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 真帆が手にした魔力磁石は、至る方向を指し示した。

 昨日の、まだはっきりとした榎先輩の魔力の軌跡を辿るだけならまだしも、今度はその場を流れるあらゆる魔力の中から、件のひいお爺さんの腕を探し出さねばならないという。その魔力の流れを読む力や見極める力は人それぞれであり、けれど真帆も井口先生もそれを得意とはしていなかった。

 それでは魔力磁石がないのとほとんど変わらないんじゃないか、なんて思ったけれど、これがあるとないとでは全然違うらしい。

 魔力というものは万物に存在し、大気の流れのように流動的で、常に安定しているわけではないという。それは川の流れのようにせめぎ合い、世界を包み込み、しかし眼には見えない。

 魔力磁石はその眼には見えない魔力の根源に向かって針を向けるのだが、要はこの指し示す場所をしらみつぶしに調べていけばいつかはひいお爺さんの腕に辿り着けるだろう、という微妙にいい加減な方法で探索するつもりなんだとか。

 そんなことしてたら日が暮れるんじゃないか、と思ったが、他に方法がないというのだから仕方がない。

「って言うか、その魔力の流れを見極めたり読む力のある人を呼んだ方が早くない?」

 探索を始めてから約二時間。

 校庭やグラウンドの色々な場所を歩き回って、行ったり来たりするのにもそろそろ飽きてきた僕は真帆に向かって声を掛けた。

 真帆は振り向きながら、

「どうでしょう? その手の力のある人を呼ぶ方が時間が掛かりそうな気がします」

「どういうこと?」

 と訊ねる僕に、井口先生が代わりに答えた。

「そういう力のある人はそもそも少ないし、俺の知っている限り彼らは実に特殊な仕事を生業としていてな」

「特殊な仕事?」

「虹を集めているのさ」

「……虹って、あの空にできる虹の事ですか?」

 そうそう、と先生は頷き、

「虹には特別な魔力があってな。魔法道具を作るときに、どうしても必要になる代物なんだ。解りやすく言えば、魔法道具に魔力を宿すのに使う、電池みたいなもんだ。今、楸が手にしている魔力磁石も定期的に虹を注がないとやがては使えなくなってしまうんだよ。ただ、ここ数十年で人工的に虹を作り出す技術、というか魔術が編み出されてな。結果、虹採りの仕事は激減。本来なら仕事によって研ぎ澄まされていく魔力の流れを読んだり見極める力を持った魔法使い――職人の数も減ってな、今や数人しか日本には存在しないんじゃないかなぁ」

「えっと、だから、つまり?」

 首を傾げる僕に、真帆は溜息交じりに、

「それだけ貴重な能力を持った数少ない人をここに呼ぶのにかかる費用や日数を考えたら、多少時間はかかっても自分たちで探した方が早いと思うんですよね」

「費用って……そんなにお金取られるの?」

 さぁ、と真帆は首を傾げて、

「少なくとも、天然の虹は今とっても高いんですよね。人工の虹より、やっぱり質が良いので。その質の良い虹――魔力を探すのに使っている特殊な力を使わせてもらおうと思ったら、やっぱりそれなりのお代を払わないといけないと思いませんか?」

「そこはほら、魔法使い仲間ということで……とはいかないの?」

「どうかなぁ」

 と井口先生は難しい表情で、

「頼んでみてもいいけど、そもそもあの人たちも忙しいからなぁ。最近じゃぁ、質の良い魔力の採れる虹も減ってきてるって話だし、年がら年中、虹を求めて山の中を歩き回っているような人たちだから、そもそも連絡を取りづらいんだよなぁ」

「山の中」

「そう、山の中。山削ったり、森の木を切り倒したりしたような山じゃダメなんだ。人の少ない山奥、まだ豊かな自然の残る場所じゃないと採れないから、どうかすると携帯を持っていたとしても電波が届かないことなんてしょっちゅうだ。そんな場所で日がな一日、生きていくための仕事として虹を採ってるんだ。いくら魔法使い仲間の頼みとは言え――なぁ?」

 最後、井口先生は「解るだろ?」って感じで僕に目を向けて、僕もそれ以上は何も言えなかった。要は仕事の邪魔をするなら、その埋め合わせはしないといけないってことらしい。

「まぁ、どのみち探索すべき範囲はこの学校の敷地内くらいだろうし、今日見つからなくても明日、明後日のうちには見つけられるんじゃないか? 一応、こちらも魔法使いが合わせて四人もいるわけだから。楽勝だろ」

 井口先生が楽観視しているってことは納得できた。納得できたけど、それってつまり見つからない限りはこうして真帆たちと一緒に探索を続けないといけないってことだよね? と思うと何だか自分の大切な時間を無駄にしているような気がしてならなかった。

 いや、まぁ、だからって何か予定がある訳でもないんだけど。

「そうですよ」

 と真帆もあっけらかんとした表情で、

「シモフツくんはあーだこーだ言い過ぎです。探していればいつかは見つかります」

「――わかったよ」

 僕は小さくため息を吐いた。

 それから僕たちは、数日前に真帆が三人の女子を叩きのめした校舎裏に向かった。

 相変わらず大型ごみが雑然と並べられていて、裏の森のせいでなんだか薄暗い。

「ん?」

 そこで真帆が立ち止まり、小首を傾げた。

「どうしたの?」

 と訊ねながら真帆の持つ魔力磁石を覗き込むと、その針は金網フェンスの向こう側、森の中を指し示している。

「この先?」

「ですね」

 真帆は言ってフェンスの方に近寄ると、何を思ったのか金網を両手でがしりと掴んで足を掛け、何も言わずに登り始めやがった。

「ちょ、ちょっと真帆!」

「おい、楸、なにしてる!」

 井口先生と二人慌てて声を掛けたが、

「でも、この向こう側を示してるんですから調べなきゃ」

 言うが早いか、ずんずん金網フェンスをよじ登っていった。

 あんな長いスカートでよく登れるな、と思いながら僕はしばらくそんな真帆の姿を眺めていたが、

「……仕方ない奴め」

 と井口先生も小さく愚痴ると金網フェンスに手を掛けた。

「え、先生も?」

「なにしてんだ、お前も早く来い」

 まさか先生までフェンスをよじ登るだなんて――

 そう思いながら、僕も渋々フェンスによじ登る。

 こういうフェンスの上には鉄条網とかありそうなイメージだったけれど、意外にもそんなものはなくて難なく跨ぐことができた。

 それから真帆や先生に続いて向こう側に降り立つと、そこは鬱蒼と草葉の生い茂る森が薄暗い口を開いているばかりだった。

 蛇とかスズメバチとか、なんかそんな危険な生き物が出てきそうで正直怖い。

「こっちですね」

 そんな僕とは対照的に、臆することなく歩き始める真帆のあとを、先生と一緒に僕は追う。

 時折木の根っこに足を取られそうになりながらしばらく進み、

「あ、あっちかな?」

 と真帆が言って方向を変えたところで、

「――きゃぁっ!」

「真帆!」

 気付いた時には、僕は先生を押しのけて前に飛び出していた。

 真帆の腕を必死で掴み、力いっぱい手前に引っ張る。

 バランスを崩して僕の方に倒れる真帆の向こう側は、急な崖になっていた。

 辺りが木々に覆われていたのと、真帆の視線が魔力磁石に向けられていたことで気が付かなかったのだろう。

 僕は真帆の身体を抱きしめながら、派手に尻もちをついた。

「痛てて……!」

 そこが木の根っこではなく、柔らかい土の上であったことに内心感謝しつつ、

「だ、大丈夫、真帆?」

 と声を掛ける。

 真帆は僕の胸の上で、固く瞑っていた瞼をゆっくりと開くと、

「――」

 無言で僕の眼を見つめてきた。

 その眼には涙が浮かんでおり、真帆は歯を食いしばるような表情で僕の胸に顔を埋めると、

「――こ、怖かったぁ……!」

 それは僕が初めて聞いた、真帆のあまりにも弱々しい声だった。

「あっぶなかったなぁ」

 と微妙にのんきな声で、けれどその崖を覗き込みながら目を見張る井口先生。

「ここ落ちてたら、大けがしてたかもしれないな」

 それから僕の方に顔を向けて、

「良く気付いたな、シモハライ。お手柄じゃないか」

「……真帆の向こう側の木が、地面から生えているように見えなかったので」

 本当に、たまたまだったと思う。

 あぁ、なんかあの木、根っこがないなぁ、と思っていた矢先の出来事だったから、反射的に体が動いたのかもしれない。

 真帆は僕の胸の上で、というか服で涙をぬぐった後、小さくため息を吐いてから、

「すみません、落ち着きました」

 と顔を上げた。

 それから体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。

 服に着いた土汚れを真帆が払い落とすのを見ながら、僕もようやく腰を上げた。

 地味に体中が痛いけど、たぶん、大丈夫。

 体中を触ってみたけど、骨の折れているような感じはしなかった。

「――しっかし、この崖高いなぁ」

 と井口先生は口にして、

「ん? この下……」

 と真帆の方に顔を向ける。

「おい、魔力磁石、大丈夫か?」

「あ、はい」

 言われて真帆は磁石に目を向けて、

「……ここです。ここを示してます」

 と小さく答えた。

 井口先生は頷き、

「この崖の下に、何か古げな扉があるぞ」

 神妙な面持ちでそう言った。

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