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森は、いつも静かだった。
その静寂は恐れや死によるものではなく
まるで森そのものが
神聖なる存在の眠りを妨げぬよう
息を潜めているかのようであった。
その奥深く──
常の光も音も届かぬ地に
ミッシェリーナの一族は身を潜めていた。
彼女たちは、魔女の中の魔女。
すなわち、光の神を宿す〝血統〟である。
人の世に喩えるならば、帝の系譜。
神秘を統べる者の頂点に立ち
その存在は伝承の中でさえ崇められ
畏れられ
決して触れてはならぬ
〝秘された血〟とされた。
だが、その血はあまりにも〝強すぎた〟
不死鳥──
生命を司り
あらゆる奇跡を体現する神獣を
その身に宿す一族。
彼女たちの血は腐ることなく
いかなる毒も病も寄せつけぬ。
その滴は傷を癒し
老いを遠ざけると囁かれ
その涙は、結晶となって宝石に変わり
祈りに応じて願いすら叶えると恐れられた。
それゆえに──
彼女たちは、世界の欲望に晒されていた。
幾度となく、狩られた。
愛と偽りを装い近付く者
聖なる名の下に滅ぼさんとする者。
文明の影に蠢く貪欲が
その血と涙を求めて牙を剥くたび
ミッシェリーナの者たちは
より深く森へ
闇の奥へと身を隠していった。
そして、そんな一族の長に生まれた娘──
それが、アリアであった。
彼女の誕生は
定められた〝光〟の循環の一端でもあった。
光の神は、ただ一つの身体に宿る。
不死鳥は、永遠を生きるが
決して完全無欠ではない。
その力は、あまりにも眩しく
あまりにも絶対であるが故に──
闇を孕む。
どこまでも深い
呑み込まれるほどの影を。
その闇を拭い、光を澄ませるために
不死鳥には定めがあった。
五百年に一度〝討たれる〟という宿命を。
代々の不死鳥は、その宿命を拒まなかった。
自らが生き長らえれば
光はやがて堕ち
世界に災いを齎すことを
よく知っていたからである。
その時が来れば
他の魔女一族の〝転生者〟たちが目覚める。
それぞれの一族の長の魂を継ぎ
過去の記憶と能力を宿して
この世に再び現れる。
そして
彼らは必ず一堂に会し、不死鳥を討つ。
その儀は決して復讐や対立ではなく
循環のための
〝祝祭〟であり〝贄〟であった。
かつて、アリアの母──
先代の女皇帝もまた
その運命を受け入れた一人であった。
時を同じくして転生した魔女たちと共に
不死鳥の力を受け継いだ己が神を
その手で葬った。
不死鳥は、死をもって禊ぎを終え
焼け焦げた残骸の中から
輝く雛として再びこの世に産まれ出る。
儀が終わった夜。
静まり返った森に
命の響きが再び芽吹くように
女皇帝は
自らの胎内に新たな不死鳥を抱えた。
その中で、雛は蠢いていた。
命の根源が
胎の中でゆっくりと脈打ち、育ってゆく。
母の胎内でアリアの命と共に。
宿命の始まりと共に。
そして、その瞬間──
彼女の母は、不老不死ではなくなった。
宿命を継がせたことで
ただの一人の女として老い
やがて、朽ちることを許された。
それは祝福であり、解放であり
そして何よりも
次代への静かな〝祈り〟だった。
こうして、光の神を宿す新たな女皇帝が
この世に生を受けたのである。
名を──
アリア・ミッシェリーナ