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「さて、オーバル子爵、今回何故呼び出されたのか、君は理解しているか?」
「いいえ、皆目見当もつきません」
玉座の間にて、国王様はオーバル子爵のことを冷たい視線で見つめていた。
質問に対して、オーバル子爵は汗を流している。何故呼び出されたのか、理解していないという訳でもなさそうだ。
それは当然のことだろう。モルダン男爵家とラウヴァット男爵家に対して謀殺を仕掛けて、その直後に呼び出されたとなれば、焦らない訳がない。
「オーバル子爵、何かしらやましいことがあるというなら、是非とも君の口から聞かせてもらいたいものだ。最後まで白を切るなどという考え方はやめておいた方がいい。それは君の立場を悪くするだけだ」
「……何を仰っているのか、私には理解できませんね。やましいことなど、何もありませんから」
「そうか」
国王様は、オーバル子爵に対して最後の確認をしているようだった。
といっても、今回の謀殺はまず死刑だ。罪を自ら告白しても、特に結果は変わらないだろう。
それをわかっているからこそ、オーバル子爵はしらを切ったのだ。国王様が、何も把握していないことに彼は賭けているのだろう。
「それなら、私からお前の罪について話すとしよう」
「ぬなっ……!」
先程にも増して冷たい目をする国王様に、オーバル子爵は怯えていた。
もちろん、彼ももうわかっているだろう。国王様が全てを知っているということを。
オーバル子爵の顔は、どんどんと青くなっていっている。そしてこの場にいるもう一人の当事者も、困ったような顔をしている。
「父上、少しよろしいでしょうか?」
「アヴェルド、どうかしたのか?」
「オーバル子爵の罪など、別によろしいではありませんか。私とネメルナ嬢の婚約のことをお忘れですか?」
アヴェルド殿下は、割ととんでもないことを言い出した。
自分の婚約者の父親だから罪を見逃せ、彼は暗にそう言っているのだ。
もちろん、彼自身も無茶だということは理解しているはずである。なりふり構っていられないということだろうか。
「アヴェルド、今回のことはそれと密接に関係していることだ。それはお前自身が、一番よくわかっていることだろう」
「……何のことだか」
「お前も自身の罪を認めないつもりか? どうやら私は、育て方を間違えたようだな……」
国王様は、どこか遠くを見つめていた。
やはり息子であり王太子でもあるアヴェルド殿下の愚行に、心を痛めているのだろう。
しかし国王様は、すぐに真剣な顔に戻った。既に決心は、ついているということだろう。
「オーバル子爵、お前はモルダン男爵、及びその娘であるシャルメラ嬢、さらにはラウヴァット男爵を暗殺したな?」
「な、何を仰っているのやら……」
「とぼけても無駄だ。こちらは既に証拠を握っている」
国王様の言葉に、オーバル子爵はまだとぼけようとしていた。
それは彼に残された道が、それしかないからだろう。
ただ、それは無駄な努力である。この状況で、国王様が許してくれるはずもないのだから。
「証拠ですって?」
「お前が雇った暗殺者は、なんとも程度が低い者だったようだな。お前に頼まれたことを、全て話してくれたそうだぞ?」
「そ、そんなものは虚言でしかありません。私からしてみれば、身に覚えがないことです」
「ほう? それならお前は、二人の暗殺者が何故オーバル子爵家の名前をあげたのか説明できるのか?」
「そ、それは誰かが二家に暗殺者をけしかけたからでしょう。いざという時には、私の名前を出すように打ち合わせていたまでのことです」
オーバル子爵は、必死に弁明していた。
彼が雇った暗殺者は、そこまで良いものではなかったようである。どのような交渉があったかは知らないが、依頼主の名前を明かすなんて持っての他であるだろう。
そしてそういった者達は、得てして自分のことしか考えていないものだ。いざという時の保身のために、何かしらを残しているだろう。
「それならば、この契約書も偽装と言いたい訳か」
「契約書?」
「あの二人は、それぞれ嬉々として見せてくれたそうだぞ? この契約書には、オーバル子爵の名前が確かにあるとな」
「ぎ、偽装です。偽装ですとも」
「既に鑑定は終わっている。間違いなく、お前の筆跡であるそうだ。もっとも、お前はそれを認めるつもりなどないのだろうが」
国王様は、忌々しそうに吐き捨てていた。
それはオーバル子爵の態度が、みっともないものであるからだろう。
断固として罪を認めない彼からは、貴族としての最低限のプライドすら感じられない。もう少し潔さというものがあれば、国王様の態度も違ったことだろう。
「迂闊なものだな。もっともお前にはこの程度の暗殺者を雇うのが限界だったということか」
「わ、私は……」
「これが確固たる証拠であることは言うまでもないことではあるが、状況的な証拠についても話さなければならないか」
そこで国王様は、ゆっくりとため息をついた。
それは息子のことについて、触れなければならないからだろう。それは国王様にとっても、それなりに苦しいことではあるはずだ。
「アヴェルド、お前はオーバル子爵家のネメルナ嬢、モルダン男爵家のシャルメラ嬢、ラウヴァット男爵家のメルーナ嬢、その三名と関係を持っていたそうだな?」
「な、何のことだか……」
国王様はアヴェルド殿下の方を向き、淡々と事実を指摘した。
それに対して、アヴェルド殿下は焦っている。当然のことながら、それらは知られてはならないことだからだろう。
ただ、そんな彼以上に表情を変えている者が、この場には一人いた。
それは現在、アヴェルド殿下と婚約関係にあるネメルナ嬢だ。
彼女は目を見開いている。信じられないというような表情だ。やはりネメルナ嬢は、その事実について何も知らないらしい。
「見苦しいぞ、アヴェルド。お前には王家としての誇りすらないのか?」
「王家としての誇りを持っている私が、三名もの女性と関係を持っていたりする訳がないではありませんか。そんなことは、父上だってわかっているはずです」
「……仕方ないか」
アヴェルド殿下の言葉に、国王様はゆっくりと手を上げた。
その手は取りたくなかったのだろう。それは表情からよく伝わってきた。
その合図によって、玉座の間には一人の女性が現れた。それは私もよく知っているメルーナ嬢だ。
「メ、メルーナ、どうしてここに?」
「……メルーナ嬢、君に一つ問おう。先程私が言ったことに、間違いはないか?」
「はい。間違いありません」
メルーナ嬢はアヴェルド殿下のことを一瞥することもなく、国王様の言葉に応えた。
それに対して、アヴェルド殿下は焦ったような顔をしている。彼は恐らく、隣にいるネメルナ嬢の視線など気付いていないだろう。
「それだけではありません。アヴェルド殿下は、私達との関係の対価として、それぞれの貴族の税に関して融通を効かせていました。彼は自分の欲望のために、その権力を利用したのです」
「そ、そんなことは真っ赤な嘘だ! 父上、その女は私を嵌めようとしている。これは陰謀です!」
「見苦しいぞ、アヴェルド」
「あうっ……」
必死に弁明していたアヴェルド殿下だったが、彼の勢いはすぐに収まった。父親である国王様の鋭い視線に、耐えられていないようだ。
二人の親子関係について、私はよく知っている訳ではない。ただ、アヴェルド殿下は父親に逆らえるようなタイプではないようだ。明らかに委縮している。
ただ私は、そんな彼の隣にいるネメルナ嬢のことが気になっていた。彼女はずっと、アヴェルド殿下を見つめている。その視線は、とても鋭い。彼女は一体、何を考えているのだろうか。
「アヴェルド、今回の件はお前の奔放さが原因ともいえる。オーバル子爵には当然罰を受けてもらうが、お前にも覚悟してもらう」
「父上、お許しください。僕はただ……」
「黙れ! この愚か者めが!」
「うぐっ……」
国王様は、アヴェルド殿下に対して大きな声を出した。
すると殿下は、黙り込んでしまう。父親のことをかなり怖がっているようだ。
最早、アヴェルド殿下が罪を認めずとも関係はなさそうである。国王様は、確実に鉄槌を下してくれるだろう。
「……アヴェルド殿下、どういうことですか?」
「……え?」
「国王様が言ったことは、嘘ですよね?」
すっかり委縮したアヴェルド殿下は、隣にいるネメルナ嬢からの言葉に呆気に取られていた。
しかしその冷たい声色を察したのか、すぐに後退る。ネメルナ嬢が、怒っているのがわかったのだろう。
彼女からしてみれば、愛するアヴェルド殿下が浮気していた訳だ。しかも、それによって起こったことによって自分の父親が追い詰められている。まったく持って、訳がわからない状況であるだろう。
その怒りは、アヴェルド殿下に向けられることになったらしい。
それは私達からしたら、好都合だ。彼はいくら責められても、責められ足りなくらいだからだ。
「アヴェルド殿下は、私のことを愛してくださっている。そうですよね?」
「そ、それはもちろん、そうだとも。僕は君のことを愛している」
「他の女性と関係を持っていたのですか? リルティア嬢のことはともかく、他の女とも……」
「それは……」
アヴェルド殿下は、国王様の様子を伺っていた。
しかし当然のことながら、彼が助けてくれるはずもない。冷たい視線を向けているだけだ。
それからアヴェルド殿下は、改めてネメルナ嬢の方を見た。ただ彼女も、鋭い視線を向けてきているだけだ。
「……そんなに怒ることでもないだろう!」
「……え?」
「君は、僕という王太子と関係を持てた。それだけで充分だろう。夢を見られたと思えば良かったんだ。君が余計なことをしなければ……こんなことにはならなかったんだ!」
アヴェルド殿下は、ネメルナ嬢に対して逆ギレしていた。
その様子は、なんともみっともない。私も思わず、表情を歪めてしまうくらいだ。
そもそもの話ネメルナ嬢も、私との婚約の際に別れるべきだった訳ではあるのだが、それでも彼女の愛が真剣なものだったことは事実である。
それをアヴェルド殿下は、切り捨てた。彼の方には、愛などはなかったということなのだろう。ネメルナ嬢は、彼にとっては都合が良い存在でしかなかったのかもしれない。
わかっていたことではあるが、アヴェルド殿下は最低の人間であるようだ。
「大体、君はいつも勝手だ。僕の意見も聞かずに王城に来たり……何を考えていたんだ? そんなことをしたら、僕達の関係がばれるというのに」
「ばれることが、そんなに不都合だというのですか?」
「当り前だろう。君みたいな子爵家の令嬢に本気な訳がないだろうが! 君は頭も悪いし、次期王妃の器じゃない」
アヴェルド殿下は、口汚くネメルナ嬢を罵っていた。
当然のことながら、私も彼女にはいい印象は抱いていない。彼女がやっていたことも、充分罪深いことだといえる。
ただアヴェルド殿下の言葉は、ひどいものだと思った。そもそも彼は、ネメルナ嬢よりも罪深い人だ。よくそんなことが言えたものである。
「この際だから言ってやるが、君に対して愛情なんて抱いていなかったさ。愛し合っていたなんて冗談じゃない……独りよがりな女め!」
「……」
アヴェルド殿下は、やけになっているのだろう。ネメルナ嬢に対する本音を、全てぶちまけていた。
その言葉に、彼女は震えている。流石にこれだけ罵られたら堪えるだろう。
そう思っていた私は、眩しい光に思わず目をそらすことになった。その光がネメルナ嬢の手元から出ているものだと気付いたのは、少し遅れてからのことだ。
「許さない……」
「え?」
「私の心を弄ぶなんて……許さない!」
「……うっ!」
私が気付いた時には、既にことが起こっていた。
アヴェルド殿下の胸には、ナイフが突き刺さっている。
二人は隣り合っていたため、躱す術も誰かが割って入る隙もなかった。その一瞬の出来事に、周囲は呆気に取られてしまっている。
「……ネメルナ嬢を拘束しろ!」
ただ、硬直していたのも一瞬のことではあった。
国王様がすぐに指示を出し、ネメルナ嬢は拘束されていく。
彼女の目には、光が宿っていない。裏切られたことによって、衝動的に刺してしまったということだろうか。
「あがっ……僕は、僕はっ……」
いやそもそもの話ではあるが、彼女がナイフを持っていたのも不可解だ。
もしかしたら、こうなることをある程度予測していたということだろうか。アヴェルド殿下のことを信じているようで、信じ切れていなかったのかもしれない。
「ど、どうして僕が、こんな目に……う、ぐっ」
ネメルナ嬢が何を思っていたのかは、わからない。
ただ、彼女の行動によって起こったことは一大事である。
ゆっくりとその場に倒れて、動かなくなったアヴェルド殿下を見ながら、私はこれからのことを考えていた。色々と面倒なことになりそうだ。少々億劫である。
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