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(笑顔は私の大切なものだ) うまく笑えなくても、練習すればいつかきっと笑えるようになると思っていた。もこにもらった鏡で、毎日練習していた。笑えた日は少しだけ嬉しかった。それだけが、ひよりの小さな希望だった。
「ひより。」
もこが口を開いた。朝の光の中で、青い光とともに小さなものを生み出した。
銃だった。
「これ、なに?」
「昨日外歩いてた人が持ってたから作ってみたんだ。」
ひよりは黙った。前のナイフと同じだと思った。
「もこ、これ危ないよ。」
「え、そうなの?」
もこは首を傾げた。本当に知らないようだった。
ひよりは銃をそっと手に取った。冷たかった。重かった。ナイフと同じだった。
「ねぇ、ひより。一つ教えてあげようか。」
「何を。」
「妖精の世界にはね、一つだけ願いが叶う方法があるんだ。」
「願いが叶う?」
「うん。大切なものを一つ捨てると、一つだけ願いが叶うんだ。」
ひよりは少し黙った。
「…本当に?」
「本当だよ。妖精の世界では当たり前のことだよ。」
ひよりは鏡を見た。笑顔の練習に使っていた鏡。もこにもらった鏡。
「大切なものって、なんでもいいの?」
「なんでもいいよ。本当に大切なものじゃないとだめだけど。」
ひよりは少し考えた。自分にとって本当に大切なもの。ピアノ。もこ。そして——笑顔。
「笑顔を捨てたら、願いが叶う?」
もこは少し驚いたような顔をした。
「…うん。叶うよ。」
「じゃあ、いじめがなくなるように願う。」
もこは何も言わなかった。ひよりは鏡をそっと取り出した。自分の顔を見た。笑ってみた。
ちゃんと笑えた。最後に一回だけ。
それから鏡の中のひよりの笑顔が、すうっと消えた。鏡の中のひよりはもう笑っていなかった。ひよりは口の端を上げようとした。動かなかった。
笑顔がなくなった。
ひよりは鏡をそっと引き出しにしまった。もう使わない。
「もこ、今日は連れて行かないから。お留守番してて。」
「え?なんで?」
「…いいから。」
ひよりは銃をランドセルの中にそっと入れた。ナイフも入れた。
「いってきます。」
返事を聞かずにドアを閉めた。
外に出ると風が冷たかった。ひよりは立ち止まって、笑おうとした。やっぱり笑えなかった。
(そっか。もうできないんだ。)
不思議と悲しくなかった。ただ、足が自然に動いた。学校へ向かって。ランドセルの中が重かった。
校門が見えた。いつもなら足が重くなる。でも今日は違った。
ランドセルの中に手を当てた。冷たくて重いものが入っていた。
(大丈夫。)
ひよりは歩き続けた。
学校はいつも通りだった。
授業中、背中を蹴られた。振り返らなかった。給食の時間、ひよりのコップを誰かが倒した。笑い声がした。先生は気づかなかった。
昼休み。ひよりが花壇のうらへ向かおうとすると、みおが来た。
「ちょっと来て。」
みおはひよりの腕をつかんで校舎裏へ引っ張った。誰もいなかった。
「ねぇ、なんで生きてんの。」
みおは笑っていた。ひよりは何も言わなかった。
「返事しなよ。気持ち悪い。」
髪を引っ張られた。壁に押し付けられた。頬を叩かれた。ひよりは声も出なかった。
(何も変わらない。)
笑顔を捨てた。願いを込めた。それでも何も変わらない。
(何も。何も。何も。)
ひよりはランドセルに手を伸ばした。
みおはまだ笑っていた。
ゆうゆうとみおは背を向けた。
ひよりは思わず銃口を向けた。泣きながら。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁ」
みおは振り向いた。少し笑いながら。
バン、バン、バン、バン、バン、バン。
六回撃った。四発外れた。
「うぅう…」
ひよりは一歩ずつ倒れたみおに近づいた。
みおは泣きながら呟いた。
「…お母さん…」
みおにまたがった。まだ生きている。
ランドセルからナイフを出した。
グサッ グサッ …
十二回首を刺した。
最後までみおは涙を流していた。
(何も変わらなかった。)
校舎裏は静かだった。
ひよりはランドセルを背負った。返り血がついていた。服も、手も、顔も。
でも関係なかった。
校門を出た。まだ授業中だった。誰もいない道を歩いた。風が冷たかった。
(何も変わらなかった。笑顔を捨てても。願いを込めても。)
家に着いた。ドアを開けた。
「ただいま。」
誰も返事をしなかった。
部屋に上がった。もこがひよりを見た。
「ひより、その血——」
「何も変わってないじゃない。」
ひよりの声は静かだった。でも今まで聞いたことのない声だった。
「ひより、僕は——」
「何も変わってないじゃない。」
もう一度言った。もこは黙った。
「笑顔を捨てた。願いを込めた。それでも何も変わってないじゃない。」
ひよりは引き出しを開けた。ビニール袋を取り出した。
「ひより?」
もこの声が震えた。
「ひより、やめて——」
もこをビニール袋に入れた。口を縛った。
「ごめんね、もこ。」
踏んだ。何回も。
「ひよりどうしたの?」
母がつぶやきながら階段を上がってきた。
「お母さん…」
銃は一発残っている。
ひよりは口のなかに銃をねじこんだ。
(何も変わらなかった。)
引き金を引いた。
コメント
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4月10日 「ひよりは一歩ずつ倒れたみおに近づいた。 みおは泣きながら呟いた。 「...ごめんなさい...」 みおにまたがった。まだ生きている。」 から 「ひよりは一歩ずつ倒れたみおに近づいた。 みおは泣きながら呟いた。 「...お母さん...」 みおにまたがった。まだ生きている。」に変更しました。