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桜が一緒に寝たいと言ってくれて、すごく嬉しい。
菫のことは、あの場に自分が居ながら本当に不甲斐ないと思った。
もっと早く気づけたら……。
また桜に心の傷を増やしてしまったような気がして。
自分が嫌になる。
その上、そんな目に遭っていたのに、嫉妬を抱いてしまった自分が情けなかった。今、俺の腕に抱きつき寝ている彼女をとても愛おしいと思う。
「桜?」
何も話さなくなった彼女。
ふぅと溜め息が零れる。
しばらくして彼女の寝息が聞こえてきた。
眠れているようで良かった。
彼女の体温が心地よい。今日はゆっくり眠れそうだ。
明日出勤をしたら、蘭子さんに相談をして、直接菫と話をしてみるか。
怒りの感情に流されないようにしないと……。
桜が心配する。
<ごめんな。桜。おやすみ>
寝ている彼女に心の中でそう伝えた。
次の日――。
起きると隣に桜はいなかった。
昨日は、熟睡した。
やっぱり桜が隣で寝てくれると良眠できる。
背伸びをし、リビングへ向かうと
「おはようございます」
彼女はキッチンに立っていた。
「おはよう。昨日はよく眠れた?大丈夫だったか?」
俺より早く寝てたのは知っているけど、夜中もちゃんと眠れたのだろうか。
「はい!蒼さんが隣で寝てくれたから、ぐっすり眠れました」
彼女はニコッと微笑んでくれた。いつもと変わらず笑ってくれる。
「昨日は、本当にごめん」
「いえ。もう気にしてませんから。大丈夫です!」
そう言って食事の準備をしてくれた。
「じゃあ、行ってくるね?」
桜は今日は休み。
俺は出勤するため椿になり、STAR(BAR)へ行くために桜へ声をかけた。
「行ってらっしゃい」
玄関先まで送ってくれ、別れ際にハグをしてくれた。
あぁ。そんなことされると
「仕事に行きたくなくなる」
素直にそんなことを桜に伝えてしまった。
彼女は顔を真っ赤にしながら
「えっ!それは……。嬉しいです!でも……。蘭子ママさんも待っていると思いますし…」
俺の発言に困っているようだった。
可愛くて……。離したくない。
抱きしめながら頭を撫でていると
「あの……。菫さんとケンカしないでくださいね?」
そう伝えてきた。
ケンカ……か。
ケンカで終われば良いんだけどな。
「うん。わかっているよ。でも言わなきゃいけないことはきちんと言わないとね。他のお客さんとのこともあるし」
「はい……」
彼女は不安そうに返事をした。
店(STAR)の中に入ると、何人かのスタッフはもう開店準備をしていた。
「お疲れ様でーす」
声をかけられる。
見渡すと、菫はまだ来ていないようだった。
丁度良い。
「お疲れ様。蘭子ママはもういる?」
「はい。事務所にいます」
「ありがとう」
そのまま狭い事務所に向かう。
蘭子さんには「二人で話したいことがある」と連絡をしておいた。
「お疲れ様です」
売上の管理をしているのか、パソコンに向かっている蘭子さんの後ろ姿に声をかける。
「ああ、椿!お疲れ様。ちょっと待っててね?」
「はい」
開店までまだ時間がある。イスに座って待つことにした。
数分後
「ごめんね。遅くなって。事務所にカギをかけてくるから待ってて」
蘭子さんは立ち上がり、扉には<ただいま入室禁止>の蘭子さん手書きのボードがかけられ、事務所には誰も入って来ないように配慮してくれた。
前に呼び出された時は外だったけど。
「これで大声で話さない限り、あんまり外には聞こえないと思うけど……」
「ありがとう。実は……」
さぁ、なんて伝えようか。一瞬言葉に詰まった。
すると
「椿……。あなたの相談したいことって、もう私、知っているのよ?」
「えっ……?」
もしかして、蘭子さんも気付いていた?
それとも他の従業員からも告発があったのか?
「椿の悩んでいること……。桜ちゃんとの関係でしょ?」
「はっ?」
桜との関係って?俺が無言でいると
「もう!恥ずかしがり屋さんなんだから!!桜ちゃんと一緒に住んでいるのに、キスどころか……。ハグしかしてないんだって?蘭子さんが女心を教えてあげるわ!」
なんだよ、それ。なんで知ってるんだよ。
どうせ蘭子さんに話したの、姉ちゃんだろ。
「ちょっと待って!いろいろ言いたいことあるけど、そういう話じゃないから!」
「えっ。違うの?」
蘭子さんの呑気な顔を見て、ふぅと溜め息が出てしまった。
「実は菫が……」
俺は昨日桜から聞いたこと、菫の接客態度について話をした。
「まぁ!桜ちゃんには怖い思いさせちゃったわね。可哀想に」
俺と桜の話を信じてくれたようだった。
「お客さんにそんなことしているのは知らなかった。でもあの子《すみれ》、勤怠もあまり良くないし、まだ新人なのに調子に乗ってお客さんからクレーム受けたこともあったし。呼び出して注意するわ?そこで直さないようであれば……。辞めてもらうしかないわね。今日出勤予定だから、お店が終わった後に呼び出すから。椿も残ってもらえる?」
「はい」
俺も菫がなんて言うか知りたい。
菫は十分ほど遅刻をして出勤した。
オーナーである蘭子さんは最前線で働いているし、勤務中にはしっかりとした注意ができない。それがわかっているためか、蘭子ママ、他のキャストに謝りもせず自然とフロアーに入って仕事をしている。もちろん俺にも挨拶はなかった。
その日、菫は大きな問題を起こすことなく勤務を終えた。
閉店後の掃除前に
「ちょっと菫。話があるから来てちょうだい。椿も」
蘭子ママから呼び出しがあった。
「みんなは掃除が終わったらいつも通り帰っていいからね。お疲れ様」
他のキャストに蘭子さんがそう伝え、三人で狭い事務所へと向かった。