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誰も知らない、高嶺の花の裏側3
第9話 〚重なっていた過去〛(澪視点)
昼休み、
えまが急に、私の腕を掴んだ。
「ねえ澪……白石湊、覚えてない?」
その名前を聞いた瞬間、
胸の奥が、少しだけざわついた。
「……転校生の?」
「そう。でも、それだけじゃない」
えまは、困ったように笑う。
「私、小さい頃のこと思い出した。
湊、うちの近所に住んでたでしょ。
澪と、よく一緒にいた」
(……一緒に?)
頭の中で、
何かが引っかかる。
でも、はっきりしない。
「図書館。小さいやつ。
雨の日、三人で本読んでた」
その言葉で——
景色が、少しだけ戻った。
低い棚。
紙の匂い。
並んで座る、私と……男の子。
「……あ」
息が漏れた。
胸が、
ドクン、と鳴る。
未来じゃない。
予知でもない。
懐かしさだけが、
確かにそこにあった。
「思い出した?」
えまの声が、近い。
「……少し」
完全じゃない。
でも、
“知らない人”ではなくなった。
その時、
しおりが会話に入ってきた。
「あ、それなら私も」
「え?」
「湊、小学生の時、同じクラスだった。
よく話してたよ」
さらっと言う。
まるで、
大したことじゃないみたいに。
さらに、
みさとが少しだけ目を逸らして言った。
「……私、付き合ってた」
「えっ」
「小学生の頃ね。
すぐ自然に終わったけど」
誰も、驚かせるために言っていない。
ただ、
事実を並べているだけ。
(……そんなに)
私の知らないところで、
湊は、
みんなの過去にいた。
それが、
少し不思議で、
少し安心だった。
「……話しかけてみようか」
えまが言う。
私も、
小さく頷いた。
放課後、
廊下で湊を見つける。
「白石くん」
声をかけると、
湊は驚いたように振り返った。
でも、
すぐに柔らかく笑う。
「……思い出した?」
その一言で、
全部、分かった。
「まだ全部じゃないけど」
正直に言う。
「でも……懐かしい」
えまが横で手を振る。
「久しぶり!覚えてる?」
「もちろん」
しおりも、みさとも、
自然に会話に混ざる。
空白だった時間が、
ゆっくり埋まっていく感じ。
私は、
その輪の中で、
胸に手を当てた。
心臓は、
静かだ。
でも、
拒否していない。
(これも……変化)
未来じゃなく、
過去が戻ってくる。
それを、
私は受け止めている。
誰も知らないところで、
私の世界は、
少しずつ広がっていた。