打ち上げ会場の居酒屋はライブ会場そのままの熱気に包まれ、みなライブ後の興奮をアルコールで増長させた状態であれやこれやと騒ぎ立て合っている。
「いや~、でもやっぱ今年はトリだよ、トリ」
「全部持ってかれたもんなぁ~」
「いや、あれはすげぇよ、仕方ない。逆にトリでよかったよ。俺あの後にやりたくねぇもん」
話題は俺たちのバンドのことで持ち切りだ。中には面白くなく思っている人たちもいるだろうに、それを明らかに態度に表してくるような人がいなくて、助かった、と思った。いま、そういったマイナスの感情に当てられたらとてもじゃないけどやりきれない気分だった。
「涼ちゃんにサポ断られたときは正直不満に思ってたけど今日のあれ聞かされたら納得だわ~」
前にサー室で藤澤さんにサポをお願いしていた女の先輩がうんうんと頷いて見せる。
「学祭出るための仮バンドだって聞いてたけど、今後どうするの?今回だけじゃもったいないでしょ!」
と聞かれて、俺は返答に詰まる。
結局俺は、藤澤さんに自分の気持ちもバンドのことも伝えることができなかった。あの後、俺たちを探しに来た若井に声を掛けられるまで、俺たちはただそこに「静」を共有しているしかなかった。俺はただぼんやりと藤澤さんと共に少しずつ赤に染まっていく空を眺めていた。
「機材とか撤収しろって言われて」
呼びに来た若井は俺の様子に何か感じ取ったのか、何か言いたげに口を開きかけた後、思い直したように俺の肩を叩いた。小声でそっと耳打ちする。
「俺にできることがあったら後で言え。とにかく今は動こう」
藤澤さんもようやく現実に引き戻された様子で
「キーボード!回収してこなきゃ」
と言って慌てた様子で駆けていく。俺はその背中を目で追いながら
「若井、今日マジでありがとう」
と横で心配そうな顔をしている彼に話しかける。
「高野さんと綾華にも礼言ってこなきゃ……なんも言わずに会場離れちゃった」
ふらふらと歩き出した俺の様子を見かねて、若井が声をあげる。
「元貴ッ!どうしたんだよ、らしくもない。ライブ終わりにも余韻なんか浸ってる暇ねぇってくらいに先を先を見ているのがお前じゃんか!なんでそんな終わりみたいな」
「藤澤さん、これでサークル引退するつもりらしいんだ」
若井の言葉を遮るように放った俺の声は少し震えていた。変だな、と喉に触れる。ライブで喉壊したことなんかないのに。
「まぁでももともと仮バンドだったし。とりあえず学祭出れたから目標は達成だろ?俺たちの名前も顔もこれで売れた。お披露目ライブもあるし、同期で組みたいってやつが押しかけてくるぜ。いやぁまいっちゃうよなぁー。でもこれでうまいこと同期組で組めたら引退までメンバーには困らずコンスタントに活動できるもんね。どっちにしろ藤澤さんだけじゃなくて高野さんも来年卒業だし。綾華だって学年1個上だから俺らより先に引退しちゃうし。早いとこ同期でいいやつ見つけて……」
「元貴ッ」
箍が外れたように一人でしゃべる俺の肩を力強く若井が掴んで揺さぶる。
「お前はそれでいいのかよっ」
若井のまっすぐな瞳に刺されて、俺は自分でも目が泳ぐのが分かった。
「若井……」
ぶわりと目頭が熱くなる。
「俺、今日めちゃくちゃ楽しかった。久々に生きてるって思った」
うん、と若井が力強く頷く。
「俺の生きてく場所はここしかないって。あの中で思ったんだ。そこにはお前のギターがあってほしい。ううん、若井のギターじゃなきゃダメだ。あの『場所』だ。高野さんのベース、綾華のドラム、藤澤さんのキーボード」
見開いた目から熱いものがあふれて頬を伝っていく。声が震える原因なんてもうとっくに分かっていた。
「全部ほしい。ねぇ、俺は欲張りかな」
若井の瞳も涙で濡れている。彼の瞳の中には情けなく涙を流す俺の姿が映っている。
「欲張りかもな」
彼は笑う。
「でも、それが大森元貴だろ。あれもやってみたいこれもやりとげたい。それが済んだらもう次の『やりたい』がお前にはずっとあった。そうやってあの頃の俺たちは進んできた」
だからさ、と若井は続ける。
「欲張りでも我儘でも、無謀じゃないんだよ。ほしいもんがあんなら、手に入れに行こうぜ、俺たちで」
堪えきれずに嗚咽を漏らす俺を、若井は力強く抱きしめた。
―――
「あー、でも綾ちゃんはいいけど後二人は活動できる期間かなり限られてるしねぇ」
先輩の声に現実に引き戻される。そうですね、と俺は曖昧に笑ってみせる。そこにタイミングよく綾華が片手にビール、片手に焼き鳥というなかなか印象強い状態で現れた。
「呼ばれた気がした~」
「違うけど……まぁちょうど良かった。お礼も言いたかったし、相談したいこともあったんだ」
俺たちが話し始めたのを見て、周囲の話題もほかのことに移っていく。彼女のジョッキにビールはほとんど残っていないが、顔色も態度にも変わりがない。単純に見た目に出ないタイプなのか、強いのか。
「終わった途端に涼くん追いかけてったもんね。伝えられた?」
「え?」
バンドを正式に組みたいと思っていたことがばれていたのだろうか。でもそれなら話が早い。
「なんだ気づいてたのか、それなら相談なんだけど」
「え、私に相談するの?力になれるかな~」
眉根を寄せる綾華。俺はう、と言葉に詰まる。
「忙しいとは思う。でも綾華じゃなきゃダメなんだ」
縋るように彼女を見つめると、戸惑ったように彼女も俺を見返す。
「え~、でも私いうほど涼くんのこと知らないよ」
ん?と俺は首を傾げる。
「待って、いま藤澤さんは関係ないんだけど。何の話?」
「え?もっくんが涼くんのこと好きって話じゃないの?」
はぁ?!と大きな声を出してしまい、周囲の注目を集めてしまう。すみません、何でもないんですと慌てて周りに向けて首を振る。
「待ってよ、なんでそのことを」
「だって分かりやすいんだもん……正直初めて会った時から察してはいたよ」
嘘だろ……俺が自覚するよりずっと前だ。前からそんなに分かりやすかったてことか。
「でも涼くん鈍いから全然気づいてなかったでしょ」
「たぶんね……俺も今日自覚したとこだし。ていうか伝えられたかどうかっていうのがその話だったら伝えれてない」
なぁんだ、と彼女は肩を落とす。
「じゃあ相談って何?」
あぁ、それなんだけど、と俺は軽く咳払いをする。
「俺と正式にバンドを組んでほしいんだ」
コメント
8件
ひろぱとの会話は感動しました( ߹ㅁ߹)涼ちゃんが引退するって聞いて読んでる自分もビックリしました! これからどうなるのか楽しみです(*´꒳`*)
若井とのやりとりのとこ、こっちまで泣きそうになりました😭 ほんと、感情の盛り上がりとかの描写がうますぎて、ひきこまれます、、、
うひゃぁぁあ!!あやちゃんはやっぱ気づいてたよね笑