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27 - 第27話 壁塗り開始

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2025年05月16日

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◻︎やった後悔やらなかった後悔



石﨑夫婦とのやり取りがあってから数日後。


「はぁ……」


あれから何度も思い返して、後悔の念に苛まれる。その家庭(石﨑家)の事情なんて知りもしないのに、上辺だけで勝手にあんなことを言ってしまった自分は、なんて軽率だったんだろう。


「お母さん、まだため息ついてるの?」


「うん、やっぱり言い過ぎたよなぁってさ。あの奥さんは夫源病だとすぐわかったけど、確認もせずに言いたいこと言っちゃったから。あのご夫婦、どうなったんだろ?」


「でも、お母さんが言わなかったら、その奥さんも言い出せなかったんじゃない?

多分、感謝してると思うよ、きっかけを作ってくれて」


「そうかなぁ?あの後どうなったか、確かめようもないしなぁ」


光太郎は石﨑と同期ではあったけど、部署も違い性格も違い過ぎて、仲がいいというわけではなかったようで、連絡先も知らなかった。


「ね、お母さんがよく言ってるじゃない?“した後悔はいつか薄れるけど、しなかった後悔は後々大きくなっていく”って。またどこかで偶然会ったら“あのときはごめんなさいね”でいいと思う。もし、お母さんが言ってなかったら、その奥さんはずっと悩んでいたかもしれないよ」


「そうだね、うん、もう考えるのはやめとく。もしも何かあったら、その時考えればいいんだから」


伊万里に言われて、思い直す。


___そうだ、あの奥さんは言い出す機会を待ってたのかもしれない







クラクションの音がして、光太郎が帰ってきた。ホームセンターで、壁のリフォームに必要な材料を買い込んできたらしい。


「涼子ちゃん、下ろすの手伝って!」


「はいはい、うわ、大量だね」


壁に塗る珪藻土やブルーシートや養生テープ、それから洗剤にウェス。


「道具はね、海山さんが貸してくれるんだ。もうすぐ持ってきてくれるから」


「そうなの?助かるね。プロの道具はきっと使い込まれていて使いやすいよ」


「でしょ?それでさ、つい、これも買ってきちゃった」


光太郎がうれしそうに袋から出したのは、カーキ色のツナギの作業服だった。


「こういうの、憧れてたんだよ。いかにも仕事ができそうでしょ?」


「なるほど。うん、いいかも。靴はどうするの?」


「ほら、この前靴箱を片付けた時に出てきたくたびれたスニーカーがあったでしょ?あれでやるよ」


ほどなくして、海山リフォームと書かれた軽トラがやってきた。運転席から降りてきたのは、30そこそこの男性、助手席からは海山由理恵だった。


「こんにちは。お世話になります」


「こんにちは、今日は息子も応援に連れてきたので、よろしくです」


「よろしく…って、アレ?」


海山リフォームの作業服と、光太郎が買ってきた作業服がそっくりだった。


「だってほら、一体感があってよくない?」


「まるで海山リフォームで働いてる人みたいだよ」


「格好だけでも同じだと、腕も良さそうにみえるでしょ?」


光太郎はうれしそうに、パンパンと左の二の腕を叩いてドヤ顔をして見せる。


「さ、じゃあ、始めますか」


「私も着替えてきます」


そうやって、キッチンのリフォームが始まった。それはまるで夏休みの特大工作をみんなで作っているようで、ワクワクした。



キッチンにある、動かせるものは全部どけた。長年使い込んだ壁の隅には、油と埃がうんざりするほど堆積していた。


「こういうのはまず、ヘラでこそぎ取ります。それから洗剤をかけてキッチンペーパーを乗せて」


「あ、しばらく置いとくんでしょ?」


「いえ、時間がないのでこの上からスチームをかけて熱で溶かします」


海山由理恵と息子の卓人たくとが手本を見せてくれる。まるで魔法のようにしつこい汚れが浮いて落とされていく。


「すごっ!気持ちいいね、コレ!」


私と光太郎も同じようにやっていく。


「親子の共同作業と夫婦の共同作業、どっちが上手くいくかな?」


なんて光太郎が呑気なことを言う。


「あのね、親子と言ってもあちらはプロなの、勝てるわけないから」


あーだこーだと言いながら、作業を進めていく。汚れを取り去ったらしばらく乾燥させる。珪藻土を用意して、海山リフォームから借りた道具で塗り付けていく。


「うわっ、見てたら簡単そうなのに、めちゃくちゃ難しい。うまく平らにならないんだけど」


「ホント。波になって筋が入って綺麗にならない」


光太郎と二人、慣れない壁塗りにもたついてしまう。


「いいんですよ、プロじゃないんだし誰かに見せるためでもないんだから。筋も波もそれが味なんですよ。楽しんで塗ってくださいな」


由理恵に言われて、気が楽になった。そうだ、これは自分の家のリフォームだし、失敗しても誰にも迷惑はかけないのだから。


「じゃあさ、ちょっと僕のセンスでわざと模様を入れてもいいかな?」


ニヤリと笑う光太郎。


「いいけど、どんな?」


「こんな!」


そう言うとペタッと壁に手型を付けた。


「いやだ、子どもじゃないんだから。それは夜中に浮かび上がったら怖いからやめて」


「あ、そっか。それもそうだ。じゃあ普通にコレにしとく」


今度は指先と手のひらをつかって、猫の足跡のような模様を付けた。それは床から斜めに上がって行く。


「可愛い!それなら許す」


なんて私と光太郎が遊んでいる間に、他の二面の壁は綺麗に仕上がっていた。


「うわ、さすがプロ。早いし綺麗だね」


「ホントだ。うっすらと模様が入ってるけど、これはオシャレな模様だ」


コテを使って均一に並んだ半円の模様は、まるで機械で書いたようだった。


「ま、これくらいはね」


由理恵がドヤ顔をして見せる。それを見ていた光太郎が目を輝かせた。


「ね、これ教えて。どうやるの?」


光太郎の顔を見ていたら、新しいことを知ることは、いくつになっても楽しいんだと思った。







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