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第3話:嵐を晴らす、最強二人
涼架side
放課後の図書室。文化祭の出し物の相談をしていた僕たちの間に、静かな、けれど鋭い電子音が響いた。
僕のポケットの中で震えるスマホ。画面に表示された「兄」の二文字を見た瞬間、指先から血の気が引いていくのがわかった。
「……あ、ごめん。ちょっと電話、出てくるね」
「ん?誰から?あ、もしかしてお兄さん?」
高氏が何気なく覗き込もうとしたけれど、僕はそれを避けるように席を立ち、図書室の隅の廊下へ急いだ。
「……もしもし、お兄ちゃん?」
『涼架。遅いね。そろそろ勉強した方がいい時間だけど。今、どこにいるの?』
携帯越しの声はどこまでも穏やかだ。けれど、その背後にある「絶対的な命令」を僕は感じ取ってしまう。
「ご、ごめん。文化祭の話し合いが長引いちゃって…今すぐ帰るよ」
『…文化祭?ああ、あのみんなで騒ぐだけの行事か。涼架、君にはそんな暇ないはずだよ。友達との遊びに夢中になって、自分の立ち位置を忘れないでほしいな。…今から迎えに行く。校門の前で待っていなさい』
「えっ、でも、まだみんなと……」
『……涼架?」
静かな呼びかけ。それだけで、僕の喉は引き攣ったように動かなくなる。
「……分かった。すぐ行くね」
通話を切り、深くため息をつく。足がすくんで動かない。まただ。また、僕はみんなとの時間を切り捨てて、兄の用意した籠の中に戻らなきゃいけない。
情けなくて、申し訳なくて、顔を上げられないまま図書室に戻るとーー。
「涼ちゃーん!遅いよー!待てなくて僕、高氏のノートに落書きしちゃった!」
元貴がいつもの調子で、僕の腕に抱きついてきた。
「あ、はは…ごめん、元貴。僕、急用ができちゃって……今日はもう帰らなきゃ」
「えっ?急用って、お兄さん?」
高氏が心配そうに僕の顔を覗き込む。僕の顔色は、きっと真っ青だったんだと思う。
「…うん。お迎えに来てくれるって言うから。ごめん、二人とも。続きは明日……」
僕が逃げるように、鞄を掴んだその時だった。
「おーい、涼架!待て待て待て!」
高氏が、まるでアニメの熱血主人公みたいなポーズで僕の前に立ちはだかった。
「何だよお迎えって!今日の会議はこれからが本番なんだぞ!リーダーである俺が、帰宅を許可してなーい!」
「でも、高氏…お兄ちゃんが校門で待ってるから……怒られちゃう…」
「怒られたら俺が謝りに行ってやるよ!『涼架は我がクラスの重要機密を握る参謀なので、今帰すと国家の損失です!』ってな!」
高氏が胸を張って無茶苦茶なことを言う。隣で元貴がニシシと悪戯っぽく笑った。
「そうだよ、涼ちゃん。お兄さんに言っといてよ。『今日は元貴が離してくれないから、明日まで返せません!』って。あ、これ、僕が直接言ってあげよっか?」
元貴が僕のスマホを奪うフリをする。
「だ、ダメだよ、そんなの!二人がお兄ちゃんに目をつけられたら大変だし……」
「『目をつけられる』?涼ちゃん、それ変だよ」
元貴がふっと真面目な顔になって、僕の顔をじっと見つめた。
「兄弟なのに、お迎えに来るのが怖いの?友達と遊ぶことが悪いことなの?……そんなの、全然面白くないじゃん」
「それは…」
「よし!決まりだ!」
高氏がパン、と手を叩いた。
「元貴、作戦開始だ。涼架を裏門から脱出させるぞ!」
「了解、高氏!裏門の先のクレープ屋さん、今日期間限定のイチゴ味あるんだよね。そこをチェックポイントにする!」
「ちょっと、二人とも!?お兄ちゃんが正門で待ってるんだよ!?」
焦る僕を無視して、元貴は僕の右腕を、高氏は左腕をがっしりと掴んだ。
「大丈夫だって!家族だからって、全部言うこと聞かなくていいの!今日は涼ちゃんの人生の主役交代の日!はい、出発進行ー!」
「ねー、離してよ、高氏、元貴……!」
そこへずっと黙って様子を見ていた滉斗が、低い声で割って入った。
滉斗は僕の鞄をひょいと担ぐと、僕の頭を軽く小突いた。
「…お前ら、涼架をあんま困らせんな」
「滉斗…!止めてよ、みんなを……」
僕が救いを求めるように滉斗を見ると、彼は不敵に口角を上げた。
「……俺もクレープ食いたい。裏門から行くぞ」
「えっ、滉斗まで!?」
「いいから来い。…お前の兄貴には、俺から『生徒会の用事で遅くなる』ってメールしといてやるよ。あいつ、外面だけはいいから、学校の公務って言えば手出しはできねーだろ」
滉斗は手際よくスマホを操作しながら、僕の背中をポンと押した。
「わ、若井くん、それ嘘に…」
「嘘じゃねーよ。これからやるのは、『藤澤涼架を笑顔にする』っていう、俺たちにとって一番大事な仕事だ」
元貴が「名言でたー!」とはやしたて、高氏が「よし、俺が先導する!」と走り出す。
僕は三人に引きずられるようにして、重苦しい空気が漂う正門とは逆の、裏門へと駆け出した。
夕日に照らされた廊下を四人の足音が響く。
お兄ちゃんが怖い。帰ったことのことを考えると、足が震える。
でもーー僕の腕を掴む元貴と高氏の体温が、そして前を歩く滉斗の広い背中が、今は何よりも心強かった。
「……ふふっ」
「あ!涼ちゃんが今笑った!高氏、見た!?今の笑顔、百点満点!」
「よし、今の笑顔を維持したままクレープ屋まで突撃だ!」
僕の視界から、兄の影が少しだけ薄くなった気がした。
この三人と一緒なら、いつかこの長い影から抜け出せるかもしれない。
そんな、淡い希望を抱いた放課後だった。
次回予告
[甘いクレープと、震える着信]
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コメント
2件
とっても素敵なお友達💞続き楽しみです(*´艸`)