テラーノベル
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「ちょっと待ってよ!」
綾乃は思わず声を上げていた。
この少女が、人あらざる何かであろうということはもうわかっている。最初に出会った時も、今も。誰も入れないような部屋に現れたり、気配もなく目の前に佇んでいたり。その上、カエシオニのあの力。人間であろうはずがない。だからそれはいい。
問題は。その対価を今徴収する、と言い出したこと。だって彼女は最初に自分にこう言ったのだ。
『そう。浮島冬香が貴女に対して行った悪行に対して、貴女が彼女に対して生ぬるい責めを行うか……もしくはぴったり等価の責め苦を負わせれば、何も問題はありません。貴女は後払いの対価を、一切払う必要がなくなります。問題は、彼女の悪行を裁くより遥かに過剰な責め苦を行ってしまった場合。貴女はその分の対価を、自らの魂で払わなければいけない。……この匙加減は、なかなか難しいものです』
『さて、その上で貴女に問います。魔法の力を受け取りますか?対価の徴収は、全ての復讐が終わったあとで結構。匙加減を間違えない限りは、貴女はタダでカエシオニの力を使い続けることができる……なかなか魅力的だとは思いますが?』
対価を徴収しに来るのは、全ての復讐が終わったあと。
そして、相手の悪行を裁くより過剰な責めを行わなければ、対価を払う必要がない、と。
「あたしにはまだまだこの力が必要よ!」
綾乃は必死で主張を続ける。
「いじめをやったクソどもと、裏切者にはちゃんと制裁を下したけど……まだまだ、あたしを虐げる奴らはこれからだって現れるはずだもの。この世の中は腐ってるわ。正しく認められるべき者を認めない、理解しようとしない奴らで溢れている。才能がある人間を平気で踏みつけるやつらを、逆に踏みつけてやるために……カエシオニの力があたしにはなくてはならないの!」
「復讐するべき、と貴女が最初に定めた三人はもう亡くなったのに、まだ必要だと?それに、まだ起きていないことへの“復讐”をお考えということですか?」
「その通り!それだけじゃないわ。あたしの正しい復讐を認めない奴らにも罰を下さないといけないの。それこそ……あたしがやったことは、殺人じゃなく正当な報復なのに、それを逮捕して、あまつさえ死刑にしようとするやつがいるかもしれないでしょ?」
この能力の証明ができない限り、自分を捕まえることなどできないとは思っている。ただ、ここだけは楓の言う通りではあるのが残念だが――動機が十分であること、万に一つ逮捕されたら死刑になりかねないということは綾乃だってわかっているのだ。
自分はただ、いじめっ子に対して我が身を守るために力を行使したにすぎない。己の尊厳を守る、そのためだけに。いわば正当防衛も同然。そして、奴らは自分の尊厳を踏みにじられた代償を払う必要があった、それだけのこと。しかし、頭の固い大人達には理解しようともしない奴らがごまんと溢れているだろう。
この力で人が殺せる。それがバレない限り逮捕されないはず。だが、かの有名な、“名前を書いただけで人を殺せるノート”の話だって――最終的には主人公が犯人だと突き止められてしまうのだ。自分もそうならない保証はどこにもない。
だったら、そのための自衛手段は必要。
自分を嗅ぎまわる警察官や、認めない裁判官。そういう奴らに思い知らせるためにも、カエシオニの力は必要ではないか。
「だから、復讐が終わった、とか言って……この力を取り上げられちゃ困るのよ」
だいたいね!と綾乃は声を張り上げる。
「対価を支払う必要なんて本当にあるわけ!?あたしは正当な復讐をしただけじゃない!あたしが受けた苦しみより、あいつらが受けた苦痛の方が全然足らないくらい!“悪行に対して生ぬるい責めを行うか、ぴったり等価の責め苦を負わせれば後払いの対価は必要ない”んでしょ?だったら、あたしが払う対価なんか何一つないわ!!」
「はあ」
そんな綾乃を、澪はまじまじと認めた。目を丸くして、心の底から不思議そうな顔で。
一体どういう心情なのかさっぱりわからない。楓もそれなりの容姿だと(ムカつくけれど)思っていたが――この澪という少女はまさに別格だ。楓が人間のアイドルにいそうなレベルの美少女ならば、この黒須澪は“明らかに人間じゃない”と背筋が冷たくなるタイプの美貌なのだ。
とある卓上ゲームで、美しすぎるものを見ると正気度が削れる、なんて設定があった気がするが。まさにこの少女は、その類いであるように思われる。
「な、何よ。何が言いたいわけ?」
居心地が悪くなって視線を逸らすと、いえ、と澪はどこか面白そうに言ったのだった。
「ニンゲンとは、面白いなと思いまして」
「はあ?」
「野間綾乃さん。貴方は、彼女達に何をされたのでしたっけ?トイレの汚水で溺れさせられたのですっけ?泥の中の蟲に内臓を食われたのですっけ?人形にボコボコに殴られてレイプされたんですっけ?巨人に箱に閉じ込められてシェイクされて、押しつぶされたんですっけ?」
「は、はあ?そんなわけないでしょ。あたしは……」
「等価、というのは。特になんの捻りもなく、そのまんまの意味なんですよ?同じことをやり返すまでが等価なのです。精神的苦痛も、肉体的苦痛もね。貴女が仕返しをする権利を持っていたのは、浮島冬香と羽柴由衣の二人のみ。彼女達に対して、落とし穴に落としたり、ホースの水を浴びせたり、私物に落書きをしたり、スマホを壊したり……裸の写真を撮ったり。それをやったのであれば、ぴったり釣りあいが取れていたのです」
ところが、と澪は一本指を立てた。
「貴女は最初から、自分が一度もされていないことや、されたことより遥かに重く苦しみを伴う拷問を課してしまった。自分がそれだけ精神的に苦しめられたから、と仰いますけど……その理屈で言うのであれば、貴女は真っ先に“復讐される側”にならなければ釣りあいがとれませんでしたよ?あの、蓮見楓さんにね」
「は、はああああ?何言って……」
ここで、綾乃はあることに気付いた。一番最初、浮島冬香を殺害してすぐのこと。あの時、澪は立ち去る前になんと言っていたか。
『それでは、私はお暇しましょう。次に会うのは、貴女から対価を戴く時となります。では、後ほど』
そうだ。対価が必要なくなったなら、彼女は徴収しに来る必要がなかったのではないか。
わざわざあの時点でそう言ったのは――冬香を殺した段階で、罰と対価が釣り合っていなかったということ?オーバーしていたと、そういうことなのか?
「い、意味わかんない!」
綾乃は澪を睨みつける。
「あたしは全面的に被害者でしょうが!蓮見楓に復讐する権利があるわけないでしょ!あいつは最初からあたしを攻撃して、不快にして、あたしをいじめる黒幕だったのよ?それ言ったら、あいつが一番苦しい思いをして死ぬのが当然だったはずじゃないの!!」
「そこが、私はどうしても不思議なのです。蓮見楓さんが、枕営業をしたなんて事実はありません。人ではない私はそれをよーく知っていますし、証拠も何もなかった。それなのに貴女はそうだと決めつけ、思い込み、自分の中の絶対の事実としてしまわれた。その後貴女が蓮見さんに行った全裸の写真撮影や自慰の強要などは、客観的に見て虐め以上に重たい犯罪であるはずなのに……貴女は自分がされたことばかりを主張して、己がやったことは当然のように棚上げできてしまう。己がしたことは、当然の復讐だの、自己防衛だのと言う言葉で正当化して」
「当然でしょ!あたしはっ……」
「いやいや、なんとも興味深いですねえ。人間の、認知の歪みとはこうも露骨で、己に都合が良いものか。貴女の悪意が飛びぬけていることは最初からわかっていましたが、ここまで醜くおぞましく踊っていただけるとは想像以上でした。いやはや、なんともご立派なことで」
「馬鹿にしてるわけ!?」
どんどん腹が立ってきた。この娘が自分のやってきたことを肯定していないのは明らかである。まるで、歌みたいなことを言う。忌々しくてたまらない。
「蓮見楓さんが貴女に言ったことは事実。最初に教員たちを体を使って誑し込むようなことなどしていませんし……友人たちに、貴女へのいじめを指示したことも一度もなく、友人たちがやっている行為を彼女達が亡くなるまで知らなかったのも事実。つまり、貴女は彼女自身からは一切攻撃されておらず、復讐する権利も持ちえなかったということです。それなのに、貴女は彼女に対して一方的な拷問を行い、惨殺してしまった」
さらに、と澪は続ける。
「一番愚かだったのは……貴女にたった一人寄り添ってくれようとした友人の長谷部歌さんを手にかけてしまったこと。貴女はむしろ彼女の献身に感謝するべき立場だったのに、その恩をアダで返してしまった。自分の意見を認めてくれなかったというだけで裏切者扱いして、己の復讐を正当化してしまわれた。凄まじい苦しみを与えて殺してしまった。……これは、貴女が思っている以上に罪深いことです」
ふざけるな、と綾乃は奥歯を食いしばった。
人外の、人間ではない“カエシオニ”の力の持ち主の言葉とて信じられるはずがない。綾乃の世界では、綾乃だけが正義なのだ。自分がやった復讐に正当性がないなどけしてありえない。楓が自分を貶めてないなんてことも認められるはずがなく、歌が裏切っていないなんてこともあるはずがないのだ。
「ありえない!あんたは嘘をついてるんだわ!!あいつらはみんなあたしの敵よ、敵、敵、敵、敵!あたしの復讐が行き過ぎだったなんて、そんなことあるわけないんだから!!みんなみんなみんなみんなみんな、あたしを傷つけたから、苦しめたから、相応の苦しみを与えてやっただけじゃない!!罪深いのはあたしじゃなくてあいつら、あいつらあいつらあいつらあいつらあいつらなんだからああああああああああああああ!!」
怒りのまま澪に掴みかかろうとして――綾乃の腕は、するりとすり抜けてしまった。勢いあまって椅子に激突してしまう。
「いった……!よ、避けてんじゃないわよ!!」
振り返った途端、綾乃はぎょっとしていた。
澪の体が――宙に浮いているのだ。ベッドの上に、黒いスカートをふわふわと揺らして微笑んでいる。否。
微笑んでいる、なんて生易しいものではない。口を三日月型に大きく開き、金色の瞳を爛々と輝かせ――闇夜で獲物を狙う黒豹のように、嘲笑しているのだ。
「くすくすくす、くすくすくすくす。ああ、本当に人間は面白い!認めたくないなら、認めなくてもいいですよ。どうせもう、全ては決まっていることなのですから」
澪はこちらに手を向けて、それから。
「貴女の意思がどうであろうと、契約は契約。今から代価を徴収させていただきます。貴女が、彼女達から過剰に取り立ててしまった分を……今から、その魂と、その苦しみで補っていただきましょう」
「な、何を」
「ああ、心配しないでください。貴女が彼女達にされたのと同じ拷問をして、かつ貴女の存在が世界から消えるだけですから。死ぬんじゃなく、貴女自身が世界から“いなかったこと”になる。誰も貴女を知らない、思い出さない、だから貴方がいなくなったことにも気づかないし当然悲しむこともない。人に愛されることと認められることに執着していた貴女にとっては……これ以上ない、至上の罰となるのでしょうねえ」
「や、やめ、そんな」
座り込んだまま、綾乃は後退りをする。すぐに壁にぶつかってしまい、さほど逃げることなどできなかったが。
自分は正しい。何もかも正しい。正しいはずなのに――何故こうなった?
「いや、やめ、やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
コメント
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こんばんは、はじめアキラさん。第27話「アヤノ。」読み終えました。 いよいよ澪が対価を徴収しに来ましたね。綾乃の「自分は正しい」と絶対的に思い込む姿と、それをまるで実験を観察するように淡々と指摘する澪の対比が鋭くて、読みながらぞわぞわしました。特に「認知の歪み」という言葉で綾乃の自己正当化を解体してみせたあたり、設定の深みが感じられて好きです。歌さんを手にかけたことがどれほど罪深いか、という指摘も重かったですね。
#男子高校生
はるまき
83
#オッドアイ
月詠 朱猫
52