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43
その日の夜。
阿部は、ソファに座ってスマホを眺めていた。
画面には。
佐久間から届いたメッセージ。
『あと数日!!』
『楽しみすぎる!!』
『グッズ何買うか決めた!?』
『俺、たぶん全部欲しくなる!』
その下にも。
キャラクターの画像や会場の情報。
楽しそうなスタンプが、いくつも並んでいる。
阿部は。
少しだけ笑った。
本当に楽しみにしているらしい。
旅館の朝。
翔太とふっかに言われたことを思い出す。
何も聞かずに。
一緒にアニメイベントへ行けばいい。
ただ楽しめばいい。
それでいい。
分かっている。
それでも。
どうしても考えてしまう。
佐久間は。
どんな傷を抱えているんだろう。
ふっかは、酷かったと言った。
翔太は、まだ聞かない方がいいと言った。
それくらい。
何かがある。
阿部はもう一度、画面を見る。
『あべちゃんも絶対楽しいから!』
その文字に。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
「何考えてるの」
後ろから声がした。
振り返ると。
目黒が立っていた。
「めめ」
「もう寝るよ」
「まだ眠くない」
目黒は阿部の前まで来ると、スマホを覗き込んだ。
「佐久間くん?」
「うん。イベント、すごい楽しみにしてるみたい」
大量のメッセージを見て。
目黒が少し笑う。
「楽しそうだね」
「うん」
そう答えても。
阿部の視線は画面から離れない。
目黒はそんな阿部を少し見て。
何も言わずに身体を持ち上げた。
「え、ちょ、めめ」
「寝る」
「歩けるよ」
「知ってる」
「じゃあ下ろして」
「嫌」
そのまま抱えて、寝室へ向かう。
阿部は諦めて。
目黒の肩に腕を回した。
「めめって結構強引だよね」
「今さら?」
「今さらかも」
ベッドへ下ろされても。
阿部の頭の中には、まだ佐久間がいた。
目黒は隣に座り。
阿部の頬に触れる。
「あべちゃん」
「何?」
「みんなを治す係にならないで」
阿部が止まった。
「……そんなつもりじゃないよ」
「でも、何かしてあげなきゃって考えてるでしょ」
否定しようとして。
できなかった。
みんなの傷を知って。
どうしたら楽になるのか考えて。
自分にできることを探して。
いつの間にか。
全部、自分が何とかしなければいけないような気持ちになっていた。
「それ」
目黒が静かに言う。
「一人で抱えるのと、そんなに変わらないよ」
「……」
「九人で九人を守るんでしょ?」
「うん」
「あべちゃん一人で八人治すんじゃない」
阿部は少し俯いた。
「でも、知らなかったら支えられないじゃん」
「知ることは悪くないよ」
目黒は阿部の髪を撫でる。
「ただ、今まで話してくれた人たちは、少しずつ回復に向かってたから話せたんじゃないかな」
阿部が顔を上げる。
「話したから治ったんじゃなくて?」
「それもあると思う。でも」
目黒は少し考えてから続ける。
「話せるところまで来たから、話せたこともあると思う」
昨夜のことを思い出す。
ふっかは。
自分から話し始めた。
照も。
最後には自分で「大丈夫じゃない」と認めた。
館さんも。
翔太も。
めめも。
それぞれ。
自分の言葉で話してくれた。
阿部が呟く。
「俺、まだ佐久間からは何も聞いてない」
目黒の表情がわずかに変わる。
「佐久間くんか」
目黒は少し長く考えた。
そして。
「あべちゃんのこと、一日だけ佐久間くんに貸してあげる」
「……貸す?」
阿部が目を瞬く。
「俺、めめの物じゃないけど」
「知ってる」
「じゃあ何それ」
目黒は少し不満そうに阿部を見る。
「一日ずっと二人で出かけるの、本当は嫌だから」
「佐久間だよ?」
「佐久間くんでも嫌なものは嫌」
言い切って。
目黒は阿部を抱き寄せた。
阿部は思わず笑う。
「でも行ってきていいんでしょ?」
「うん」
目黒の腕に。
少しだけ力が入った。
「佐久間くんには、何か治そうとしなくていいよ」
阿部は黙って聞く。
「話を聞き出さなくていい。答えも出さなくていい」
目黒が少し身体を離して。
阿部を見る。
「抱きしめてあげるだけでいい」
「……それだけ?」
「うん」
目黒は優しく笑った。
「佐久間くんが欲しいの、多分、正しい答えじゃないから」
阿部の目が揺れる。
「あべちゃんがちゃんといるって分かれば、それでいい時もあると思う」
佐久間。
何を思っていたのか。
どうして。
そんなに酷かったのか。
また考え始めそうになった、その時。
目黒の唇が重なった。
「ん……」
思考が。
一瞬で途切れる。
離れたと思ったら。
もう一度。
今度は少し長くキスされる。
ようやく離れて。
阿部は目黒を見た。
「邪魔したでしょ」
「した」
全く悪びれていない。
「なんで」
「もう今日は、何も考えなくていいから」
「でも」
「当日になったら考えて」
「適当だなあ」
目黒はまた阿部を抱き寄せる。
「今は俺との時間」
低い声で言って。
阿部の肩に顔を埋める。
「本当は貸したくないし」
阿部は吹き出した。
「まだ言ってる」
「一日だけだから」
また唇を塞がれた。
さっきより深く。
長いキス。
阿部は目黒の服を掴む。
考えていたことが。
少しずつ遠くなる。
佐久間のことも。
みんなのことも。
現実のことも。
今だけは。
置いておいていいのかもしれない。
唇が離れる。
阿部は少し息を整えながら。
目黒を見上げた。
「……お召し上がりコース?」
目黒が一瞬止まり。
すぐに嬉しそうに笑う。
「お召し上がりコース」
目黒がまた距離を詰める。
阿部が笑いながら、その胸を軽く押した。
「めめ」
「今日はいっぱい考えたでしょ」
耳元で。
静かに言われる。
「もう考えなくていいよ」
阿部は少しだけ笑った。
目黒の腕の中で。
阿部は目を閉じる。
今日くらい。
何かを治すことも。
誰かを支える方法を考えることも。
しなくていい。
ただ。
目黒のそばにいる。
それだけでいい夜があっても。
きっと。
いいのだと思った。
次の日。
阿部が目を覚ますと、隣にいたはずの目黒はもう起きていた。
カーテンの隙間から、柔らかな朝の光が差し込んでいる。
まだ眠気の残る身体を布団の中で丸めたまま、阿部は小さく呼んだ。
「……めめ」
返事はない。
しばらくして、寝室の扉が開いた。
「起きた?」
目黒が顔を覗かせる。
「今」
「おはよう」
「おはよう」
手にしていた水をベッド脇へ置き、目黒が尋ねる。
「飲む?」
「うん」
身体を起こして水を受け取る。
一口飲んだところで、昨夜のことを思い出した。
「……」
その変化に、目黒が気づく。
「どうしたの?」
阿部は視線を逸らし、小さな声で呟いた。
「……食べられちゃった」
目黒が吹き出す。
「朝一番に何言ってるの」
「確認しただけだったのに」
「ちゃんと確認取れたでしょ」
楽しそうに笑いながら、目黒が阿部の髪を撫でる。
その手つきにつられて、阿部も笑った。
けれど、昨夜の会話を思い出すと、ふと表情が変わる。
「めめ」
「ん?」
「本当に、俺を佐久間に一日貸すの?」
目黒の手が止まった。
「……やっぱり半日にする?」
「減った」
「午前中だけ」
「もっと減った」
「じゃあ、イベントが終わるまで」
「それが一日でしょ」
阿部が笑うと、目黒は不満そうに眉を寄せた。
「分かってるよ」
「何が?」
「二人で行ってきていいって」
「許可はいらないけど」
「それも分かってる」
目黒は阿部の額にそっと口づける。
「楽しんできてね」
「うん」
「佐久間くんを治しに行くんじゃなくて」
阿部が目を瞬く。
目黒はそのまま頬を包んだ。
「あべちゃんも、ちゃんと楽しんでくるの」
「……うん」
「何か話してくれたら聞けばいい。話さなかったら、そのままでいいよ」
親指が、阿部の頬をゆっくり撫でる。
「無理に近づかなくても、隣にいれば十分だから」
その言葉を、阿部は胸の中で繰り返した。
「分かった」
「本当に?」
「本当に」
「じゃあ、今日はもう佐久間くんのこと考えすぎない」
「それは難しいかも」
「なんで?」
「俺、考えるの好きだから」
「知ってる」
「じゃあ仕方ないじゃん」
目黒は困ったように笑い、阿部の額へもう一度キスを落とした。
「でも、自分が楽しむことも忘れないで」
「うん」
「俺も楽しんでくる」
「それならいい」
ようやく納得したのか、目黒が阿部を胸の中へ引き寄せる。
「……もう少しだけ、このままでもいい?」
阿部は胸に頬を寄せた。
「……いいよ」
「じゃあ、もう少し」
腕が嬉しそうに阿部を包み込む。
朝の静かな部屋で、二人はしばらく何も話さずに抱き合っていた。
それから数日。
特別なことは何も起きなかった。
朝起きて、一緒にご飯を食べる。
昼までだらだらして、眠くなれば同じソファで肩を寄せて昼寝をする。
買い物へ行き、夕飯の材料を選び、二人で料理をする。
阿部が味見をすると、後ろから目黒が覗き込んだ。
「どう?」
「もう少し甘くてもいいかも」
「じゃあ、めめが入れて」
「俺?」
「俺の味覚、信用ないでしょ」
「そんなことないよ」
そう言いながら、目黒は阿部の手を取った。
二人で調味料を加える。
「これで?」
「うん。たぶん」
「たぶんなんだ」
「二人で作ったから大丈夫」
目黒が満足そうに笑った。
九人で集まる日もあった。
佐久間が騒いで、康二が写真を撮る。
ラウールが何かを食べ、深澤がそれに突っ込む。
渡辺は面倒そうな顔をしながら、結局最後までそこにいる。
宮舘が料理を作り、岩本はみんなを見ながら笑っていた。
誰も、傷の話をしなかった。
最初は阿部も戸惑った。
これでいいのかな。
みんな、本当に大丈夫なのかな。
聞かなくていいのかな。
そんな疑問が浮かぶ。
けれど、誰かが笑っている。
誰かが眠そうにしている。
誰かがご飯を食べている。
その光景を見ているうちに、少しずつ思えるようになった。
話さない日があってもいい。
楽しいだけの日があってもいい。
何も解決しない日でも、一緒にいれば、それはちゃんと回復する時間なのかもしれない。
その間も、佐久間からのメッセージだけは日に日に増えていった。
『あと三日!!』
『物販出た!!』
『見て!!』
グッズ一覧の画像が送られてくる。
ペンライト。
アクリルスタンド。
タオル。
缶バッジ。
阿部が一つずつ眺めていると、隣から目黒も画面を覗き込んだ。
「多いね」
「佐久間が?」
「グッズ」
「佐久間のメッセージも多いよ」
その瞬間、また通知が鳴る。
『あべちゃんこれ似合いそう!』
阿部が開く。
「……なんで俺が使う前提なんだろ」
目黒も画面を見る。
「似合いそう」
「めめまで?」
「うん。買ってあげようか」
阿部が驚いて目黒を見る。
「いいの?」
「佐久間くんと行くんでしょ」
「うん」
「なら、楽しめるものがあった方がいいから」
目黒は寂しそうに笑った。
「その代わり、帰ってきたら俺にも見せて」
胸の奥が、ふわっと温かくなる。
「もちろん」
「写真も送って」
「めめ、行かないのに?」
「行かないから見たい」
阿部は目黒の肩に寄りかかった。
「じゃあ、いっぱい送る」
「うん」
さらに通知が届く。
『これも!』
『これも欲しい!』
『あ、でもこっちも!』
阿部は思わず笑った。
「全部欲しいって言ってたもんな」
「買うの?」
「佐久間は買うんじゃない?」
「そうじゃなくて、あべちゃん」
「俺?」
「何か欲しいのある?」
画面を見ながら考える。
「まだ分かんない」
「イベントに行ったら欲しくなるかもね」
「佐久間に影響されそう」
「されそう」
目黒は阿部の肩に頬を寄せたまま、画面を見つめている。
また通知が鳴った。
『予習した!?』
阿部の眉が上がる。
「予習?」
続けて、動画のリンクやキャラクターの紹介が送られてくる。
『これだけ見といて!!』
『あとこれも!!』
『これは絶対!!』
「増えた」
「宿題出されてるじゃん」
「佐久間先生、厳しい」
「見るの?」
「見るよ」
「真面目」
「だって、楽しみにしてるし」
その言葉に、目黒が阿部を見る。
「あべちゃんも?」
「ん?」
「楽しみ?」
阿部は改めてスマホを見た。
大量のメッセージ。
楽しそうなスタンプ。
イベントの話になると、何倍も速くなる佐久間の返信。
少し前までは、佐久間が何を抱えているのか、そればかり考えていた。
でも今は、少し違う。
「うん」
素直に答える。
「楽しみ」
目黒の目元が柔らかく緩んだ。
「そっか」
「めめも行く?」
何気なく尋ねると、目黒は一瞬だけ考えた。
「行かない」
「即答」
「だって、あれは佐久間くんとあべちゃんの予定でしょ」
阿部は驚いた。
目黒なら、本当は一緒に行きたいと言うかと思っていた。
「いいの?」
「嫌だけど」
「やっぱり嫌なんじゃん」
「嫌だけど、行かない」
不満そうに言いながらも、目黒は阿部の手を取って指を絡める。
「佐久間くんが楽しみにしてるし」
「……うん」
「それに、一日貸すって言ったから」
「まだ貸すって言ってる」
阿部が笑うと、目黒もつられて笑った。
「ちゃんと返してもらうけどね」
「俺、自分で帰ってくるよ」
「それでも」
絡めた指を、目黒がきゅっと握る。
「帰ってきたら、今度は俺の時間」
「分かった」
「本当に?」
「本当に」
「じゃあ、帰ってきたら一番に俺のところに来て」
阿部は照れながら、指を握り返した。
「うん。一番に行く」
目黒は満足したように、阿部の手の甲へキスを落とす。
「約束ね」
「約束」
「二回聞く?」
「それはもういい」
二人で笑う。
その間にも、またスマホが鳴った。
『あと二日!!』
阿部は画面を見て、また笑った。
目黒は、そんな横顔を見つめる。
「楽しそう」
「うん」
「その顔、好き」
不意に言われて、阿部は目黒を見る。
「……急に何?」
「思ったから」
「そういうの、急に言うよね」
「言わないと伝わらないでしょ」
目黒は阿部の頬に触れた。
「楽しそうなあべちゃん、好きだよ」
耳が少し赤くなる。
「……知ってる」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ、もう一回言う」
「いいよ」
「好き」
阿部は目黒の肩に額を預けた。
「俺も好き」
すぐに腕が回ってくる。
「イベント前に、もう満足しそう」
「何それ」
「でも、帰ってきたらもっと甘やかす」
「今も十分甘いけど」
「まだ足りない」
「めめが?」
「俺も、あべちゃんも」
阿部は目黒の胸に頬を寄せた。
スマホには、佐久間から新しいメッセージが届いている。
けれど今は、すぐに開かなくてもよかった。
目黒の腕の中で、ゆっくり目を閉じる。
イベントの日は、もうすぐそこまで来ていた。
#❤️💙
みら

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おはようございます☀ 一気に読みました。 笑顔いっぱいの話でした。 最後の方は🩷イベント楽しみ😊 🖤💚イチャイチャ🥰🤗タイムでした。 続き待ってます♪