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朝の陽光が
リビングの白いカーテンを透かして
柔らかく差し込んでいた。
淡い金色に包まれたその空間に
どこか場違いなほどに
豪勢な香りが立ち込めている。
キッチンと繋がるテーブルの上には
あまりにも眩しい光景があった。
──それは
朝の食卓とは到底思えない〝フルコース〟
銀の皿に乗せられたローストビーフは
低温でじっくりと焼かれ
肉の中心に美しいロゼ色を宿している。
その横には、ソテーされたフォアグラが
バルサミコソースと共に並べられ
さらにキャビアを添えた冷製前菜──
アボカドとスモークサーモンのタルタル。
温かなミネストローネの香りが鼻腔を擽り
焼き立てのクロワッサンが湯気を立てている
トリュフ入りスクランブルエッグ
ロブスターのグリル
そして朝には不似合いな
オーブンで丸焼きにされたカモの胸肉と
コンフィまでもが
陶器の上に堂々と居座っていた。
「なんじゃ、こりゃ⋯⋯」
リビングに降りてきたソーレンは
足を止めて呆れにも似た声を漏らした。
「ほんと、朝とは思えないボリュームね?」
レイチェルも目を丸くしている。
その瞳は
テーブルの端から端までをまじまじと追い
そこに並んだ豪奢な皿たちの存在を
信じ切れていなかった。
レイチェルはようやく我に返ると
アリアの向かいにそっと腰を下ろしながら
問いかけた。
「アリアさん、おはよ!
これ⋯⋯どうしたの?」
アリアは返事こそしないが
視線をほんのわずかにレイチェルへ向けた。
その端正な顔立ちに浮かぶ表情は無だが
テーブルを見つめるその姿からは
どこか〝呆然〟とした雰囲気が滲んでいる。
「おはようございます、お二人とも。
今、コーヒーをお持ちしますね」
時也の明るい声が、キッチンから響いた。
その表情は満面の笑顔。
腰にはエプロン
手には
銀のポットとカップが載せられたトレイ。
アリアの前にコーヒーカップを丁寧に置くと
そのまま鼻歌を漏らしながら
軽やかにキッチンへと戻っていった。
「⋯⋯あの野郎、妙に機嫌いいな?」
ソーレンが眉を顰めながら
アリアと時也の間を交互に見やる。
「ね?だから、こんなご馳走なのかしら」
レイチェルも苦笑気味に囁く。
その時、ふてぶてしくも静かに
青龍がカウンターから皿を運んで来た。
手には大きな肉塊──牛肉のステーキだ。
それを華麗に一口サイズよりも
なお小さくスライスし
なんとティアナ用の皿に盛り付けている。
「時也様は昨夜から
お心内で歓喜の叫びをあげておったからな。
アリア様と
何か良いことがあったのであろう」
「それ、もしかしてティアナ用の朝ごはん?
高級牛肉じゃん!
わ!お刺身まで!?」
青龍の足元では、ふわふわの白猫──
ティアナがくるくると彼の脚に
体を擦り寄せながら小さく鳴いている。
「俺でも胃がもたれる量だな⋯⋯」
ソーレンが溜め息混じりに呟いたその時
トレイを手にした時也が再び姿を現した。
「では、皆さん揃いましたし、頂きますか! あ、食後には
デザートもご用意してありますよ!」
その明るさは
完全にどこかの三つ星ホテルの
支配人レベルだった。
「⋯⋯あ、あはは〜⋯⋯
ちょっと入り切るか、わかんないな〜⋯⋯
でも、美味しそう!頂きます!」
レイチェルが困ったように笑う。
その笑みの奥で
アリアの視線がひっそりと
時也の〝両耳〟へと一瞬だけ向けられた。
そこには、微かに光を宿した
〝桜と涙〟の耳飾りが、静かに揺れている。
「あれ?」
レイチェルがスプーンを手にしたまま
ふと顔を上げた。
その視線は、テーブルの対角──
アリアの隣に座る時也の
〝両耳〟に注がれていた。
朝の陽が、時也の黒褐色の髪を淡く照らし
その隙間から覗く〝小さな輝き〟を映し出す
まるで朝露を宿した桜の蕾のように
耳元でふわりと揺れていたそれは──
明らかに
昨夜まで存在しなかったものだった。
「時也さん、ピアスなんてしてたっけ?」
レイチェルが目をぱちぱちと瞬かせながら
身を乗り出す。
「すっごい可愛いー!桜?
しかも、ちゃんと立体的に
花開いてるみたいになってる!
なにこれ、めちゃくちゃ凝ってるじゃん!」
彼女の率直な感想に
時也はぱっと満面の笑みを浮かべた。
まるで顔全体が
〝嬉しさ〟という光で照らされたかのような
そんな喜びの表情。
「はい!
昨夜、アリアさんから賜りまして!」
言葉の端に、敬愛と誇りが滲み出ていた。
それは〝贈り物〟という一言では
到底言い表せない
魂の奥から湧き上がる歓喜の響き。
「あはは!それで、ご機嫌だったのね!」
レイチェルが嬉しそうに笑う。
「好きな人からのプレゼントって
テンション上がるよね!!」
だが、その直後。
「ってか、お前⋯⋯
それ、アリアの涙のやつかよ?」
ソーレンの低い声が
空気の温度を一瞬だけ変えた。
その意味を理解した者だけが知る
静かな〝価値の重み〟が込められていた。
レイチェルの動きが、ふと止まる。
フォークを持つ手が宙で静止し
表情が見る間に固まっていった。
(えっ⋯⋯それって⋯⋯
アラインが〝億の価値がある!〟って
喚いてた、あの⋯⋯!?)
「はい!
心の叫びの件で、僕のことを
案じてくださったアリアさんが特別に!」
時也の声音は
胸の奥から溢れた熱をそのまま乗せたような
幸福そのものだった。
「もう僕は、一生これを外しません!!!」
(やばい⋯⋯もしこれ失くしたら⋯⋯
いや、盗まれでもしたら⋯⋯
時也さん、マジで世界を灰にしない!?)
レイチェルの額に汗が滲む。
目の前で笑う男が
あまりに無邪気で
あまりに幸せそうだからこそ──
その恐怖は
なおさら現実味を帯びて迫ってくる。
しかし
そんな彼女の不安を読んだかのように
時也はにこりと笑みを深めた。
「ご安心を、レイチェルさん!」
声の調子に、余裕がある。
まるで
〝全て織り込み済み〟と言わんばかりに。
「台座と針は
僕が生み出した桜の花弁でできていますので
返がしっかりあり──」
指でピアスを優しく示しながら
淡々と説明を続ける。
「同じく植物操作で作り出した和紙で作った
護符の切れ端が中に封じてあります。
その護符さえあれば
僕に在処を伝えてくれるように
なっていますので
万一外れても、確実に見つけ出せます!」
「電池要らずの永久GPSかよ⋯⋯」
ソーレンが眉を顰め
コーヒーカップを片手に呟いた。
「やっぱ、お前の陰陽術は⋯⋯
現代の科学の努力を
ひっくり返しそうで怖えな⋯⋯」
そのぼやきに
レイチェルも思わず同意の溜め息を吐いた。
だが、時也は首を傾げたまま
静かに首を横に振る。
「そんなことはありません。
科学技術もまた
人の心から生まれたものです。
僕の術も
アリアさんへの想いから
生まれたものですから──
本質は、きっと同じです」
その言葉に、アリアがふと視線を上げた。
無表情のまま、少しだけ、瞬きをする。
レイチェルは気付く──
そのほんの一瞬
彼女の目に浮かんだ光は
どこか誇らしげにすら見えた。