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ゆずき
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ランチの約束をしたこの日もやっぱり、碧斗は私を迎えに来た。
どこかで待ち合わせをしようと言う私の言葉は、彼にあっさりと聞き流されたのだ。
両親の目に、連日の碧斗の迎えは、私が彼を振り回しているものと映ったようだ。
玄関先で碧斗と挨拶を交わしているところに母がやって来て、碧斗を見るなり申し訳なさそうな顔をした。
「詩乃に無理に付き合う必要はないのよ。せっかくの帰省なんだから、自分の都合を優先してちょうだいね」
碧斗はきょとんとした顔をしたが、すぐにあははと笑い声を上げた。
「その逆だよ。俺が詩乃を無理やりつき合わせてるんだ」
母は疑いの眼差しで私と碧斗を交互に見る。
「本当に?」
「本当だよ」
「……そうなの?まぁ、そういうことならいいんだけど。碧斗君の時間を削っているみたいで、なんだか悪いようだから」
「そんな風に思わないでいいって」
碧斗は母の心配を笑い飛ばし、ペコリと頭を下げる。
「と、いうことで、今日も少し、詩乃を借りるよ」
「いやだわ、頭なんて下げないでちょうだい」
母は苦笑してから、それにしても、と残念そうにため息をついた。
「明日には向こうに戻るんだったわね。できれば夕食でも一緒にしたかったんだけど、今回は都合が合わなくて……。ちょっと残念だわ」
「俺も残念だよ。おばさんの手料理は、また今度の楽しみに取っておくよ」
碧斗は母に笑いかけた後、私を促す。
「さて、そろそろ行くか」
「気を付けて行ってらっしゃい」
「行ってきます」
母に見送られて玄関を出た私たちは、のんびりと歩いて目的の店に向かった。昨夜のうちにいくつか候補にあげておいたカフェレストランだ。もしそこに入れないようなら、次の店に行くことにしていた。しかし、運よく席につくことができた。
食事をすませての帰り道、私たちは他愛のない話をしながら歩いていたが、ふと会話が途切れたところで碧斗が私に訊く。
「詩乃の明日の予定は?」
唐突な問いに、私は戸惑う。
「明日は特になにもないけど……。でも、どうして?明日、碧斗は向こうに帰るんだよね?」
碧斗の声のトーンがほんの少しだけ下がる。
「明日の昼過ぎの新幹線に乗る予定なんだ」
「昼過ぎかぁ……。また何か月かは会えないね」
この四日間、時間の長短に関わらず毎日碧斗に会っていたからなのか、無性に寂しくなった。少しでもいいから明日も顔を見たいと思う。
「見送り、行こうかな」
無意識のうちに言っていた。
そのことに驚いたのは私だけではない。碧斗は私以上に驚いて目を見開いていた。彼は私の顔をまじまじと見つめ、確認を取るように問いかける。
「見送り、来てくれるのか?」
私ははっとした。
「あっ、えぇと、そんなのいらないよね。私、家族でも彼女でもないんだし。あはは。何でもない。今のは聞き流して」
前言を撤回しようとして、私は冗談めかして笑いながら碧斗を見た。
彼も笑っているかと思ったが、真顔だった。
「来られるんなら、来てほしい。こっちを発つぎりぎりまで詩乃の顔を見て、それから向こうに戻りたい」
その言葉に胸が高鳴った。全身に甘い鼓動を感じながら、私は碧斗をそっと見返す。
「何時に駅に行けばいいか、後で教えて」
一拍ほどの沈黙があった後、碧斗は嬉しそうに、うん、と頷いた。
そして、碧斗がこちらを発つ今日、彼に教えられた時間に間に合うように家を出た。駅に着き、彼に指定された場所に向かう。
碧斗は、改札前の広場にあるオブジェの前に立っていた。時折腕時計を気にしながら、辺りに目を配っているのは、私の姿を探しているからだろうか。
彼の元へ向かおうと足を速めた時、モデル並みに背が高い、パンツ姿のスレンダーな女性が彼に近づいて行くのが目に入った。
彼女は碧斗の前に立ち、やたらと親し気に彼の肩を叩いたりしている。
二人の様子に、私はもやっとした。どういう関係なのかは分からないが、一般的に見ても距離が近すぎる。碧斗の方も嬉しそうに笑っているのが、癪に障った。
それから間もなく、女性は去って行った。
その後も、碧斗はしばらくの間、彼女を見送っていた。けれど、彼女が視界から消えたと思われるタイミングで、あからさまにため息をついた。
それを見た私は、少し落ち着きを取り戻した。もしかしたら、女性に向けていた笑顔も態度も、作り物だったのかもしれないと気を取り直して、碧斗の方へ歩き出した。
彼が私に気づいたのは、それとほぼ同時だった。たちまちぱっとした笑顔になり、キャリーバッグを引っ張りながら大股歩きで私の方へやって来た。
「本当に来てくれたんだな。ありがと」
「だって、約束したから」
私はもじもじしながら答えた。碧斗の笑顔が眩しく見えたのは、きっと彼の背後に見えているステンドグラスを通して差し込む光のせいだ。
「電車の時間まで、あんまり余裕がなかったね。もう少し早く待ち合わせして、お茶でもすれば良かったかな」
「それも考えないではなかったんだけどね。でもそれをしたら、向こうに戻りたくなくなりそうだから、やめたんだ」
「どうして」と訊ねようとしてやめたのは、実は心のどこかで期待している答えが碧斗から返ってこなかったら、たぶん、いや、きっと、切なくなってしまうからだ。