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ゆずき
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いったい何がきっかけだったのか、よく分からない。
私の肩を抱き寄せたのは、混みあう中、すれ違いざまに他人とぶつからないようにという、彼の気遣いからくるものだったと思う。無言で私の手を繋いだのも、間もなくやってくるバスに間に合わせようとして、自分の後を後れて歩いていた私を急がせようとしたからだろう。
そんな風に、私に対する彼の行動に、納得のいく理由をつけることができたというのに、その日その後から、幼なじみの行動は私の心をいちいち揺らした。
バスを乗り継いで帰路に着き、ようやく私たちの住む街に到着する。
碧斗との外出は、間違いなくとても楽しいものだった。けれど、本人にとっては全くの無意識であったとはいえ、彼の行動の数々によって気持ちを振り回されることになってしまった私は、少々疲れていた。
「詩乃、疲れた?楽しくなかった?」
知らず知らずのうちに、私の口からはため息がこぼれていたらしい。それに気づいた碧斗が心配顔で訊ねた。
私は慌てて笑顔を作る。
「そんなことないよ!とっても楽しかった」
その言葉に嘘がないか確かめるように、碧斗は私の顔をのぞき込んだ。
「本当か?」
私は首を縦に大きく振る。
「ほんとに楽しかったよ!だけど、もしも疲れて見えるとすれば、きっとあれね。久しぶりに結構歩いたからかもしれないわ。普段はデスクワーク中心だから」
答えた内容は決して嘘ではないけれど、本当の理由、つまり、碧斗にどきどきさせられたせいだとは、間違っても言えない。
しかしひとまずはその理由で、彼は納得したようだ。
「それならいいんだけどさ……。ところで、明日は何か予定とか入ってるの?」
碧斗が話題を変えたことにほっとする。
「明日は、夜に友達と飲む約束をしてるよ」
「友達って、大学の時の?」
「うん」
「ということは、昼間は空いてるってこと?もし大丈夫なら、昼飯でも食べに行かないか?」
もちろん嫌ではないが、頷くのをためらった。今日に続いて明日もまた、私に時間を割いてしまって大丈夫なのかと気になったのだ。
「せっかくの帰省なのに、家族水入らずでゆっくり過ごしたらいいんじゃないの?この連休は、おじさんが赴任先から帰って来てるんでしょ?」
碧斗の顔に苦笑が浮かぶ。
「もしかしたら俺ってお邪魔虫なんじゃないか、って思えてくるくらい、毎日二人で楽しそうに出かけているよ。家族水入らずって、いったい何、っていう感じなんだけど?」
「なるほどねぇ。碧斗のお父さんとお母さんは、本当に仲良しだもんねぇ。こっちが照れちゃうくらいに」
「詩乃の両親だって仲がいいじゃないか」
「そうなんだけど、でもやっぱり、碧斗のお父さんとお母さんには負けるよね」
互いの両親の仲良し自慢のようになってしまった。それがおかしくて、私たちは声を上げてあははと笑う。
笑いを収めた後、碧斗はふっと真顔になってしみじみとした口調で言う。
「でも、あぁいう感じっていいなって思うんだ。うちの親たちほどじゃなくても、いつまでも恋人同士みたいな感じでいられる夫婦っていうの、理想なんだよな」
「ふぅん……」
碧斗が言う理想の絵の中にいるのは、例の想い人に違いない。今日は碧斗にどきどきさせられてばかりだったが、勘違いしてはいけないのだと、自分に言い聞かせる。なぜかこの時胸の奥に感じたちりちりとした痛みだって、きっと気のせいにすぎない。
「お互いに、好きな人とそうなれたらいいよね」
私の言葉を聞いて碧斗は一瞬表情を曇らせたが、すぐに微笑みに変えて頷く。
「そうだな」
その後、なぜか碧斗までもが口が重くなってしまい、私たちはしばらくの間、無言で歩いていた。
前方に我が家の屋根が見えてきたところで、碧斗が私に伺いを立てるように問いかける。
「なぁ、少し寄って行ってもいいか?柚乃に手を合わせたいんだけど」
今も柚乃を想っていてくれる彼の申し出が嬉しい。
「ありがとう、もちろんよ。それに、少しだなんて言わないで、ゆっくりして行ってよ。うちのお父さんとお母さんには、昨日も今日も、玄関先でちょこっと会っただけだったでしょ?碧斗が寄って行くって言ったら、お父さんとお母さん、絶対に喜ぶから。そうだ!久しぶりにうちで晩ご飯食べてく?」
しかし碧斗は残念そうな顔をした。
「ものすごく心引かれる誘いだけど、ごめん、今日は遠慮しとくよ。母さんが今夜は寿司を取るって言ってたんだ。だから、次の機会かな」
「そっか。仕方ないね。でも、お寿司かぁ。いいなぁ」
「なんなら詩乃がうちに来るか?父さんも母さんも喜ぶぜ」
「ありがと。でもさすがに、久しぶりの水入らずの食卓の邪魔はできないかな」
「お気遣いありがと」
碧斗はくくっと笑ってから、そう言えば、と思い出したように続ける。
「さっきの返事、まだ聞いてなかったな」
私は首を傾げる。
「返事って、なんだっけ?」
「明日の昼、どこかに食べに行こうって話、しただろ。その返事だよ」
「あぁ、明日のお昼の話ね。私でいいなら付き合うけど……」
彼の想い人の存在が、また引っ掛かる。
「碧斗って、明後日には戻るのよね?」
その人に会わないで戻ることになってもいいのだろうか。
「他の予定は本当に大丈夫?会っておきたい人がいるなら、そっちを優先した方が……」
碧斗は苦笑した。
「本当に大丈夫だよ。もしかして、俺が前に言った好きな人のこと、気にしてる?今朝もそんなこと言ってたもんな。でも、もしもそうなら、その人のことはもういいんだ」
「もう、いいの?どうして?」
腑に落ちない顔をする私に、碧斗は困ったように笑う。
「理由は、そういう機会ができた時に説明する」
「ふぅん?よく分からないわね……」
もういい、というのは、その人を想うことをもうやめたという意味なのか。彼の言葉の意味が気になって首を捻っている私に、碧斗は口調を明るくして宣言するように言う。
「悩ませたお詫びに、明日は俺がご馳走する」
「え?」
「詩乃が行きたい店、どこへでも連れてくよ」
「どこへでも、って……」
それ以上、私に余計なことを考えさせないために言い出したことだと分かった。いつかは話してくれると言っていることだし、と、私は思考するのをやめて、碧斗に向かってにやりと笑う。
「それなら、ちょっとお高いお店に連れて行ってもらおうかな」
ただの軽口だ。碧斗が困るような店に本当に行くつもりはない。
「いいよ。詩乃が行きたい所ならどこだって」
何か特別なことを言われたわけではない。それなのにどきりとしたのは、私を見る碧斗の目があまりにも優しすぎたせいだ。それが私をひどく戸惑わせたことに、碧斗はきっと気づいていない。
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