「えー、皆さんこんにちは。僕が『もっくん』です。僕は1年生なのにトリに組み入れられてしまってとても緊張してます。バンド名もなんか、ねぇ……?おもしろいでしょう。これ全部ベースの高野さんのせいです」
どっと笑い声が上がる。高野さんが一歩前に出て、照れたように手を振ってみせる。
「僕がどうしても学祭に出たいって駄々こねたら、その我儘に付き合ってくれると言い出してくれた変わり者たちがこのメンバーです。今日は僕らが最高のステージをお届けしますんで、えーと、楽しんでってください」
それでは、と言って、最近人気のJロックバンドのヒット曲の曲名を述べる。わぁっとひときわ大きい歓声が上がる。映画の主題歌となったことで知らない人はいないであろうこの曲で場を盛り上げるだけ盛り上げる。ただの上手いカバーなんて思わせない。俺たちの音を生かしながら、最大限に楽しませる。
久しぶりの感覚だった。高野さんのベースが、綾華のドラムが、若井のギターが、藤澤さんのキーボードが、俺の声が、確固たる色としてそこにありながらひとつの完成した音となり、観客に触れ、入り込み、反応に繋がっていく。あぁ、そうだ。この感覚だ。俺はこれが楽しくて、気持ちよくて、たまらなく好きだった。自分たちで作り上げる音が、誰かの記憶に、感情に、干渉する。
何度も重ねてきたどの練習の時よりも、1曲の流れが速いように感じた。あっという間に1曲目が終わる。割れんばかりの歓声と拍手。背中は汗でびっしょりだ。次は例のオリジナル曲。どんな反応が返ってくるのか。いまは怖さよりも楽しみのほうが勝っていた。
曲名を伝え、演奏が始まる。オリジナル曲だと伝えると少しつまらそうな顔をした観客もいたが、曲が始まった途端にその目つきが変わる。アップテンポで派手に始まる前奏、何がこれから始まるんだと観客はその音に、俺らの演奏する姿に釘付けになる。そこでぴたりと止まる楽器の音。打って変わって穏やかに緩やかに歌が始まる。なるべく遠くまで、届くように。伸びやかなハイトーンで紡ぐ。息を吞んで聴き入る観客。ふっ、と俺が息を吸った瞬間が合図だ。転調。激しいサウンド。負けないように、共鳴するように、歌う。ドラムの音が心地よく足元から響く。
綾華は本当に楽しそうに、愛でるように、ドラムを叩く。普段は感情をあまり表に出さない彼女だけど、ドラムにはきらきらとその感情が音にのる。あぁ、高野さんのベースって、本当に頼りになるんだよなぁ。普段あんなおちゃらけてるくせに。走りそうになっても、彼のベースが引き戻してくれる。目が合うと、任せろというように微笑んでみせる。お、今のギターのフレーズ、練習で泣いていたところちゃんと弾き切ったな。思った通り、若井は得意げに俺に笑いかけてくれる。右後ろに目線を遣る。藤澤さんは本当に音が好きで愛しくてたまらないというように奏でる。目が合う。彼はにっこりと妖艶に微笑む。普段からにこにこしている藤澤さんだけど、演奏中の彼のこの笑みが好きだ。……あの日、あのピアノ室で同じように微笑む彼を見たときから。
観客のほうへ向き直る。興奮で歓声を上げる人。呆気にとられたように聴き入る人。泣いている人もいる。誰も置いていかない、置いていかせなんかしない。ついてこい、俺たちの作る音楽に。
曲が終わった時、おそらくその場にいた人間の中で興奮の熱に浮かされていない者はいなかった。ワンテンポ遅れて、圧倒的な歓声が俺たちを包み込む。誰かが「アンコール!」と叫んだ。それを皮切りに、アンコールを求める声が伝播し、会場一帯がそれに包まれる。同じように興奮に当てられてほうけていた司会者が
「……あっ!この後の演目がありますので、アンコールはなしです!皆さんありがとうございました!」
と慌てて俺たちに退場を促し、半ば強制的にステージから退場させられる。俺たちがステージ裏に降りてもしばらくアンコールを求める声は止まず、会場は一時混乱状態となった。
「めちゃくちゃよかったよ~!」
詰めかけたサークルの先輩や同期たちが口々に褒めてくれる。
「は~私も恋したくなった~」
「恋?」
女の先輩がうっとりとした表情でため息をつくのをきいて、思わずきょとんとして聞き返す。
「だって、あんなに優しくて、でも情熱的で、切ないラブソング!詩に直接的な表現がないのにそれと分かるってのがもう天才だよね」
で?ぶっちゃけ誰思い浮かべながら作ったのよ~?と揶揄うように肩を小突かれ、俺は呆気にとられる。恋の歌?あのメロディーは、藤澤さんとセッションした記憶から「こんな音楽があったらいいのに」と思って紡いだもの。あの詩は、藤澤さんと二人で乗った長野から帰る新幹線の中で、流れる景色を目で追いながら隣で楽しそうに話す彼の声を思い出しながら綴ったもの。
そう、あの曲は、藤澤さんを想って作った曲といって相違ないのに。
俺はそれを自覚した途端慌てて後ろを振り向いた。しかし、一緒にステージを降りてきたはずの藤澤さんの姿はそこになかった。
「藤澤さんは?」
横にいた若井に焦って問いかけると、彼もあれ、というように辺りを見回す。
「トイレにでも行ったんじゃない?」
「俺、探してくる」
「あ、ちょっと……」
若井の制止も聞かずに俺は走り出した。いま自覚したこの想いを、とめどなく溢れるメロディーを、伝えたかった。聴かせたかった。
「藤澤さん!」
人ごみから離れた講義棟の壁に寄りかかって空を見上げている彼の姿を見つけて、俺はその名を呼んで駆け寄った。
「大森君」
お疲れ様、と藤澤さんが笑う。その表情はどこか儚げで、まだライブの余韻から抜け切れていないのかもしれない。
「藤澤さんもお疲れさまでした。気づいたらいなくなってたから、探しましたよ」
「ごめんごめん、なんかこの高揚感……浮遊感、かな。手放すのが惜しくなっちゃって」
そういってまた藤澤さんはぼんやりと空を見上げる。
「いいライブだったね」
藤澤さんの言葉に俺も勢いよく頷く。
「藤澤さんが協力してくれなかったら実現できなかったです、本当にありがとうございました」
「ううん、こちらこそ。すごく楽しかったんだ。誘ってくれてありがとう」
今だ。言わなきゃ。俺と正式にバンドを組んでほしいって。そして……あなたのことが好きなんだって。
「あの、」
「本当に、最後にいい思い出ができてよかった」
「……え?」
最後?思わぬ言葉に、頭が真っ白になりぽかんと彼を見つめる。
「ほら、今年の夏休みは教育実習があるし、来年の5月の教採に向けて勉強しなきゃいけないから、サークルも前期で引退しようと思ってたんだ。本当、最後にこんな素敵な思い出ができて僕は幸せ者だよ」
ありがとう、と藤澤さんが笑う。俺は何も言えずにただその場に立ち尽くした。
※※※
ようやく想いを自覚したもっくんです。
長かった……!!
コメント
8件
なんか感動しちゃった🫶
わ~もう鳥肌たっちゃいました! やばい表現力、、、 もっくんが今後どうするかも気になりますね!
ライブシーン、本当に音が聞こえてきそうでした🥹✨ やっと自覚したのに!でもこれからの展開も楽しみです🤭♥️💛