「ふふふ……今日はツイてるね。このゲームも私の勝ちかなぁ」
「うっせー、ジジイ黙っとけ。あっ! 姫さんは交換する?」
「えっーと……じゃあ1枚で。あと、私姫じゃないです。クレハです」
「ジジイ!!? 今、ジジイって言ったの!? あなたと私1つしか変わらないんですけどー!! そしてまだピチピチの20代なんですけど!!!!」
「ピチピチとかきめぇこと言うな。ハゲ」
「ハゲてませんー!! ふさふさですぅ!!!!」
賑やかだなぁ……。自分の手札からカードを1枚抜き取り、ストックのカードと入れ替える。交換後のカードは数字はバラバラ……でもマークは全てスペードになった。同じ絵柄が5枚揃ってる。これって確かフラッシュだよね。どうしようかな……レナードさん、またいい役来てるみたいだし。フラッシュって何番目に強いんだっけ。
「あー……もう、ウザいハゲは無視してね。はいショーダウン」
「またハゲって言った!!」
2回目のかけが終了し、公開された3人の手札。私のスペードの『フラッシュ』、そして3の『ワンペア』に4と9の『ツーペア』
「おっ、今回は姫さんの勝ちだな。おめでとさん」
チップ代わりのキャンディーがパラパラと私の手の平へ落とされた。
「やったー」
「おい、レナード。お前ワンペアじゃねーかよ! これでよくあんな自信満々な態度とってたな」
「高度な心理戦……かな?」
「どこがだよ。誰も引っかかってないから」
「もう〜ふたり共全然勝負降りてくれないんだもん」
「いい歳した男がもんはやめろ」
目の前にいる2人の男性。彼らは中庭で日向ぼっこをしていた私の所へ突然やってきたのだ。最初は凄く警戒してしまったけれど、服装が以前セドリックさんが着ていたのと同じ隊服だったので、レオンの部下の方だとすぐに分かった。
おふたりはご兄弟だそうです。顔立ちはあまり似ていない。それに、さっきから言い争いばかりなさっている。でも全く険悪な感じにならないのは、何だかんだ仲が良いからなんだろうな。
お兄さんの方はレナードさん。隊服をきっちりと着込み、頭のてっぺんから指先まで意識が行き届いているような所作が美しい。纏う雰囲気はどこか中性的だ。ハゲとか言われてるけど、私が見たところハゲてはいません。
弟さんはルイスさん、お兄さんに比べてのんびりしているというか……気怠げな感じ。隊服はラフに着崩している。言葉使いも砕けていて、私に対してもそのまま喋ってくれるのがちょっと嬉しい。おふたりが共通しているのは、左手に黒い手袋をしているところだろうか。
「それにしても殿下達遅いねぇ。もう約束の時間から1時間近く経ってるのに」
「ミシェルはともかく、ボスが時間に遅れるなんて珍しいな……」
『ボス』とはレオンの事だ。ルイスさんは私のことも『姫さん』と呼んだり、あだ名をつけるのが癖なのだろうか……
このおふたりは今日付けで私の身辺警護をレオンから任されたのだという。これからここで顔合わせと、私の帰宅についての打ち合わせがあるらしい。でも、時間になってもレオンがなかなか来ないので、こうやって3人でカードゲームをしながら暇を潰していたのである。
「ミシェルさんという方が、私の付き添いをして下さる隊員さんなんですか?」
「そうですよ。多分、クレハ様はお店で何度か顔を合わせていると思います。やっと正式にお会いできるって喜んでました。今回の任務もとっても張り切ってるんですよ。はい、あーんして下さい」
「ふあっ……?」
口の中に入れられたのは、さっきチップ代わりに使っていたキャンディーだった。これはイチゴ味だ。美味しいと伝えるとレナードさんはにっこりと微笑み、更にもうひとつキャンディーの包みを開き、今度は自分の口の中に入れた。
「張り切り過ぎて失敗しないといいけどな」
「大丈夫でしょ。ミシェルちゃん、見た目はぽわぽわしてるけど優秀だし」
「まあな……あっ、この飴美味い」
ルイスさんも私達に続いてキャンディーを食べ始めた。口に入れた途端に噛み砕いてしまったのか、ボリボリという音が聞こえる。美味しいと思うならもう少し味わって食べてと、レナードさんは不満そう。でも、キャンディーをすぐに噛んじゃう人って結構いるよね。
「そしてもちろん、私達も楽しみにしていたんですよ。クレハ様」
「店ではタイミングが合わなくて全然会えなかったからね」
「ほんと、お人形さんみたいに可愛いんですもの。私感動しちゃった」
「うわっ……!」
レナードさんは私を勢いよく抱きしめた。レナードさん、凄く良い匂いがする。ふんわりとした甘さの中に漂うピリっとしたスパイシーな香り……これは香水かな。なんだかちょっと照れてしまう。
「おい、ハゲ! 初対面から馴れ馴れしいんだよ。あんま調子乗るとボスの雷落ちるぞ。姫さんも嫌なら殴っていいからね」
「あっ、いえ……嫌ではないですよ」
「うぅ……クレハ様優しい。でも殿下の雷は怖いから、これくらいでやめておきます」
そう言ってレナードさんは私を懐から解放した。そういえば、レオンはルーイ様にすら電撃向けたことあったな……。雷が落ちるというのも比喩表現ではなく、本当にやりかねないと思ってしまい複雑な気持ちになる。
「ところで、姫さんは俺たち……『とまり木』の連中についてボスからどれだけ聞いてるの?」
「レオン直属の部下の方って事しか……それと、普段はカフェの店員さんやってるって」
「店の手伝いはあくまで任意なんだけどね。料理のおこぼれにあずかれるから、皆喜んでやってるんだよ」
セドリックさんのご飯美味しいもんなぁ……またお店の方にも食べに行きたいな。ルーイ様のことも気になるし、家に帰ったら様子を見に行っちゃおうかな。
「軍に籍を置いてはいますが、その指揮系統からは完全に独立しております。私達はレオン殿下の私兵のようなものなんです。よって、我々を動かすことが出来るのは殿下のみ……」
「そんな俺たちには『とまり木』にあやかって鳥の名が与えられているんだ。例えば……」
おふたりはおもむろに左手の手袋を外した。露わになった生身の手を、揃って私の目の前に差し出す。その手の薬指には金色の指輪が嵌っていた。よく見ると、指輪には文字が刻まれている。
「イーグレット……と、レイブン……?」
指輪に刻まれたその名を口に出した瞬間……彼らは姿勢を正し、私の顔を真っ直ぐに見つめた。
「ボスが飼ってるエリスって鳥がいるんだけど、そいつの足には金色の輪っかが嵌められてる。それは飼い主がいるって事の証明……所有の証。俺らの指輪も似たようものだ」
「改めて申し上げます。国軍特殊部隊『とまり木』……レオン殿下より『白鷺』の名を賜りました。レナード・クラヴェルです」
「……同じく『鴉』、ルイス・クラヴェル」
「我ら兄弟……クレハ様の盾となり、そして刃として身命を賭して与えられた任を全うする事をここに誓います」
「つまり、姫さんをイジめる人間がいたら容赦なくボコりますってことで……どうぞよしなに」
おふたり共笑ってる……とても良い笑顔です。言ってることは物騒なのに。それにしても、レオンの側近を2人も私に回してしまって良いのだろうか。王太子の婚約者だからこれくらい普通なのかな……分からないや。
「こっ、こちらこそよろしくお願いしま……」
「あーー!! 抜け駆けズルい!!!!」
中庭に響き渡る大きな声。驚いて振り返ると、レナードさんとルイスさんと同じ隊服に身を包んだ女性が立っていた。女性は眉をこれでもかと歪めて怒っているようだ。
私はこの人を知っている。『とまり木』でお会いしたことがある。もしかして――――
「いきなりデカい声だすな、ミシェル」
ルイスさんは両手で自身の耳を塞ぎながら、女性に文句を言った。やっぱり……この方がミシェルさんだ。