なにしてるの
瞼の向こう、聞こえてくるのは聞き慣れた声
今寝てるの
早く起きてよ
どうして
作戦失敗だ
そう。
早く起きてよ
嫌だ
どうして
眠いから
私も寝たい
じゃあ、一緒に寝てしまおうよ
いいの?
もういいよ
楓果。起きてよ
寝たふりしてるの?
呑気だね
退屈だよ
もっと遊ぼうよ
どうしたの。それ
ああ、僕がつけた跡だった
どうしたの。動いてよ
人形ごっこ?
うーん。僕は生きてる君が好きだな
楓果。起きなよ
もう無理?
難しい?
ほら、立って
君ならできる
強く強く生きていくんだー!
あら、
ははは。
僕にそんなにもたれかからないでよ
でも君ならいいよ
痛い
痛い
痛い
痛い
暗闇の向こう
ぼやけた視界で
白い光の筋がこちらに向かって音もなく近づいてくる
するりと滑るように
華奢な手が私の頬に触れた
さようなら。
重く響いた鈍い音に私は目を覚ます。
身体はだるく、動かす力を出せずにいたが、私はかろうじて視線を這わせ現状把握に努める。薄暗い部屋の中、太陽の沈み終えた紺色の外の光だけが差し込む、静かな空間で、
道浦が倒れていた。
寝ているというにはどうも不自然で、私は悠長にもその姿を呆然と眺めている。懐かしい匂いが私の鼻孔をくすぐる。肉のあちこちがじんじんと痛む中、近くにある壁に身体を預ける。
私は私へと帰って来たような過去も未来もない今ある真っ白な現状に薄く幸福な気持ちになり、たそがれている。
私だけを想う。私の分身のような目の前に居座る君を眺めた。
「助けてくださいーっ。ころされますぅーって110番通報してみたけどさ、結構、間に合わなかった。sosって結局は自分で解決するしかないもんなんだねえ。」
こうやって会うのは初めてだね。私、死んだのかな。
「まだ生きてるよ。不幸なことに。はははっ。」
道浦が倒れているのは君がしたの?
「いや、私じゃない。誰だろなあ?」
知ってる人っぽいね。その反応は。
君は何かを伝えるために私にこうして目の前にいるのだろうな。異常な環境により、こうして出会ってしまった。
時期に私は死ぬのだろうか。この血の量は。
全てがどうでもいいような開放されたこの感情は。
「楓果。しばらく君とはお別れしなきゃならない。愛してるよ。私。」
愛してる。そうか…。貴方からならなんだか嬉しい言葉だな。焦れったいよ。
「また会いたいね。」
「すぐに会えるよ。」
そういって君は私の頭に優しく手をかざした。
(ここにはない過去へ戻ろう。いつかの君の願いを叶えよう。自分を信じて進むんだよ。自ずと道は開かれる。しばらくはお別れだろうが、すぐに君を見つけ出す。
記憶とともに安やらに眠れ。神代楓果。君はまだ死なない。だって私は君を愛してるから。)
私は頭をがくりとたらし、薄く涙を浮かべ、君を信じて眠りについた。
母も妹も道浦も拓斗も忘れて。
私は目を閉じたのだ。
私は死の魅力に取り憑かれていた。
道浦は私に幻想を抱いた。
この世界では私は夢をみているようだった。
これは本当のエンドじゃないのだろう。
そうであればいい。
私にはまだ進まなければいけない道があるのだろうか。
「…行かないでくれえ!!!ふうかっ!楓果ああ…!」
瞼の向こうで道浦は叫ぶ。彼も目を覚ましたらしい。
「卑怯だっ!!逃げるなあ!!ママもそうやって子どもの僕から逃げたんだ!行くなあっ!行くなよっ!!逃げるな!!クソが!」
しゃがれた声で、今にも泣きそうな声で、私に言葉を伝えてくる。
「もう僕を1人にしないで…」
私と君は同じじゃない。似ているものはあったかもしれないが、私は私を生きているんだ。
どうか許してくれないか。
私がここから消えること。
君と関わるのも。生きるのも。
もう疲れた。
君の与えてくれた”この傷口”に甘えて、
私はもう寝る。
自分のことしか考えない愚か者は私のことだったんだな。
呆れてしまうよ。
さよならを前に、我に返ったように泣きじゃくる君を置いて、私はひとりほくそ笑む。
忘却に身を委ねよ。
私を信じて。
一歩進むんだ。
赤い傷に見合わぬ安らに誘惑する色なしの世界に落ちていく。
自分が確実に消滅していく感覚。
それに恐怖する感情は心の空間に漂う。
意識から一人称は失われ。
少し温かいなにかに抱きしめられる感触がしている。道浦だろうか。
さあ、目を閉じよ。
お前にはまだ進まなければならない道がある。
コメント
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執筆お疲れ様です!!!!そして連載お疲れ様でした!🥂 お話それぞれの起承転結や、狂気が素晴らしすぎました。 今回の「傷口に甘えて」など、比喩表現全てがお話に合っていて、毎度毎度お気に入りの表現を探すのを、とても楽しみにしていました! 木ノ下さんの文章の構成が、ジワジワ差し迫ってくる感じで、道浦くん、楓果さんの狂気、恐怖がより際立ちます🥺 素晴らしい作品たちをありがとうございました!🙇♂️✨
ここまで目を通して頂きありがとうございます🙇♀お疲れ様ですー。 更新おそくなっちゃいました。僕は君を愛してる完結です。 ハピエンにさせる予定だっていっておきながらタヒエンド(笑) とはいえ、彼女のタマシイはエンドではなく、どこかでスタートするんだそうです。