テラーノベル
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「……変わりないか」あの夜会から1ヶ月してギルフォードがジョセフィーヌの家を訪問してきた。
「わざわざお越しいただけるとは……ありがとうございます。特に変化ございません」
ジョセフィーヌは深々と頭を下げる。
ギルフォードは腕を組みながら背もたれに寄りかかると、なんとなく目に入った。という様子でジョセフィーヌに視線を送る。
「…………」
「…………」
沈黙が続く中、ジョセフィーヌは口を開いた。
「あの……」座る許可を貰おう。
「まあ、いい。座れ」
ギルフォードはため息でもついたのでは?と勘違いしそうな位に気だるげにそう言い、座り直す。
「え?か……かしこまりました」
前回座るように指示はされなかったのでジョセフィーヌは驚いた。少し戸惑いながら席につく。
「…………さ、最近は何をしているのか」
「最近でございますか……?あの……」
ジョセフィーヌは質問の意図がわからず、少し訝しげな顔をした。どういうつもりで質問しているのか、正しい答えはなんなのか。編み物だ、とでも答えておこうか?
「勘違いしないでもらいたいがあくまで会話の糸口を見つけるためであって個人的に君に興味があるわけではない」
(え!ひどい!わかっているけれど、直接言われてなんだかとても傷つきました!)
ジョセフィーヌはムカついたので思いっきり嘘をついた。ニッコリ笑って姿勢を整える。
「最近はコバエを大量発生させることにハマっておりますね」
「……なんだと?」
「コバエです。夏なので」
「…………」
「熟れた果実を密封容器に入れておくと……どこからともなくコバエが湧き出てくるのでございます。誰しもみな、コバエを自分の中に飼っているのかもしれませんね。たまに身体がムズムズすることがありますでしょう?」
ジョセフィーヌはニッコリ笑う。
「ほ……他には?」
「ここ最近は専らコバエに夢中でして……申し訳ございませんが他に目を向けられない実状でございます」
ギルフォードの戸惑ったような顔を見て、ジョセフィーヌの胸はスカッとした。彼の中で自分はおかしな女性になってしまったけれど、別にこの先人生を共にするわけではないのだ。どう思われてもいい。
(私……殿下の他に婚約者候補はいらっしゃるのかしら?公爵家の跡継ぎだもの。選ばなければいるわよね)
「……花だとか、化粧品だとか……」
「コバエが湧きます?お花なら湧き出てきそうな気がしますね。お花には少し興味がわいてきました」
「…………そ、そう言えば体調はどうなんだ?」
「最近あまり優れはしません……体調は最悪でございます。ああ、まためまいが」
————————————————
「もうお願い!ギルを解放してあげて!」
私は力の限り叫んだ。
涙で前が見えない。
ギルの心を思うと涙が止まらない————
ジョセフィーヌ様はツンとした様子で私を見下ろすと「元庶民の男爵令嬢が生意気ね」と口元を引き上げました。ギルがギュッと私の手を握る。
————力が湧いてくる。
「それがなんなんですか?人間は……みんな元々同じ存在なはずだわ!そこに優劣などないはずよ!」
————————————————
「いつから悪役になっちゃったのかしら……」
ジョセフィーヌはため息をつく。
ミラが心配そうにこちらを見ていて——なんだか申し訳ない気分になった。
ジョセフィーヌはギルフォードから贈られてきた嫌がらせの苦いお茶を一口だけ飲んで遠くに追いやる。
「なんでこんな苦いお茶を飲ませようとするのかしら……毒でも入ってる?」
「毒味はしておりますので大丈夫だと思いますが……婚約者に贈るものとは正直思えませんよね」ミラが心底悲しそうな顔をする。
「やっぱりそう思う?人生経験豊富なあなたが言うなら間違いないわね」ジョセフィーヌは再びお茶に口をつけるけれど……やはり苦い。
こうして小刻みな嫌がらせでジョセフィーヌの心を削る戦略だろうか?
(でも平気よ。飲まなければいいのだからね!殿下はおバカさん♡)
——————————————————
「体調はどうだ?」
「うふふ、最近とんと良いです」ジョセフィーヌは小首を傾げて笑う。
苦いお茶の効力を確認しに来たに違いない。
あれから一週間しか経っていないのだ。
ジョセフィーヌは効いてないアピールをした。
「……ふん、そうか」
ギルフォードはそれだけ言うと立ち上がる。
「あの……」
「演習の途中……通り道だったから寄っただけだからな。別にお前に会いにきたわけではない。喉が渇いたから寄ったのだ。失礼する」
設楽理沙
1,530
(給水所?)
「かしこまりました……」
ジョセフィーヌはぽかんとしてしまった。
なんだったのだろうか……本当にジョセフィーヌの状態を確認し、水分補給をしただけのような……
「なんでかしら!なぜまだこのお茶を贈ってくるの!?しかも前より大量に……!」
ジョセフィーヌは再び贈られてきたお茶にぐにゃりと顔を歪ませ、頭を抱えた。あんなに元気アピールをしたのに!
「お嬢様……大変申し上げにくいのですが、効果がないから量を増やしたように……」
ミラが言いづらそうに言った言葉にジョセフィーヌは戦慄した。
(確かに……量を増やすのはそうとしか思えない!)
ギルフォードはジョセフィーヌを確実に仕留めようとしている……(前回余計なことをしたから……?かなり気分を概しているのかもしれないわ。でもでも!熱中症対策をしなければそれはそれでいけなかったのでは!?ああああ)
ジョセフィーヌは思う。
結婚前に必ず必ず……円満に婚約を解消しなければ、と!
(今まで余裕がありすぎたわ。嫌な気持ちにさせてやろうだとか……そんなこと言っている場合ではないのよね。死んでは元も子もないもの)
ジョセフィーヌは再び王宮で開かれた夜会に参加するため乗り込んだ馬車に揺られながら誓う。あれからギルフォードは毎日のようにやってきては水分補給のみをして帰る、を繰り返していた。
ジョセフィーヌは弱ったふりをしたり、体調不良で会えないふりをしたりしてみたが……どちらにしてもお茶の量は増えていく一方だったので普通にすることにした。
飲まなければいいのだ。なんだかんだ律儀に口をつけ続けていたが、最近逆に体調が良いくらいなのだ。
ジョセフィーヌは車内の窓枠に肘を当て、頬杖をつく。
(……結婚まであと半年。やはり私は悪女になるしかないのかしら)
ジョセフィーヌは想いを巡らせる。
どうしたら処刑されずに——円満に婚約解消できるのだろうか。
「……あ……」
ジョセフィーヌは王宮に到着し、腕を組んで不機嫌そうに立つギルフォードを見て思わず感謝の声を上げそうになったのでそれを飲み込む。
(悪女……!悪女になーれ!ジョセフィーヌ!)
ジョセフィーヌは小説を思い出していた。
彼女なら「公爵家まで迎えにはいらっしゃらないのですね?さすが殿下でございます」と嫌味を言うはずだ。
(私なら出来る……だって私がジョセフィーヌなのだから!)
「こ……」
ジョセフィーヌは意を決して口を開く。
口汚く罵るのだ!
「なんだ?なにか言いたいことでも?」
ギルフォードは片眉を上げて不服そうにジョセフィーヌを見る。目に入れたくないものが視界に入った時、人はこういう顔をするだろう。
「公爵家には迎えに来られないんですか?で……殿下」
ジョセフィーヌは少し声を震わせながらギルフォードをじっと見つめた。…………怖い!
戦場で生き残り、ガタイのいい男性が片眉を上げて自分を見つめる状況は怖すぎる!おまけに彼は自分を良く思っていない————
「…………」
ギルフォードは無言でじっとジョセフィーヌを見つめている。怖すぎぃ!
「次回からは迎えに来て欲しいものでございますわ……私、一応婚約者ですのよ?モゴモゴ」
ジョセフィーヌは目をそらしながらそう言うと俯いた。もうギルフォードが怖くて見ていられない!
(こ……怖い!怖い!怖すぎる!)
でも悪女っぽくはあったかもしれない!
特に最後はいい感じだ!
ちょっとモゴモゴしてしまったけれど……
ジョセフィーヌの悪女作戦が項を制したのか、ギルフォードが彼女の腰を抱く。以前のことは覚えていないけれど、最近では初めてだ。
「……わかった」
ギルフォードは前を向いたままなんの感情もなさそうな声でそう言った。
(ああ……悪女の私に仕方がなく従っているわ!小説通り……!でも小説のままでいいの!?どうしたらいいの?)
ジョセフィーヌが複雑な気分でいると、向かい側からアイリスが歩いてくるのが見えた。
(こ……これはまずい!)
ジョセフィーヌはヒラリとギルフォードの手から抜け出す。
アイリスを傷つけるのはまずい。
彼女はこの世界の主人公だ。
(結局彼女を傷つけなければいい気がする……でも殿下相手に今の態度は失礼じゃないかしら……?)
ジョセフィーヌはそのまましゃがみ込むと床に落ちた紙くずを拾い、近くの使用人に預ける。なんと自然なことか!
(天才……天才すぎる!紙くずさんもそこに落ちててくれてありがとう!)
「ギル!」
「……ああ」
アイリスの屈託ない声が聞こえてジョセフィーヌは顔を上げた。ギルフォードは先ほどのジョセフィーヌの癇癪のせいか少しぎこちない様子でアイリスを見ている。
(それはそうだわ!おまけに婚約者の私がここにいては……アイリス様に興味がない風を装わなければいけないわよね!ど……どうすれば……)
ジョセフィーヌは必死に小説を思い出す。
こんな時、ジョセフィーヌならどうするのか?
————————————————————
「気分が悪くなったわ」
ジョセフィーヌ様は顔を歪ませる。
きっと男爵令嬢の私が目の前にいるからだろう。
でもそれがなに?身分なんてただ人間が決めたものだわ。
彼女は私が何も言わず凛と見つめ返すと、扇子を広げその場を去る。
「ギル……追いかけなくていいの?」
「……少し機嫌が悪いだけだろ。そっとしておいた方がいい」
ギルの諦めたような……疲れ切ったような顔を見て、その時私は決意したんだ。
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「すみません、ちょっと気分が悪くなったので失礼します」ジョセフィーヌは扇子を広げると、そう言ってその場を去ることにした。
「私のせいかな……?」
背中越しにしょんぼりとした小さな声が聞こえたけれど……きっとギルフォードがフォローしてくれるだろう。
(罪悪感……!罪悪感が!違うの!むしろ邪魔者は私なのよ……!ごめんなさいアイリス様!)
ジョセフィーヌはそそくさと人の波をぬっていくと、人混みに紛れ込む。そしてドリンクコーナーにニョロっと入り込み、フルーツジュースを手に入れた。
「美味しいわぁ♡」
ジョセフィーヌは罪悪感などすっかり忘れ……美味しくジュースを飲んだのであった。
コメント
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いやー、第5話も最高でした!ギルフォードとの会話でのコバエ話、まさかの切り返しで笑っちゃいましたw 悪女作戦を決意するけど怖がってモゴモゴしちゃうジョセフィーヌ、可愛すぎます。あと小説の自分を思い出して「私なら出来る…だって私がジョセフィーヌなのだから!」って自己暗示かけるとことか、ツボです。最後に罪悪感忘れてジュース楽しむのも彼女らしくて好き。次回も楽しみにしてます!