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記憶の残響が終わり、周囲の風景が戻っていった。
目の前には勇者像があり、傍らにはタニアとモフモフがいた。
モフモフは、クーンと気遣わしげな声を出しながらすり寄ってきた。
カイトは流れ出る涙を拭い、モフモフの頭を撫でてやった。
(モフモフは、この世界に残る唯一生きている仲間なんだよな)
五百年という果てしない時間──モフモフは生き続け、カイトのことを覚えてくれていた。
無邪気に尻尾を振っているモフモフを見ていると胸が熱くなってくる。
カイトは、ボンヤリと佇んでいるタニアを見た。
「タニアさんも見ましたか?」
「はい」
タニアは頷いた。その目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「カイトさんは、本当に伝説の勇者だったんですね……!」
「どうやら、そうだったみたいです」
「カイトさんには、すばらしい仲間がいたんですね……」
カイトは頷いた。
本当にその通りだ。自分にはもったいないくらいの仲間たちである。
(だからこそ俺は、すべての記憶を代償にする覚悟ができたんだろうな……)
* * *
魔物の襲撃から数日後。
家々の復興にも区切りがつき、改めて勇者感謝祭が開かれた。
勇者感謝祭では、まず勇者像の前に村人が全員集まり、祈りを捧げるところから始まる。
その後、神父が勇者に関する説話をする。
その話は教訓があることはもちろん、ユーモアにも富んでいた。内容が本当かどうかは、当事者であるカイトにもわからなかったが。
ちなみにカイトが伝説の勇者本人であることは、タニア以外、神父、村長、ハンスにしか伝えていない。村人たちには秘密にしてほしいと頼んであった。注目を集めたくない、という思いからだ。
神父の話が終わった後は、文字通りのお祭り騒ぎとなった。
たくさんのご馳走と、たくさんのお酒が用意され、村人は飲めや歌えやの大騒ぎである。
ただ、カイトは盛り上がる集団から離れた場所にいた。
ひと目につかないよう、家畜小屋の近くの物陰に腰を下ろしている。
カイトは一人、物思いに浸っていた。
村人たちの盛り上がりに耳を傾けながら、夜空を見上げる。
白い砂をまいたような美しい星空だった。
五百年前にも、こうやって夜空を見上げることはあっただろう。そのときはどんな状況で、どんな思いを抱いていたのか……。
今のカイトには、わからない。
「ここにいたんですね」
視線を向けると、タニアがいた。
「隣、いいですか?」
「ええ、もちろん」
タニアはカイトの隣に腰を下ろした。
二人はしばらく、無言で夜空を眺めていた。
沈黙を破ったのは、タニアだった。
「これからどうするんですか?」
それは、記憶の残響を見た後、絶えず考えてきたことだった。
そしてカイトには、答えが出ていた。
「旅に出ようと考えています」
「……やっぱり、そうですか」
タニアのほうを見ると、彼女は悲しげな笑みを浮かべていた。
「カイトさんなら、そう言うと思ってました」
タニアもカイトのほうを見てきた。
彼女の両目は少し潤んでいた。
「理由を聞いてもいいですか?」
カイトは頷き、これまで考えてきたことを話し始めた。
「かつての仲間たちの想いに触れたから……というのが第一の理由です。世界中に散らばる記憶の残響を集めて、記憶を取り戻したいんです」
自分がどんな人間だったのか。
仲間たちとどんな経験をしたのか。
それを知りたかった。
「第二に、モフモフのことです。五百年という果てしなく長い時を経てなお、俺のことを覚えてくれました。エミリアによると、幼い頃からの知り合いらしいですが、俺はまったく覚えていない。それは五百年も待ってくれた親友に対して、とても申し訳ないことだと思うんです。だから世界各地に散らばっている記憶の残響に触れることで、モフモフとの思い出も取り戻していきたいんです」
それが、長らく──本当に長らく待たせてしまったモフモフに対する誠意だと思うのだ。
「最後にもう一つ。世界を旅して、魔物の凶暴化について調べたいんです」
タニアははっとした表情を浮かべた。
「みなさんの話を聞くに、魔物が凶暴化しているそうですね。五百年前、魔王を倒してから、魔物たちの勢力は衰えたというのに、近年になってまた活発化してきたとのこと……。これには何か理由があるはずです」
アルヒ村を襲撃してきた魔族のことも気になっていた。
カイト自身は記憶の力の影響で記憶はほとんどない。ただ、タニアから、魔族が口走ったセリフを聞いていた。
魔族は、
『若く美しい乙女を集める必要がある』
と言っていたらしい。
詳細は不明だが、何かしらの陰謀があることは間違いない。
そしてそれは、魔物の凶暴化と関係あるかもしれない。
「世界中で不吉なことが起こっています。このまま放置すれば大変なことになる……そんな予感がするんです。そして俺は、自分で言うのも恥ずかしいですが──勇者です。勇者として、世界で起こる異変を調べなければならないと思うんです」
自分がなぜ勇者なのか。
なぜ勇者は世界のために戦わなければならないのか。
そういったことはわからない。
ただ、この村でのんびり暮らしているわけにはいかないと思うのだ。
世界中で、勇者の力を必要とする人がいる。アルヒ村を、タニアを救ったときのように、カイトがいなければ悲劇が起こる──そんな予感がするのだ。
そんな思いを打ち明けると、タニアは静かに頷いた。
「……カイトさんは、本当にすごいですね」
しみじみとした口調で言った。
「やっぱりカイトさんは、間違いなく伝説の勇者ですね……」
その口調は、褒め称えるというより、悲哀を感じさせた。
「あたし、応援しています。ただの村娘のあたしには、それくらいしかできませんけど……。カイトさんの無事を祈って、毎日毎日、祈りを捧げます!」
「ありがとう、ございます」
カイトが礼を言うと、タニアは笑顔で頷いた。
しかしその笑顔は、どこか無理やりに浮かべたようなものだった。
カイトは、その理由を尋ねることはできなかった。