テラーノベル
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発作に苦しみ、何度も諦めそうになった日々が
走馬灯のように頭を駆け巡る。
でも、それをぐっと堪えて彼に言う。
「ありがとう…岬くんがそばにいてくれるおかげだよ」
僕の言葉を聞いた彼は照れたようにはにかんでいた。
その笑顔が、僕の心をさらに温かくした。
それからしばらくの間無言の時間が続いたが
決して嫌な沈黙ではなくむしろ心地よいくらいだった。
二人でただ、目の前に広がる美しい景色を眺める。
そして頂上に到達する直前でガタンと揺れて止まる。
ゴンドラが大きく揺れ、僕の心臓も大きく跳ねた。
「え?」
突然の出来事に困惑しているとアナウンスが流れ始める。
『申し訳ありません。安全装置が作動致しました。只今から点検を行いますので皆さまはそのままお待ちくださいますようお願い致します』
機械トラブルか何か、か。
まさか、こんな時に。
僕の心に、嫌な予感がよぎる。
「大変だね……早く直るといいんだけど」
彼がぽつりと呟く。
「そ、そう、だね……」
僕は不安を隠すように、小さく頷いた。
それから10分ほど経っても復旧の兆しはないようだ。
ゴンドラは、空中でピクリとも動かない。
周りを見ればみんな不安そうな顔をしている者が多い印象を受けた。
子供たちの泣き声や、大人たちのざわめきが聞こえてくる。
それに伴ってなのか
さっきまで落ち着いていた息が荒くなり始める。
冷や汗が背中を伝う。
「……っ……はぁ……っ……」
呼吸が浅くなり、胸が苦しくなる。
「朝陽くん…っ、大丈夫…?」
岬くんの声が、遠く聞こえる。
「ごめ……ちょっと苦しくて……」
息を吸っても吸っても酸素が頭に届かない。目の前がチカチカする。
パニック発作のひとつ、過呼吸の症状だった。
身体が震え、手足の感覚が薄れていく。
「はぁ……ふぅ……はぁ……」
必死に息を吐くのに上手く呼吸ができない。
肺が締め付けられるような苦しさに、僕は意識が遠のきそうになる。
焦れば焦るほど身体が思うように動かなくなっていた。
(苦しい……怖い…このまま落ちたりしないよね…怖い、死にたくない…っ)
恐怖から涙が出て視界が歪んでしまう。
目の前の岬くんの顔も、ぼやけて見えなくなる。
「朝陽くん!しっかりして!」
そんな僕の背中を摩りながら声をかけてくれたのは岬くんだった。
彼の温かい手が、僕の背中を優しく撫でる。
彼の声によって意識を取り戻し薄目を開ける。
すると視線の先には必死な表情を浮かべた彼が映った。
彼の瞳には、僕への深い心配と、そして強い意志が宿っているように見えた。
「朝陽くん落ち着いて。俺のこと見て、ゆっくり息吸って……」
言われた通りに呼吸を行う。
彼の声に合わせて、ゆっくりと息を吸い込み、吐き出す。
「すー……はぁ……」
徐々にだが呼吸の乱れが収まっていく。
身体の震えも、少しずつ落ち着いてきた。
僕は気付くと岬くんの腕の中で抱きしめられていて、岬くんの胸に押付けていた顔を上げると
心配そうに見つめる彼の顔が見えた。
彼の温かい腕が、僕をしっかりと支えてくれている。
「朝陽くん、大丈夫……?」
不安げに聞いてくる岬くんに僕は首を縦に振った。
彼の瞳に、僕の無事を伝える。
「ん……ごめ、…ん」
「謝らなくていいから」
そう言って僕を抱きしめてくれる彼の温もりを感じながら
深呼吸を繰り返すうちにだいぶ楽になってきた気がした。
彼の鼓動が、僕の心を落ち着かせてくれる。
それからしばらくして、ようやく観覧車が動き出し
ガタンゴトンと、ゆっくりと下降を始めた。
彼のおかげでなんとか平静を取り戻すことができた。
もし一人だったらきっとどうにもならなかっただろう。
彼の存在が、僕にとってどれほど大きいか、改めて痛感した。
「良かった……もう動かないかと思っちゃった」
安堵して、そう零すと
「…朝陽くん、落ち着いたみたいで安心した」
なんて言いながら頭を撫でてくれて。
その優しい手つきに、僕は再び頬を染めた。
「ありがとう……岬くん」
「ううん、朝陽くんが無事でよかったよ」
その後も会話を続けて観覧車が下に着くまでの時間はあっという間だった。
ゴンドラが地上に到着し、扉が開く。
僕たちは、無事に観覧車を降りることができた。
◆◇◆◇
帰り道
駅に向かう途中にある公園のベンチで少し休憩して行こうという話になり
岬くんに促され、ベンチに並んで座る。
夕暮れの空が、オレンジ色に染まっている。
「朝陽くん、飲み物なにか買って来るからさ、なにがいい?」
岬くんが立ち上がり、僕に尋ねる。
「え、えっと…麦茶、飲みたいな」
「おけ、すぐ戻ってくるから」
そう言って彼は自動販売機の方へ向かって行った。
彼の背中を見送りながら、僕は今日の出来事を反芻していた。
僕は岬くんが帰ってくる間ぼーっと目の前に広がる景色を眺める。
遊具も少なく閑散としていた公園には岬くんと僕以外誰もいないようだった。
静かな空間に、鳥の|囀《さえず》りが聞こえる。
「お待たせ」
不意に声をかけられると同時に頬に冷たいものが当てられた感覚が走る。
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