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みら

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イベント当日。
朝。
阿部は、いつもより早く目を覚ました。
まだ隣で眠っている目黒を起こさないように、そっとベッドを抜け出す。
洗面所へ行き。
顔を洗って。
髪を整える。
それからリビングへ戻り、テーブルに置いていたスマホを確認した。
時刻は。
まだ約束の一時間前。
なのに。
すでにメッセージが来ていた。
『起きてる!?』
『今日だよ!!』
『あべちゃん!!』
『楽しみ!!!!』
阿部は思わず笑う。
『起きてるよ』
送った瞬間。
既読。
『俺もう準備できた!』
「早……」
呟きながら。
阿部はもう一度、自分の荷物を確認する。
財布。
スマホ。
飲み物。
目黒が買ってくれたグッズを入れるためのバッグ。
それから。
佐久間から送られてきたイベント情報。
何度も見たから。
もうほとんど覚えている。
キャラクター。
関係性。
これまでのストーリー。
今日出演する声優。
イベントで披露されそうな曲。
佐久間が「これは絶対」と送ってきた回も。
全部見た。
最初は。
佐久間との会話についていければいいと思っていた。
でも。
見始めたら。
普通に面白かった。
気づけば。
佐久間に言われていない話まで見ていた。
「……これ言ったらびっくりするかな」
少し楽しみになる。
その時。
後ろから腕が回ってきた。
「早いね」
「めめ」
眠そうな声。
目黒が背中から阿部を抱きしめる。
「もう準備してるの?」
「うん」
「楽しみ?」
「結構」
目黒が阿部の肩に顎を乗せた。
「予習した?」
「したよ」
「佐久間くんに言われたやつ?」
「それ以上」
「それ以上?」
阿部は少し得意そうに笑う。
「見始めたら止まらなくなった」
目黒も笑った。
「楽しめそうだね」
「うん」
「よかった」
そう言って。
頬にキスをする。
「帰ってきたら連絡してね」
「分かってる」
「写真も」
「送る」
「一番に帰ってくる?」
阿部は振り返る。
「昨日約束したでしょ」
「確認」
「めめも結構確認するよね」
「大事だから」
阿部は笑いながら。
目黒の頬へ軽くキスを返した。
「行ってきます」
「まだ佐久間くん来てないよ」
「先に言っとこうと思って」
「じゃあ」
目黒はもう一度阿部を抱きしめる。
「行ってらっしゃい」
その瞬間。
インターホンが鳴った。
二人が止まる。
阿部が時計を見る。
「……まだ四十分前」
目黒が笑う。
「来たんじゃない?」
阿部は。
なんとなく予想しながら。
モニターを見る。
そこには。
満面の笑みの佐久間がいた。
『あべちゃーん!』
「やっぱり」
「早くない?」
玄関を開けると。
佐久間が大きなバッグを持って立っていた。
「全然!」
「四十分前だよ」
「物販あるから!」
「開場までまだかなりあるよ?」
「早いに越したことないじゃん!」
佐久間は。
すでにイベントのグッズらしいものを身につけている。
「あれ」
阿部が見る。
「それ去年のイベントの?」
佐久間が止まった。
「……え?」
「そのキャラ、去年の限定衣装じゃない?」
「……」
佐久間が。
ゆっくり阿部を見る。
「なんで知ってるの?」
「予習したから」
「そこまで!?」
阿部は笑う。
「だって去年のイベント映像もあったから」
「見たの!?」
「見た」
「全部!?」
「全部」
佐久間の目が。
一気に輝く。
「あべちゃん!」
「何?」
「好き!」
「急だな」
「だって!」
佐久間は。
もう玄関先で興奮している。
「じゃあ今日のセトリ予想できる!?」
「多分」
「話そう!」
「ここで?」
「移動しながら!」
「行こうよ」
阿部は笑いながら靴を履く。
後ろから。
目黒が出てきた。
「いってらっしゃい」
「蓮!」
佐久間が手を上げる。
「借りてくね!」
目黒の眉がわずかに動く。
「一日だけね」
阿部が呆れる。
佐久間は楽しそうに笑う。
「ちゃんと返すから!」
「お願いします」
「俺の意思どこ?」
誰も答えない。
阿部は。
二人を見比べて笑った。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
目黒に見送られ。
佐久間と二人。
部屋を出た。
移動中。
佐久間は。
ほとんど止まらず喋っていた。
「でね!」
「うん」
「今回のキービジュ見た!?」
「見た」
「センターの意味分かった!?」
「多分、あの最終話の後だからでしょ」
佐久間が止まる。
「……そう!」
「やっぱり?」
「そうなの!」
一気に嬉しそうになる。
「俺もそれだと思ってて!」
「あと端にいる二人、距離近かったじゃん」
「そこ気づいた!?」
「気づくでしょ」
「あれ絶対何かあるよね!」
「あると思う」
「だよね!?」
会話が。
普通に続く。
佐久間が説明して。
阿部が聞く。
そんな一日になると思っていた。
でも。
実際は違った。
「あの二人ってさ」
阿部が言う。
「三期の最初、一回だけ同じ構図あったよね」
佐久間が。
また止まる。
「……あべちゃん」
「何?」
「三期全部見た?」
「見たよ」
「いつ!?」
「この数日」
「寝てた!?」
「寝てるよ」
「仕事ないからって見すぎじゃない!?」
「佐久間が予習しろって言ったんじゃん」
「そこまでやると思わないじゃん!」
阿部は笑った。
「面白かったから」
佐久間も。
一瞬ぽかんとして。
すぐに笑った。
「でしょ!?」
「うん」
「面白いでしょ!?」
「普通にハマった」
「やったー!」
「佐久間、声大きい」
「だって嬉しい!」
「分かったから」
「もっと話そ!」
佐久間は。
本当に嬉しそうだった。
会場へ着く。
まだ早いのに。
すでに多くの人がいた。
巨大なビジュアル。
キャラクターのパネル。
イベント限定の装飾。
阿部は。
入口に入る前から足を止めた。
「……すご」
佐久間が得意そうに笑う。
「でしょ?」
「写真撮りたい」
「撮ろ!」
佐久間がすぐスマホを出す。
「ここ立って!」
「佐久間も入ろうよ」
「俺はあとで」
「一緒に撮りたい」
佐久間が。
一瞬だけ止まった。
でもすぐに。
「撮る!」
と笑う。
近くの人に頼んで。
二人で写真を撮った。
阿部は。
出来上がった写真を見る。
二人とも。
すでに楽しそうだった。
「めめに送ろ」
「もう?」
「写真送るって約束したから」
「蓮、本当に心配性だね」
「佐久間も知ってるでしょ」
「知ってる」
写真を送る。
すぐに返事。
『楽しそう』
続けて。
『あべちゃん可愛い』
阿部は。
すぐスマホを伏せた。
佐久間が覗く。
「何来た?」
「見なくていい」
「蓮でしょ?」
「いいから物販行こう」
「照れた!」
「行くよ」
佐久間は。
楽しそうについてきた。
物販。
阿部は。
グッズを眺める。
佐久間は横で。
何を買うか悩んでいた。
「これと」
「うん」
「これと」
「うん」
「これも欲しいし」
「全部買えば?」
「悪魔の囁き!」
「最初から全部欲しいって言ってたじゃん」
「でも現物見るともっと欲しくなる!」
「分かる」
阿部も。
一つ手に取る。
佐久間がすぐ気づく。
「それ!」
「うん」
「そのキャラ好きになった?」
「好きかも」
「やっぱり!」
「なんで?」
「絶対あべちゃん好きだと思った!」
「性格?」
「そう!」
阿部は。
別のグッズも手に取る。
「これも欲しい」
「買お!」
「これも」
「買お!」
「佐久間、止める気ないでしょ」
「ない!」
結局。
佐久間より先に。
阿部の買い物かごがいっぱいになった。
佐久間が見る。
「……あべちゃん」
「何?」
「俺より買ってない?」
阿部も見る。
「……ほんとだ」
「予習から入りすぎ!」
「でも欲しい」
「いい!」
佐久間は。
むしろ嬉しそうだった。
「もっと買お!」
「それは止めてよ」
「さっき俺に全部買えって言ったじゃん!」
「佐久間と俺は別」
「ずるい!」
二人で笑う。
イベントが始まる前。
席に着く。
阿部は。
買ったばかりのペンライトを確認していた。
佐久間が隣で。
「色分かる?」
と聞く。
「この曲ならこっちでしょ」
阿部が色を変える。
佐久間が。
また固まる。
「……正解」
「予習したって言ったじゃん」
「いや、もう予習のレベル超えてる!」
阿部は笑う。
「佐久間」
「何?」
「始まる」
照明が落ちる。
会場から歓声が上がる。
その瞬間。
阿部の顔が。
ぱっと明るくなった。
「佐久間!」
「うん!」
「来た!」
「来たね!」
ステージに。
出演者が登場する。
佐久間も大きく手を振る。
でも。
隣を見ると。
阿部は。
それ以上だった。
「あ!」
「あの衣装!」
「佐久間、予想当たってる!」
「ほんとだ!」
「ほら!」
「分かったから!」
阿部は。
完全に夢中になっている。
トークが始まれば笑い。
映像が流れれば。
佐久間より先に反応する。
「あ、ここ!」
「分かるの!?」
「見たもん!」
「全部覚えてるじゃん!」
「ここ好き!」
佐久間は。
何度も阿部を見てしまう。
予習してきたとは聞いていた。
でも。
ここまで楽しむとは思わなかった。
阿部は。
ペンライトを振りながら。
普通に笑っている。
子どもみたいに。
楽しそうに。
そして。
ライブパート。
イントロが流れた瞬間。
阿部が息を呑む。
「え」
佐久間も。
すぐに気づく。
「来た!」
「これやるの!?」
「やると思わなかった!」
佐久間より先に。
阿部が立ち上がる。
「佐久間!」
「何!?」
「早く!」
「俺も立つよ!」
曲が始まる。
阿部は。
予習した振りまで。
なんとなく真似していた。
佐久間が。
隣で笑う。
「あべちゃん!」
「何!」
「楽しみすぎ!」
「佐久間もやって!」
「やってる!」
一曲終わる。
阿部は。
満面の笑みで佐久間を見る。
「楽しい!」
その一言に。
佐久間が少し止まった。
「……うん」
「何?」
「何でもない!」
すぐにいつもの笑顔へ戻る。
「次も来るよ!」
「分かってる!」
「なんで分かるの!?」
「セトリ予想した!」
「あべちゃん怖い!」
「佐久間が教えたんじゃん!」
また笑う。
その後も。
阿部の勢いは落ちなかった。
佐久間が少し疲れて座る時間にも。
阿部はステージを見ながら。
「佐久間、次これじゃない?」
「ちょっと休ませて」
「え?」
「俺より元気なの何!?」
「楽しいから」
「俺だって楽しいよ!」
「じゃあ立って」
「厳しい!」
阿部が笑う。
佐久間も。
結局また立った。
イベントが終わった頃。
佐久間は。
座席に座ったまま。
少しぐったりしていた。
阿部は。
まだステージを見ている。
「終わっちゃった」
「……そうだね」
「早かった」
「二時間以上あったよ」
「もう一回見たい」
佐久間が。
ゆっくり阿部を見る。
「俺より楽しんでない?」
「そう?」
「絶対そう」
阿部は。
買ったグッズを確認しながら笑う。
「だって面白かった」
「予習も俺以上にして」
「うん」
「グッズも俺より買って」
「そうだね」
「イベント中も俺より元気で」
「佐久間途中座ってたじゃん」
「体力の問題!」
「俺も同じくらいの年齢でしょ」
「そうだけど!」
阿部が吹き出す。
佐久間も。
少し遅れて笑った。
「なんか」
「何?」
「連れてきた甲斐あった」
「俺も来てよかった」
阿部は素直に言う。
「佐久間がいっぱい送ってくれたから、ちゃんと予習できたし」
「うん」
「知らないまま来るより絶対楽しかった」
「……そっか」
「ありがとう」
佐久間は。
一瞬だけ。
言葉を失った。
でも。
すぐにいつもの笑顔になる。
「次はもっと仕込む!」
「まだあるの?」
「あるよ!」
「じゃあ見る」
「ほんと!?」
「うん」
阿部は。
何でもないことのように答えた。
「次も楽しみたいし」
佐久間の表情が。
ほんの一瞬だけ。
揺れた。
けれど。
阿部はそれを追いかけなかった。
今日は。
傷の話をする日じゃない。
佐久間の好きなものを。
一緒に楽しむ日。
それでいい。
会場を出ても。
阿部のテンションは。
なかなか下がらなかった。
「佐久間」
「何?」
「あの最後の映像」
「うん」
「絶対続編の伏線だよね?」
佐久間が目を見開く。
「やっぱそう思う!?」
「思う」
「俺も!」
「あとさ」
「うん!」
二人は。
また話し始める。
どの場面が良かったか。
誰のセリフが良かったか。
次は何がありそうか。
グッズは何を買ったか。
気づけば。
佐久間が話して。
阿部が聞いているのではなく。
二人で同じくらい話していた。
時には。
阿部の方が止まらない。
「それでね」
「うん」
「あのキャラ、最初はそんな好きじゃなかったんだけど」
「うんうん!」
「今日見たらすごい好きになった」
「分かる!」
「もう一個グッズ買えばよかった」
「戻る!?」
佐久間が本気で振り返る。
阿部も一瞬考える。
「……戻る?」
「戻ろ!」
「本当に?」
「本当に!」
結局。
二人は物販へ戻った。
そして。
阿部はまた一つ。
グッズを増やした。
佐久間が。
袋を見ながら笑う。
「あべちゃん」
「何?」
「今日俺が連れてきたんだよね?」
「そうだよ」
「なんで俺より満喫してるの?」
阿部は。
少し考えて。
楽しそうに笑った。
「佐久間が面白いもの教えてくれたから」
「……」
「ありがとう」
佐久間は。
少しだけ目を細めた。
「どういたしまして」
その声は。
いつもより。
ほんの少しだけ柔らかかった。
阿部は。
それ以上何も聞かなかった。
ただ。
買ったばかりの袋を持ち直す。
「次どこ行く?」
佐久間が驚く。
「まだ遊ぶの!?」
「せっかく一日貸してもらったし」
「蓮の言い方うつってる!」
「だってまだ帰るには早いでしょ」
佐久間の顔が。
ぱっと明るくなる。
「じゃあ!」
「うん」
「コラボカフェ行こう!」
「あるの?」
「ある!」
「行く!」
「即答!」
今度は。
佐久間が笑う番だった。
二人の一日は。
まだ。
終わりそうになかった。
コメント
1件
おおー、44話!イベント当日の阿部ちゃん、めっちゃ予習しててビビったわ…「それ以上」って言い放ったときの得意げな顔が浮かぶ。佐久間も驚きつつめっちゃ嬉しそうで、二人でキャッキャしながらグッズ買ったり写真撮ったりしてるの、尊すぎて終始にやにや止まらんかった。特に佐久間が「連れてきた甲斐あった」って呟くところ、優しさと温かさがじんわり来たな。傷の話はしないって阿部ちゃんがちゃんと線引してるのも、この二人の距離感が好き。次回も絶対読みたい🔥