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* タニア *
カイトが旅立ちの決意を語った後。
「そろそろお祭りに戻りましょうか」
と彼は言った。
「先に行っててください。あたしもすぐに向かいますので」
カイトは何か言いたげだったが、無言で頷き、その場を去っていった。
タニアは膝を抱え、そこに顔を埋めた。
しばらくそうしていると、
「よう」
ハンスの声が聞こえた。
タニアは反応せず、無言のままでいた。
「無視かよ」
ハンスはズンズンと大きな足音を立てて近づいてきて、隣に腰を下ろした。
今は誰とも話したくない気分だった。
タニアは彼のほうを見ずに、
「盗み聞きなんて趣味が悪いよ」
と言ってやった。
ハンスは、
「すまねぇ。たまたま聞こえちまってな」
と言った。
「……嘘つき」
タニアが指摘しても、ハンスは言い訳しなかった。
二人の間に、重苦しい沈黙が流れた。
遠くで村人たちが騒ぐ声が聞こえる。
「いいのかよ」
「……何が?」
「このままカイトを送り出してさ。あいつと約束してたじゃねぇか」
約束。
胸がきゅっと締め付けられる。
「あいつ、タニアのそばにいるって言ってたろ」
タニアは頷いた。
その通りだった。
カイトと交わした言葉や、約束を思い返す。
──タニアさんを守りたいという気持ちになったんです──
──必ず帰ってきて、タニアさんのそばにいます──
「……そうね。カイトさんは、あたしのそばにいて、あたしを守ってくれるって、約束してくれた」
でも、とタニアは言う。
その声は掠れ、震えてしまった。
「カイトさんは、覚えていないのっ……!」
彼はタニアを──村を救うため、記憶の力を使った。その影響で、村で過ごしてきた日々のことを忘れてしまったのだ。
「覚えてないなら、教えてやればいいじゃねえか!」
ハンスは言った。
タニアはかぶりを振る。
「絶対にダメ!」
「何でだよ!」
「カイトさんは、優しいから!」
「意味がわからねぇ」
「もしあたしが約束のことを言ったらどうなると思う? カイトさんは優しい。きっと、あたしのために村に残ってくれる。でも──」
記憶の残響の映像を、タニアも見ていた。カイトの仲間たちの言葉を間近で聞いた。
カイトと彼らは、深い絆で繋がっている。
知り合って日の浅いタニアが、そこに割り込む余地はなかった。
カイトは、彼らとの過去を取り戻すべきだ。
それが彼にとって、一番のしあわせなのだ。
そしてカイトは、勇者としての使命に目覚めた。
世界のために旅立とうとしている彼を、止めることなどできない。
きっと彼は、たくさんの人を救うだろう。
アルヒ村で、多くの人たちを救ったように……。
だから。
「あたしみたいな田舎娘が、わがままで縛っていい人じゃないの!」
タニアは、鬱屈していた思いを吐き出した。
言葉とともに、涙があふれてくる。
「だけどよ!」
ハンスは気まずげな口調になった。
「このままじゃ、お前があまりにも気の毒すぎる!」
タニアは、泣きながらも笑った。
ハンスも、優しい。
昔からそうだった。自身に向けられる感情の種類も知っている。それに応えることができないことに、申し訳なさを感じる。
「ありがとう……。でも、気を利かせてカイトさんに言ったりしないで。そんなことしたら、絶対許さないから」
「それは、いいけどよ……。お前は本当にそれでいいのか?」
「いいの。あたしは笑顔でカイトさんを送り出す。それが一番なの。カイトさんのためにも。世界のためにもね」
タニアはそう言って、膝に顔を埋めた。
まもなく、カイトは旅立つだろう。
きっと、永遠に、カイトを失ってしまうことになる。そんな予感がした。
それを理解した瞬間、必死に押し留めてきた感情の波が、一気にあふれ出した。
タニアは声を上げて泣いた。
子どもの頃に戻ったみたいに。
兄のルシオが魔物に殺されたと教えられたときみたいに。
タニアは大声で泣いた。
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