。おまえのことだ、また違った対応をしただろうな」
橋本の煽る言葉を聞き、微妙な表情だった宮本の顔がだらしなく崩れかけたところで、和臣がちょっとだけ身を乗り出した。
「宮本さんは、メガネがお好きなんですか?」
「やっ、そ、ぅ、はい。好きです……」
思いっきり上擦った声で返事をしたというのに、そんなの気にしないといった感じで和臣は言葉を続ける。
「僕もメガネが好きなんですよ。橋本さんがメガネをかけたら、間違いなく格好いいですよね」
和臣の楽しげな発言に、宮本の顔が一瞬でぱっと華やいだ。同士を見つけて、一緒に盛り上がれることが楽しくて仕方ないというのが、表情から伝わってきた。
「陽さんってば、一度だけメガネをかけてくれたことがあるんですけど、そりゃあもうすっごく格好良かったっす!」
今までで一番弾んだ宮本の声に、和臣も興奮冷めやらぬ声で返事をする。
「いいなぁ。普段はほわっとしている人がメガネをかけただけで、一気に雰囲気が引き締まる感じとか!」
「ホントそれ! 言葉に表せない尊さがあって!」
盛り上がるふたりの会話を耳にしながら、後ろにいる榊を恐るおそる見た。
(恭介のあの顔は、思いっきり拗ねてるな。こういうときは捨て身の作戦で、自分も会話に加わればいいのにさ。しょうがねぇな……)
「どうもー。今日は、おまえのドライビングテクニックをチェックするからー」
眼鏡ネタで賑わっている会話を、橋本は俺様教官に変身して、突如ぶった斬ってやった。
「へっ?」
素っ頓狂な声をあげながら自分を見た宮本を、先ほどまでの笑みを封印して、真顔のまま見つめ返した。
「あっ俺、橋本。よろしくー」
「は、はあ……」
普段の話し方よりもつっけんどんな物言いは、またしても宮本が困惑するだろうなと容易に想像ついた。
「ありがちな話なんだけどさー、自分運転してて、あっちのメイトがいいな、こっちのとらのあなも捨てがたいって、わちゃわちゃ言ってるだろ」
動画のセリフを宮本バージョンに変えて、すらすら言い放ってみる。後ろから「ぷぷっ!」と吹き出す笑い声が聞こえてきた。