他国からの来賓が来る事が決まってから15日間。エルトフェリアでは通常営業に加えて内部の工事が急ピッチで行われた。
隣室の壁が壊され大きな1つの部屋となり、王族の来訪にふさわしい装飾が施された。
「飾ってから改めて思ったけど、アリエッタちゃん凄すぎない?」
「当然だし。美幼女が凄くないわけないし」
「ノエラさんが考えたって事で、乗り切るしかないですね」
「えっ、私には荷が重いですわ……」
ネフテリア、クリム、ノエラの代表メンバーに加え、オスルェンシスとナーサが出来上がった部屋を眺めて唖然としている。
アリエッタに『他国の王妃様達が来るから豪華な部屋を描いてほしい』と、改装の工事中に王城や高級レストランに連れて行ったりして2日かけてなんとか説明し、さらに2日かけて豪華な食卓の資料絵が数枚出来上がった。
その中から一番良いと思ったデザインを採用し、ノエラや大工と相談して猛スピードで形にしていったのである。
「わたくしん城の食卓より遥かに豪華なんだけど」
「流石はフラウリージェ店長様」
「やめてくださいまし!」
レースのカーテン。豪華な彩のカーペット。刺繍とレースがふんだんに使われたテーブルクロス。それだけでなく、ファナリアでは見たことのない小さいながらも豪華なシャンデリア。と思ったら、天井に植物の模様が描かれている。
実はどうやって天井に、しかも誰が絵を描くのかと、必死にアリエッタに聞いてみたところ、絵を描いた紙をペタリと壁に貼って実演された。その後すぐに、大きな薄布に絵を描いてと頼み込んだのである。
布ならば、ルイルイ達アイゼレイル人がいくらでも大きく作れるので、描いてもらって天井に縫い付ければ完成である。
「いやまさか、絵を天井に貼るなんて、思いつきもしなかったですからね」
「アリエッタちゃんへの報酬が怖いけど、今はありがたく使わせてもらいましょ」
こうして予定通りにエルトフェリアの準備は整った。
(ふっふっふ、準備完了)
家のリビングでほくそ笑むアリエッタ。その手には複数のバッジが乗っている。
それなりに単語が理解出来るようになってきた所に、先日のネフテリアのお願いをたっぷり聞いたお陰で、人が言っている内容がそれなりに分かるようになってきていた。
(もうこれまでの僕じゃない。いっぱい役に立って、可愛くなって、ミューゼに沢山褒めてもらうんだ!)
たしかにこれまでとは違い、行動原理が可愛い方向に向かっている。本人はそこに違和感を感じる事なく、手にしたバッジを握りしめ、トロンとした笑顔になっていた。
その様子を見て、ミューゼとパフィが真面目な顔でコソコソと話し合っている。
「なんかアリエッタの顔見てたらムラムラするのよ」
「うん、あんな顔は男に見せられないよね」
「辛抱たまらんのよ」
「あたしも。お風呂で甘やかしてあげなきゃ」
「2人で挟んでやるのよ」
「了解」
この後すぐに捕獲されたアリエッタは、いつも以上に茹で上がった状態でお風呂から運び出された。運んだのはもちろんミューゼ。パフィは1人風呂場に残され、とても幸せそうな笑顔でグッタリしながら、浴槽に真っ赤な水を溜めていた。
次の日、エルトフェリア前に厳重な警戒態勢が敷かれ、住民が何事かと集まる中、大型の魔導機が複数到着した。
「これがエルトフェリアですか……」
「お城を小さくした感じか?」
「……とも言えなくはないですけど」
人々が見守る中、敷地内の広い芝生に停まった魔動機から、豪華ながらも動きやすさを重視したドレスやティアラなどを身にまとった、明らかに高い身分であろう人物達が姿を現した。
まずは王妃フレア。そしてエルトフェリアには初めて訪れる宰相と兵士長。
他の魔動機からは、大人の女性が3人、アリエッタやミューゼくらいの女の子が3人と男の子が2人。そしてその後ろに控える壮年の男性、メイド、執事といった人物が1人ずつ。さらに周囲には護衛の兵士らしき者達が数名。兵士の鎧は3種類あり、それぞれ国が違う事を示してる。
「さ、皆様。まずはこちらへどうぞ」
何度も訪れているフレアにとって、エルトフェリアの案内はお手の物。流れるようにフラウリージェへと全員を誘導していった。
フラウリージェは本日貸し切りである。10日以上前からニーニル在住の護衛達が総動員で告知していたので、誰もフラウリージェの入口には近づかない。
他国の密偵達も、今は訪問中の主をそれぞれ護衛中となっている。
なお、ヴィーアンドクリームは厳重な警備体制が敷かれているが、通常営業中。
「ここがフラウリージェでございます」
『おお~』
女性陣が感嘆の声を上げた。王子2人はどちらかというと、人が入っていくヴィーアンドクリームに興味が向いているが。
「ほ、本当に1着オーダーメイドできるんですか?」
「はい」
「気に入ったのがあれば……」
「全ては無理なので、各国10セットまでなら、との事です」
『キャー!』
大騒ぎの王女達を眺め、フレアはフラウリージェの扉を開けた。
「……あの王子2人は災難かもね」
「女の買い物に付き合わされる男のシチュエーションですね。あの若さでそれを体験するとは」
「おつきの宰相と執事もかわいそうな目で見てるよ」
上の窓から見ているネフテリアとオスルェンシスが合掌。
ネフテリアには訪問者の情報が入っていたので、案内の計画を前もって立てる事が出来ていた。前日からエインデル城に滞在している王族とその従者の名簿が、フレアから送られてきていたのである。
今回やってきたのは、サンクエット帝国からは王妃、王子、宰相。ユオーラ国からは王妃、王女、王女、メイド長。ミデア王国からは王妃、王子、王女、執事。そして各護衛の兵士達。先日までアリエッタとニオとフラウリージェ店員達が堕としきった密偵達の、母国からの使者だった。
王妃達と王女達は、フラウリージェに行けるとあって、全身全霊で立候補したのだが、王子側は付き添いである。父親からは「これも社会勉強だ、頑張ってこい」と、涙ながらの励ましをもらっていた。
「さて、あの様子だと相当時間かかるし、わたくしから挨拶に行った方がいいわね」
「王子達を助けないんですか?」
「……目が死んでたら助けるよ。どっちかというと、ニオが心配だから」
「あの子も賢いですけど、そのせいで委縮しそうですからね」
という訳で、フラウリージェの裏口へとやってきたネフテリア。オスルェンシスもいるが、護衛というよりはナーサへの連絡係である。
ネフテリアは相変わらず雲が漂う帽子を被っているが、これはノエラによって被っておくようにと強く勧められた今回の正装。ノエラの強引さに首を傾げるネフテリアだったが、その熱意に押されて大人しく従っていた。
「失礼します」
ドアを開け、中へ入ると、そこには……
「キャーかわいいー!」
「次これ! これ着てこれ!」
「あわわわ……」
「ごめんなさいごめんなさいっ」
「あっ、テリア! たすけろー!」
王妃達に囲まれ着せ替え人形にされている、アリエッタとニオ、そしてピアーニャの姿があった。
「なんでっ!?」
ネフテリアはうっかり絶叫していた。しかも、それだけではない。
「えっ、アリエッタちゃんの……耳? ピアーニャ?」
なんとアリエッタの頭に、丸い耳がついている。よく見るとニオとピアーニャにも。それはまるで小動物のような可愛らしい耳。
これまでアリエッタが描いた服にもそういう耳のアクセサリーはあったが、今回はどう見ても本物にしか見えない。撫でられる度にピクピクしている。
なんでアリエッタとピアーニャがいるのかという疑問は、その獣耳の存在によって吹き飛ばされていた。
「ちょっとお母様!」
「はっ、ついピアーニャちゃんの可愛さに我を忘れて」
「おいこら」
「え~……皆様、静粛にお願いします!」
あふれ出た興奮をなんとか自分の中に押し込んだフレアの一声で、一旦店内は沈静化。影から出てきたオスルェンシスが、獣の耳と尻尾をつけた少女3人を保護していた。
「お楽しみのところ申し訳ございません。一旦この子達は預かりますね」
このまま強引に自己紹介を始めるネフテリアにこの場を任せ、オスルェンシスはそそくさと3人を連れて廊下へと避難した。王子2人の熱い視線を感じながら。
廊下に出た所で事情聴取を始める。
「あのー、何故ここにピアーニャ総長が?」
「わち、アリエッタのミハリによばれたのだが……」
実はネフテリアとパフィによって、アリエッタを家に留めておく役割を請け負っていた。
「えっと……ニオはまぁ手伝いですよね」
「はい」
ニオは元々働いているので、本来は何の問題も無い。頭の耳以外は。
「アリエッタちゃん?」
「はいっ!」
「うんうん、今日も元気良いねー。なんでここに、いるのかな?」
アリエッタにも分かるように、ゆっくりと質問をすると、
「あたし、てつだう。ニオ、ともだち。ガンバル、ミューゼ、わー」
謎めいた身振り手振りと継ぎはぎの単語だが、少し考えればなんとなく言っている事は分かる。その事にありがたみを感じつつも、オスルェンシスはミューゼとパフィに対して疑問を抱いた。
「えっと、パフィさんが総長を呼んで、ミューゼさんが手伝うように指示した?んですかね?」
「わーってなんだ……」
「今日は他国の王族が……」
「そのセツメイはしたのか?」
「してる……はずなんですが」
今理解出来る事情はこれくらいという事で、オスルェンシスは改めて今最も気になっている事を聞いた。
「その耳と尻尾? 何ですか?」
「こっちはコルアットで、ソイツのはノシュワールだな」
「ピアーニャ総長ちゃんのはラーチェルです」
ピアーニャはウサギっぽい生き物の耳と尻尾。
ニオはネコっぽい生き物の耳と尻尾。
アリエッタはリスっぽい生き物の耳と尻尾。
アクセサリーとして着けているのではなく、最初から存在するかのように生やしていた。
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