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誰も知らない、高嶺の花の裏側3
第8話 〚思い出せなかった名前〛(白石湊視点)
教室に入った瞬間から、
ずっと視線が引っかかっていた。
窓側の席に座る、
一人の女子。
騒いでいるわけでもない。
特別目立つこともしていない。
なのに、
なぜか目が離れなかった。
(……誰だっけ)
名前は、さっき聞いたはずだ。
白雪(しらゆき)——
そう、白雪澪(しらゆきみお)。
その名前を頭の中で繰り返した瞬間、
胸の奥が、わずかに痛んだ。
理由は分からない。
でも、懐かしい。
授業中、
黒板を写しながら、何度も彼女を見てしまう。
姿勢、ペンの持ち方、
考え込むときの癖。
知ってる。
全部、知ってる気がする。
(おかしいな……)
休み時間、
友達が話しかけてきても、
意識はずっと彼女の方に向いていた。
ふと、
澪が立ち上がる。
椅子が引かれる音。
その音を聞いた瞬間——
記憶が、繋がった。
――小さな図書館。
――低い机。
――並んで座る、二人。
「みお、これ読んだ?」
そう言って笑ったのは、
幼い自分。
「まだ。でも、あとで一緒に読もう」
そう答えた声。
同じ声だ。
(……澪?)
頭の中で、
一気に景色が色づいていく。
通学路。
雨の日。
転んだとき、手を引いてくれた少女。
名前を呼ぶ声。
「みお」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
(思い出した……)
俺は、
彼女の幼なじみだった。
なのに——
なぜ、今まで忘れていた?
澪は、
こちらに気づいていない。
いや、
気づいていても、
“思い出していない”目をしている。
それが、少しだけ怖かった。
放課後、
教室を出る時、すれ違う。
ほんの一瞬、目が合った。
澪は、
丁寧に会釈をした。
知らない人に向ける、
きちんとした距離。
(……そうか)
俺だけが、
思い出したんだ。
澪はまだ、
過去を置いてきている。
廊下に出て、
深く息を吐く。
転校してきた理由なんて、
ただの事情のはずだった。
でも、
この再会は偶然じゃない。
そう、確信していた。
白雪澪は、
何かを抱えている。
そして俺は——
それを知っている側だったはずだ。
忘れていた分だけ、
取り戻さなきゃいけない。
今度は、
静かに。
彼女の隣に立つために。
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