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オスルェンシスが廊下で頭を抱えながら身もだえている頃、フラウリージェの店内では静かに激震が走っていた。
『………………』
ネフテリアの挨拶によって、他国の王族と関係者が全員黙り込んでしまったのだ。その空気に飲まれ、世話をしていたフラウリージェ店員も声を出せずに震えている。
そんな音を出す事すら憚られる中、店の端ではノエラが顔を青くして覚悟を決めていた。
(今日、私は死ぬかもしれませんわ。ルイルイ、遺書は遺しておきましたので、後は頼みましたわ。あとナーサさん、貴女だけはどんな手を使ってでも道連れにいたしますわ)
ここしばらくは、オスルェンシスとナーサによる必死の指示で、ネフテリアは雲が漂う帽子を被っていた。ハウドラント人の護衛を近くに配置して。
しかし、流石に同じ王族に挨拶するのに、室内で変な帽子を被ったままなのは失礼だという事で、脱帽して自己紹介をしたのだ。その瞬間、店内が凍り付いたのである。
「あ、あれ? 皆様、あの、どうかなさいましたか?」
その反応を不審に思ったネフテリアは、帽子を近くの台に置きつつ、何かをしでかしてしまったかと恐る恐る聞いてみた。
『んぐぷ』
『っ!』
何やら吹き出しかけた子供達の口を、近くにいた王妃やお付きの者が慌てて塞いだ。
その行為の意味が分からないネフテリアだけが、首を傾げている。
「えっと……」
『あははなんでもございませんなんでもございません! お気遣いなく!』
「はぁ……」
王妃達は揃って近くにいた宰相の男を睨みつけた。3倍の圧にビクッとしながらもその意図を理解した宰相は、平静を装いながらネフテリアに近づき、深々と挨拶をする。
「申し訳ございません。皆様舞い上がっておりまして、このような素晴らしい店のオーナーであり王女様であらせられるネフテリア様がおいでくださった事に、動揺しているのでございます」
「そ、そう?」
咄嗟に誉め言葉を絞り出す宰相。ネフテリアの目を見ているが、必死に何かを意識しているせいか、ちょっと顔が怖くなっている。
その後ろでは、一旦深呼吸をして気分を落ち着けた王族達が、小声でフレアに質問していた。
「どういう事ですの! フレア様!」
「申し訳ございません、分かりませんっ!」
「っ……そんな、それでは何故……」
「なんで……なんでネフテリア様の頭に花が生えてるんですかっ」
笑いをこらえている娘の口を塞いでいるユオーラ国王妃が、たまらずその事を口にした。今はメイドと執事を含めた5人の大人達が、5人の子供の口を塞いで「笑わないように」と真剣に諭している。一応外交の使者という立場なので、下手なことは出来ないのだ。
ユオーラ国王妃の言う通り、ネフテリアの頭には一凛のコミカルな花が咲いている。しかも時々ウゴウゴと動いているのだ。
「いえ、アレの事は、わたくしも初めて知りました。ノエラ?」
名前を呼ばれたノエラは、泣きそうな顔でフルフルと首を横に振った。
(どういう反応ですかそれは。少なくとも悪意は無さそうですが。そうなると、花が生えた事か、帽子を取った事のどちらかが不慮の事故という事? テリアが知ってたら絶対に隠す筈。という事はまさか……)
ある程度可能性を考えたフレアは、フゥと息を吐き、今やるべき事に目を向けた。
「とりあえず皆様。アレに関してはこちらで調査しておきます。各々裏で調べていただいても問題ありません。食事の準備も進めていますので、今は忘れて服を選びましょう」
王妃達が全員コクリと頷いた。フレアの動じない姿勢を見て、各国の王女達がときめき、王子達は絶対に勝てないと確信し、執事とメイドは神々しい物を見るかのように目を細めていた。
そして服選びを再開。時々宰相の方を見ると、この後の予定を聞きながらも頭の花の事をそれとなく聞き出そうとしていた。しかし、頭を実際に触ろうとしたり、鏡で見たりすると、頭の花は消えてしまう。
(つまり、テリアはあの花を知る事を出来ないのね)
それでは報告に上げる事も出来ない。オスルェンシスとナーサからも報告が無かったのは気になるが、どういう訳かピアーニャに止められていたのだろうと、フレアは考えた。
「って、そういえばピアーニャ先生は?」
先程の可愛らしい姿の事も気になったので、裏口のドアから廊下に出てみると、そこには困り果てているオスルェンシスの前で、ピアーニャを挟んでお互いを見つめ合うアリエッタとニオがいた。耳と尻尾は生えたままで。
(えっ、なにこの可愛い空間!)
「! ちょうどいい! たすけてくれフレア!」
「っ!」
ピアーニャがフレアに助けを求めたが、同時にニオが駆け出して、フレアの脚に抱き着いた。そしてアリエッタから見えないように身を隠す。
「あっ、ちがうオマエじゃない!」
「ピアーニャ、だいじょうぶ。かわいい」
「いやああ! ちょっとフレアああああ!」
ピアーニャの叫びを無視し、ピッタリくっついてしまったニオを見て、フレアは考えた。
(本当にアリエッタちゃんを怖がってるわね。なんでかしら? いやそれよりも……さっきも思ったけど、アリエッタちゃんに負けないくらい可愛いわね)
三角の形をしたコルアットの耳がピクピク動き、長い尻尾がピーンと立っている。そして綺麗な長い水色の髪、プニプニしている整った顔立ち、大きくて綺麗な涙目。それがフレアの庇護欲に直撃していた。
それと同時に不安も感じていた。
(こんな逸材、ディランに見せたら確実に暴走する。アリエッタちゃんとピアーニャ先生も異常なまでに可愛いし、わたくしも本気にならざるを得ないかしらね)
とか考えながら、フレアは3人をフラウリージェに連れ込んでいた。
「え? おい、なんで?」
「あ、申し訳ございません。わたくしだけ手持無沙汰なので、この後の食事会に向けて3人の着付けをしようかと」
「せんでいいっ!」
王族達の食事会に、急遽アリエッタ達の参加が決定。色々諦めたオスルェンシスが、この事をミューゼやナーサに伝えに行くのだった。
「なんという愛らしさでしょう」
「わたし王女で美貌にはそれなりに自信あったのに、それが完全に崩れましたわ……」
「勝てない……勝てないっ……」
本気で悔しそうにする王女達。それほどまでに着飾られたアリエッタとニオの幼い美は別格だった。2人ともメイクをしていないというのに。
他の大人達に囲まれて安心してるのか、少しだけ慣れたのか、今は並んでいてもアリエッタを怖がるそぶりを見せないニオ。
(なんでうち、王女様に囲まれてるの)
どうやら別の緊張のお陰だったようだ。
そんなニオを離れた場所からぽーっと見つめるサンクエット帝国の王子。その隣には、真っ赤な顔でアリエッタを見つめ続けるミデア王国の王子がいる。
「ほほーう」
「オマエ、そのメをやめろ……」
宰相が頭の花の情報収集を諦めた事で解放されたネフテリアが、部屋の奥からピアーニャをニヤニヤ見つめていた。
アリエッタ、ニオ、ピアーニャが着せられたのは、それぞれ黒、桃、青のワンピース。アリエッタが『やっぱゴスロリだなー。甘ロリもいいよねー、絶対ピアーニャに着せてあげたい』と思いながら描いたデザインである。
どうせこの後一緒に食事する事になったのだから、自分達と同じように王族っぽくしてみようという事で、店の中にあるドレスっぽい服が選ばれたのだった。
「それにしても、この尻尾どうなってるんでしょうね?」
「触れるのに服はすり抜けるなんて」
なぜか尻尾穴というものを空ける事なく、尻尾は服の上に飛び出している。全員不思議がっているが、アリエッタは得意気である。
まだまだ終わらない女性陣の買い物だが、男性陣の興味は完全にアリエッタとニオに集中していて、一切の苦痛を感じていない。
「アリエッタちゃん。着せ替えされてたけど大丈夫?」
「だいじょう…ぶ……? テリア?」
名前を呼ばれたアリエッタがネフテリアに返事をしている途中で、頭の花に気が付いた。
ほえーと口を開けて固まっているが、頭の丸い耳が片方だけピクピクと動く。
「えっ、死ぬほどかわいい……」
周囲が全員同意するが、アリエッタはそれどころではない。
「テリア、おはな?」(なんで頭に花咲いてんの?)
「おはな? 欲しいの?」
おはなと言っている意味が分からず、聞き返してしまう。同時に頭の花が首を傾げるかのように曲がった。
『ぶふっ!』
王子2人と王女1人が噴き出した。
そして親である王妃達が無言で外へと引っ張っていった。
スパパパンッ
『ひぎぃ!』
何かを叩いた音と声が聞こえた後、出ていった者達は何事も無かったかのように店内に戻ってきた。
「何かございましたか?」
「いいえ、なんでもございませんわ。オホホ」
ネフテリアが聞いてみたが、何もないと笑顔で返された。フレアはなんだか申し訳なさそうな顔をしているが、関わるつもりはないようだ。
「ちょっと集合。申し訳ございませんフレア様、ネフテリア様。少しだけ内緒話をさせていただきますね」
「は、はぁ」
何故か王妃達、宰相、執事、メイドが円陣を組み、その内側でも王子王女が同じように円陣を組んだ。
そしてそのまま気合の緊急会議である。
「今わたくし達は試されていると考えた方がよろしいでしょう。これは外交です。遊びではございません」
「ええ、ええ。絶対にネフテリア様を見て笑ってはいけません」
「笑ったら即座に連れ出し、兵士(女)に叩いてもらいます。私達も含めて」
「えっ、母上もですか!?」
「当たり前です。笑うなど真剣さが足りない証拠。笑って申し訳ないという誠意を込めて、お尻を叩いていただきます」
「……本気だぞ。痛かった」
「ひっ」
「絶対に笑いませんっ」
話し合いがまとまり、王族にあるまじき行為は許されないと、全員が本気で気を引き締め直す。
「人を笑う者には死あるのみ。これが私達使者の戦いです! 絶対に生き残りましょう!」
『はいっ』
ネフテリアの頭に咲いた動く花は、まだ幼さの残る未来の王達へ、確かな覚悟を芽生えさせていた。
「お母様? なんだか楽しそうですね?」
「……そうね」(後で謝罪しなければ)
(あの人達、スポーツ選手か何かかな?)