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校舎裏。西日が伸ばした影の中。
そこは、いつも“最後”の場所だった。
──スマホに届いたメッセージ通り。
《放課後。場所はあそこ》
文末に絵文字も飾りもない、ただの通知。
それだけで、遥の身体は勝手に動いた。
逃げようとは、思わなかった。
逃げても、もっとひどくなる。それはもう、経験で知っていた。
何人いたか、最初はわからなかった。
だが、声でわかる。笑い方、靴音、話し出す順番。
「いたいた。従順で助かるわ」
「今日、当番オレらだったっけ?」
「でも昨日休んだんでしょ? そのぶん割増だよな」
もう、会話じゃない。
それは確認でも合図でもなく、“宣言”だ。
そう決まっている、と彼らは信じている。
そして遥も、もう抗う理由をなくしていた。
後ろから誰かが首元を掴み、壁へと押しつけた。
背中が打ちつけられる衝撃と、頭の奥で鳴る鈍い音。
「んで、どっちだったの? 家? それとも“オレら”?」
耳元で囁く声は、まるで友達のように軽い。
「ちゃんと順番守らないとさ、フェアじゃなくね?」
パン、と乾いた音。
平手ではない、拳だった。
腹に。
脇腹に。
腿に。
どこを狙っているわけでもない。ただ“打ちやすい場所”を選んでいるだけだ。
遥は呻いた。歯を食いしばった。
膝が折れた瞬間、頭を押さえられて地面に伏せさせられた。
制服の裾がめくられる。
足で押さえつけられ、頬が砂利に擦れた。
「昨日は……どっちだったんだよ?」
再び問われる。
遥は、答えなかった。
だが、答えないことも“悪”とされる。
「喋れって言ってんだろ、クズ」
「無視すんなよ。お前が話すとウケるんだって」
誰かが笑った。
「バカだけど喋れるじゃん」と。
それが今日の“テーマ”だった。
痛みは、すでに耐えるものではなかった。
熱い。冷たい。刺す。叩く。──その区別すら、もう曖昧だった。
なのに。
──日下部は、来なかった。
ある日の夜──。
「遅ぇぞ」
玄関を開けた瞬間、晃司の声が落ちてきた。
遥の足元に空の缶が転がる。
「倒れてた? へぇ、だったら倒れる前に連絡くらいしろよ」
晃司はソファに座りながらも、すでに“戦闘”に入っていた。
「……悪かったって言ってんだろ」
「は?」
低く、一言。
遥の髪が、鷲掴みにされる。
引きずられるようにして、居間のど真ん中に引き倒された。
「お前が学校サボったら、こっちに火が回ってくんだよ」
「言ったよな? “それだけはするな”って」
「……昨日、ちゃんと行った」
「でも今日は?」
晃司の目は笑っていなかった。
だが、口角だけは、楽しんでいるように歪んでいる。
「“連絡すら寄越さない”──ああ、なるほど。“見捨てられた感”ってやつ?」
「そっかそっか、じゃあ、その“かわいそう”って顔、今のうちにな」
ガンッ!
遥のこめかみが、床にぶつかる。
視界が一瞬にして白くなる。
そこへ父の足音。
酒の匂いとともに、ぶつかる怒気。
「おい、晃司! やるなら静かにやれ!」
「……チッ、だったら親父がやれよ」
「やってやるよ、クソが……!」
──殴打は、誰がしたのか、わからなかった。
身体が痛いのか、心が痛いのか、境界も滲んでいた。
「泣けよ。泣いたら終わらせてやるからよ」
「そう。泣けば、ね?」
晃司と父の声が交互に降りかかる。
でも、遥は泣かなかった。
泣いてしまえば、“本当に終わる”気がした。
声も出さず、ただ震えながら、“あのメッセージ”を思い出していた。
──《放課後。場所はあそこ》
日下部の声。
教室で囁かれた、「昨日、言おうかと思ったんだよね」の声。
“……まさか、あいつに言われると思わなかった”
けれど、言われる。いつか、きっと。
だから、やめられない。学校にも、家にも。
どこかで言われるぐらいなら、自分から潰れた方がマシだ──
それが遥の、唯一の「選択肢」だった。