声の主が気になったので振り返ると、榊がきょとんとしていて、隣の和臣は口元を押さえながら、目に涙を溜めていた。
動画で演じられる俳優と、自分のセリフの違いがわかっているのも、笑いを誘う要因になっているんだろう。
(この手のネタは、恭介には通用しないのか。真面目なヤツだからな――)
「言ってません……」
橋本が内心そのことを残念に思っていたら、やっとといった感じで、宮本が返事をした。
「言ってる言ってる、メロンブックスの特典は外せないとか」
「あぁ、はい」
普段は寡黙な恋人が、趣味のことになったら聞いてもいないことをベラベラ喋っていたので、橋本はここぞとばかりに、それをネタにしてやる。
「それ系の店を瞬間的に見つけたとき、方向転換がうまくできないと、もたついちゃうワケでしょ?」
「はい、そうですね……」
「おまえがもたついてる間に、一番くじの景品がどんどん買い占められちゃうってことでさ。俺の言ってる意味、わかってる?」
さっきはあえなく撃沈した告白だったが、この手の話について、宮本が絶対に拒否らないであろうと訊ねた。
「わかってますけど、そういうのはネットで販売される場合があるんですよ」
ふたたび後ろから、忍び笑いが聞こえてきた。とりあえずふたりにウケていることに、橋本はほっとしながら、ツッコミをかましてやる。
「ネット販売が、ない場合もあるんだろ? うっかりしていて、調べ忘れることだってあるだろ」
「絶対に忘れません。なぜなら同士と一緒に、チェックをするから」
(同士という言葉が出てくるとは、意外だったかも。もしかして、俺を妬かせるために言った……なんてことは、コイツはやらないか。だって雅輝だし――)
「話が進まねぇな。とりあえず予約したものを、店に取りに行かなきゃなんねぇだろ」
「そうですね」
「だったら方向転換ができなきゃ、意味がねぇよな」
「お店を見つけたら、迷わずに入ればいいのに、どうして方向転換が必要なんでしょう……」
珍しく反論した宮本に橋本は驚き、一瞬だけ面食らって言葉を飲み込んだ。
橋本としては、動画のセリフを宮本バージョンに変えるだけでも大変なのに、想定外の言動をされるとうまく対処できず、こうして戸惑ってしまった。それでも――。
(何気ない雅輝との会話が、楽しくてしかたねぇんだよな。どんなに困ったことを言われたとしても、笑いながら対処する自分がいるし)
「そんなの決まってるだろ、店を通り過ぎちまった場合を考慮してるんだよ。ドジな雅輝のことを考えた、俺なりの優しさだ」
橋本が自信を持って断言するように、宮本に向かって力強く言い放ってみたら、走行する道路を見据える顔が、みるみるうちに渋い表情に変わった。
「うわぁ、無理やりな設定……」
「わちゃわちゃ言ってないで、次の交差点を右折して、道なりに進め」
「へっ?」
「ほらほら後方確認して、さっさとウインカーあげないと、右折できねぇぞ」
「は、はいっ!」
ハイヤーで通ったことのある道を使って、強引な教習を試みる。
「道なりに進んだら、30メートル先の左側に空地があるから、バックで車を入れて方向転換してー」
「どうしてもやるんですね、方向転換……」
「おまえのためを思って、わざわざ教習してるんだぞ。感謝しろよー」
橋本はわざわざ前屈みになって、宮本の顔を覗き込んでみる。もちろん、笑顔は一切なし。目力を込めてまじまじとガン見したら、見つめる宮本の顔がじわじわと赤く染まっていき、目尻がでれっと垂れ下がった。
(わけがわかんねぇな。コイツ、どうして赤面するんだ?)
「陽さんってばいつも以上に、俺様風を吹かせすぎです……すごく嬉しいですけど」
「は?」
意外な宮本の言葉に、橋本はどう反応していいか困り、ぴきんと固まったら、後ろのふたりが一緒になって笑いだした。
「なんでもないっす! 方向転換頑張ります!!」
宮本は、車内に響く笑い声に負けないような声で宣言し、背筋を伸ばしてバケットシートに座り直す。
「そうこうしてる間に、空地が見えてきたぞ。ハンドル切ってー」
「はいはい、ハンドル切りまーす」
「ペーパードライバーの恭介を意識して、ハンドルを切ってほしいなー」
唐突な橋本の提案に「橋本さんの優しさのレベルが、神対応すぎる」なんていう、榊の声が聞こえてきた。
「そんなぁ、意味わからないっすよ……」
「ちょっとは下手なふりして『やっちゃった、テヘペロ☆』みたいな芸当をやってのけろよ」
橋本と渋りまくる宮本の肩をバシバシ叩いたら、「まるで夫婦漫才みたい」と言った和臣の声と一緒に、遠慮なく笑う声がした。
「陽さんそれは、無茶ぶりが過ぎますって。俺に何を求めてるんですか」
「そんなの後ろにいるふたりを、いかに楽しませるかだろ」
サービス精神旺盛な橋本のセリフに、宮本が愛想笑いを浮かべた。
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