今日はダグラスさん、テレーゼさん、レオノーラさん、ジェラードを招いての食事会の日だ。
開始するのは夜だから、それまでは時間が十分にある……というわけで、私は外出をしていた。
ちなみにエミリアさんは朝からどこかに出掛けてしまったので、私は今日も一人である。
「よーし。早速、錬金術師ザフラさんのお店へ――」
……行こうと思ったのだが、そういえばジェラードが食事会のときに何かをくれそうなので、返礼品を用意することにした。
『返礼品』って言っちゃうと何もくれなかった人には贈れないから、『記念品』とか『贈答品』って言った方が良いかな?
何を贈るかを考えてみたところ、錬金術師としてのランクが上がったのだから、ここはやはり錬金術で作ったものが良いだろう。
スキルのおかげではあるけど、この世界に私以上の錬金術師はいないわけだし、それはきっと素晴らしい贈り物になるに違いない。
そうとなれば、外見にもこだわりを持ちたくなってくる。
ジェラードから渡された増幅石を入れるための『立派な箱』のように、外見が立派になるだけで、さらに凄く見えるようになるのだから。
ひとまずいつものアクセサリ屋さん……メイドさんたちのカフスボタンを買ったお店で相談してみると、思いがけず素敵な瓶を買うことができた。
隣の国から輸入したガラスの工芸品ということで、ちょっとした特別感を持った逸品だ。
「良い買い物をした~♪
……とかやってたら、もう昼か」
アクセサリ屋さんを出てから、空を見上げて一人つぶやく。
今からザフラさんのお店に行って、できればお話も聞いて――
……それからお屋敷に戻って、贈答品にするアイテムを何かしら作って、ラッピングをして……って、結構忙しいかもしれない。
「よし、考えていないでさっさと動こう!」
昼食をとると時間がまた遅くなってしまうから、ひとまずは食べないまま向かうことにしよう。
クラリスさんに昼食は要らないって言ってあるし、どこかのタイミングで食べられれば良いかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
教えてもらった場所にようやく着くと、小さなお店を見つけることが出来た。
入口の大きさは白兎堂と同じくらいで、扉の横の黒板には売っているものが書かれている。
「初級ポーション……と、爆弾がたくさん……と、etc……っと」
そういえばザフラさんは、爆弾が得意なんだっけ?
ポーションは『初級』って明記してあるから、中級以上は売っていないのだろう。
『etc』は……ちょっとまとめすぎなような気もするけど、きっといろいろ扱っているに違いない。
よーし。黒板はしっかり確認したし、それじゃ早速入ってみようかな。
今更だけど、錬金術の専門店は実は初めてなんだよね。どきどき……。
――カランカラン♪
「いらっしゃいませー」
扉を開けると心地の良い鐘の音が鳴って、直後に可愛らしい声がお店に響いた。
お店の中はこじんまりとした感じで、例えて言うなら駅前にあるケーキ屋さん……といったくらいの大きさだろうか。
「すいません、少し見せて頂けますか?」
「きゃ、きゃあああああっ!!!?」
「えっ!?」
声を掛けた途端、店員の女の子は大きな声で驚いた。
それに釣られて、私も驚いてしまう。
「えっ、あのっ!? な、何のご用でしょうか!?」
「え、えーっと? 売っているものを見せて欲しいなって……」
「はわわっ、これは何ですか!? 抜き打ちですかっ!?」
「えぇー……?」
話がどうにも噛み合わないんだけど……どうしたら良いのかな?
ここはひとまず、彼女の知っている名前を出して、落ち着かせてみることにしよう。
「あの、|紅蓮の月光《クリムゾン・ムーン》のリーダーさんからの紹介で来たんですけど……」
「え!? リーダーさんの、ですか!?」
「はい……」
「んん? んー?」
彼女はそう言いながら、私の顔をおっかなびっくり覗いてきた。
聞いていた印象と違うけど、本人なのかな? 一応確認しておこう……。
「あの、あなたは……ザフラさんですよね?」
「はい、そうです……。
そう言うあなたは、錬金術師のアイナさんですよね……?」
「あれ、何で知っているんですか?」
「や、やっぱりそうですよね……!? 何回か錬金術師ギルドでお見掛けしたことがありまして……。
あの、受付の方がいつも叫んでいるので、目立つというか……」
テレーゼさんめ。
「そういう知名度は要らないんですけどね……」
「いえいえ! もちろんS-ランクの錬金術師ということで、良い意味でも知名度がありますし!
まだお若いのに腕が立っていて、王族ともかなりの取引があるって――」
「そんなことまで伝わっているんですか……。
あ、ちなみに先日Sランクに昇格したんですよ」
ザフラさんの情報が少し古かったので、一応、最新情報を伝えることにした。
だからどうしたって話でも無いんだけど。
「わ、わぁ……。それはおめでとうございます!
……私と同じくらいの年齢なのに……凄い……ですね……。
あの、さっきはすいません……。凄い方が突然来たので、取り乱してしまって……」
「突然に失礼しました……。
今日はザフラさんのお店を参考にさせてもらおうかなって、お邪魔したんです」
「そうだったんですか。Sランクの方に見てもらうようなものは無いかと思いますが、ゆっくりしていってください。
あ、すぐにお茶を入れますね!」
「ありがとうございます。いろいろ見させてもらいますね」
ザフラさんが奥へ行っている間に商品を見てみると、やはり爆弾の種類の多さが目に付いた。
なるほど、爆弾と言ってもいろいろあるものなんだね。
なんだか花火みたいなやつもあるし……、バリエーションが豊富というか。
この『ねずみ爆弾』って何だろう? ねずみ花火みたいなものかな?
でもしっかり球状の爆弾っぽいものがくっついてるし……火を点けたらどうなるんだろう。
そんなことを考えながら改めて店内を見回してみると、大きな棚が4つあって、カテゴリ別のような形で商品が陳列されていた。
棚の2つが爆弾関係で、もう1つが薬関係。もう1つが雑多にいろいろ……といった感じだ。雑多な棚が、黒板にあった『etc』になるのかな?
引き続き、雑多な棚を眺めてみると――
「……『強化ロープ』に『強化松明』、『研磨剤』に『固形燃料』……」
ふむ、なるほど。こういうものも錬金術に含まれるのか……。
これはなかなか、見ているだけでも面白いかもしれない。
「お待たせしました! 狭いですが、こちらにどうぞ!」
ザフラさんはお茶を置きながら、お店の隅にある椅子を勧めてくれた。
椅子の横には小さいテーブルもあって、お客さんが休めるようにしているようだ。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えますね」
出されたお茶を一口飲んで、ほっと一息。
一息ついたところで、ザフラさんが緊張した面持ちで話を続けてきた。
「えっと……参考にならないとは思いますが、いかがですか? 私のお店……」
「錬金術のお店ってこういうお店を想像していたので、『まさに!』って感じですね!
あと、爆弾が好きなんだな、って分かる品揃えっていうか?」
「あはは……。私の兄が冒険者で、爆弾をいつも使っていたんです。
そのおかげで、私も爆弾ばかり作るようになっちゃって」
「へー、お兄さんの影響なんですね」
「はい! 他にも雑多に作っているんですけど、基本的には冒険者向けの品揃えになっていますね」
お店の広さもあるし、普通は何から何まで作るのは難しいわけだから……何かに特化するのは方針としては良いことだよね。
ザフラさんの場合は、特化しているのが『冒険者向け』だということだ。
「リーダーさんたちも冒険者になったばかりだそうですし、冒険者に特化している錬金術のお店があれば、重宝しちゃうわけですね」
「はい、ありがたいことです。
|紅蓮の月光《クリムゾン・ムーン》の皆さんには、ポーションもたくさん買っていってもらってるので、本当に助かってるんですよ」
ザフラさんは嬉しそうに言った。
……あれ? この笑顔を見ちゃったら、ポーションだけ私のお店で買ってもらうなんて出来ないんじゃない……?
そう思いながら、棚に並んでいるポーションを遠目で鑑定してみる。
──────────────────
【ちょっと不味い初級ポーション(C級)】
HP回復(小)
※追加効果:無し
──────────────────
……むむ? 初級ポーションが『ちょっと不味い初級ポーション』になってるぞ……?
気になってもう少し詳しく鑑定をしてみると、どうやらポーションには本来不要の、おかしな成分が入っているようだ。
1つ1つ違うんだけど、鉄粉が混ざっていたり、火薬が混ざっていたり……。
これだと、怪我は治っても健康被害がいつか出てしまうかもしれない?
「ザフラさんのポーションって、変な味がするって言われたこと……あります?」
「うっ……。
け、結構言われるんですよ……。でも、その理由がよく分からなくて……」
「ポーションの中に鉄粉やら火薬やらが混ざっているようなので、そのあたりを見直してみると良いかもしれませんね」
「えっ!?
うーんと……あ、もしかして大釜の周りの|煤《すす》とかかな……」
そう言いながら、ザフラさんは慌ててお店の裏手を覗いていた。
きっと視線の先に、ザフラさんの工房があるのだろう。
「原因は分かりそうですか?」
「恐らくですが……ちょっと試しにやってみます!
……あの、付き合ってもらって良いですか?」
「そうですね。折角ですし、見学させてくださいな」
「き、緊張します……!
何かあればご指導ください……っ!」
指導ができるかは分からないけど、誰かが錬金術を使うところを見るのも初めてなんだよね。
ここは後学のために、少し見学させてもらうことにしよう。
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