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「は? 結婚してなかった?」
「うん。実は……」
「え”。どういうこと? お父さんにわかるように説明してくれ」
翌日の仕込み中。私は父に事の顛末を話した。彼はしきりに顎の髭を触っている。驚いた時やどうしていいのかわからなくなった時に出る癖だ。
結婚式はいつだ、としつこく聞いてきたので、睦月君とは結婚していなかったことを伝えた次第。
「なんだそのややこしい話は…」話を聞き終えた彼は顔をしかめた。
「お父さんにだけは言われたくないんだけど」
「それもそうだな」
あっさり納得しないで~!
「お父さんは睦月君とお前が結婚してくれて、チョー嬉しかったのになんということだ。ぬか喜びだったなんて!!」
「お父さんは反対じゃなかったの?」
「当然だろう。息子のように可愛がっていた睦月君が帰って来てくれて、佑里香と恋仲になるなんて、最高じゃないか」
はっはっは、と父が笑った。そんな…簡単なものなの?
「彼はいい男だ。佑里香を幸せにしてくれるだろう。なにを悩む必要がある?」
言い切られるとなにも言葉がでなかった。
「さっさと入籍すませちゃえば、結果、睦月君と結婚できるならそれでよくないか?」
そういう問題~?
「まあ、心配しなくてもなるようになるだろ。お試しとかのんびりしたこと言ってないで、早いこと結婚してくれた方がお父さんは安心だ」
「そんなもの?」
「睦月君は特別じゃないか。もとから家族みたいなものだし、なにか問題でも?」
「いや……」
「それに、株で大損したお父さんを助けてくれたんだ。いいところに住んでいるし、男はなんてったって甲斐性! お金で苦労しなくてすむだろ。願ったりかなったりじゃないか。さっさと結婚しろ」
「えええ……」
「佑里香。今は美人で引く手あまたかもしれないけれど、選り好みしていたら、いき遅れるぞ」
「大きなお世話! それに、私は折り紙の仕事があるのよ。忙しくて相手を探している暇なんかないのは、お父さんがいちばんよく知っているじゃない!」
「だったらなおさら睦月君でいいだろ。なにを悩む必要が?」
「それは……そうだけど……」
「だろ? 善は急げだ。昼休みにでも役所に行って、預かったっていう婚姻届け出してこいよ」
「もうっ。そのタイミングは自分で決めるわ。一生に一度のことなのに」
「睦月君のなにが不満なんだ?」
「ふ、不満なんて……」
「問題ないなら先延ばしにせず、さっさと決断しろ。それが吉ってもんだ」
父はニカっと笑った。人の気も知らないで!
父との話は一方的に私が終了させ、お弁当を仕込んだ後、通常営業用の準備に取り掛かった。最近開店時間の30分前から行列ができる。かつての賑わいを取り戻した折り紙の姿がそこにあった。
ぜんぶ、睦月君のおかげよね。
恩返しをするために結婚っていうのも違うし……。
結婚していないってわかった時はすごくショックだったし。
やっぱり私、睦月君のことが好きなのかな?
わからない。気持ちが迷子になっている気がする。
「いらっしゃいませ~!」
お父さんの軽快な声が聞こえて我に返った。開店だ。持ち場に着かなきゃ。
定食スタイルだから仕込んでたくさんお皿は並べてあるけれど、次々になくなっていくから追加で作らなきゃ。私は主に焼き場を担当しているので、ほとんど玉子焼きを焼く係となっている。
どんどんオーダーが入り、忙しくなってきた。
用意していたお皿もあっという間になくなっていく。
ありし日の折り紙の姿を、もう一度見ることができるなんて思わなかった。
お店に来てくださっているお客様のために、おいしいご飯を作ろう!
この店で働くのが好き。
笑顔でご飯を食べてくれるお客様が好き。
折り紙で働いていると、あっという間にいちにちが終わっていく。
今日も無事忙しいのを乗り切り、閉店準備をしている所だった。看板を片づけている私に馴染みのある声が聞こえてきた。
「よお姉ちゃん」
少し前までうちの店を荒らしにきていたチンピラのうちのひとりだった。
アロハシャツを着て、ハゲた頭の人だ。目は血走っていてかなり怖い形相をしている。
「あ――もがっ」
叫ぼうと思った瞬間、ぐい、と頬を掴まれた。ものすごい力で羽交い絞めにされ、店の裏側の路地の隅に連れ込まれた。ここは住宅街で裏通りに位置するため、午後18時を越えるとほとんど誰も通らない。表通りは人の出入りがあるけれど、裏側は……。
「よくもやってくれたなぁ」
器用に左手からナイフを取り出し、私の頬にピタピタと当ててくる。ひやりと冷たい刃物の感触がダイレクトに伝わってくる。
怖くて声も出なくて、カタカタと震えた。
「ひひっ。よく見たら美人でうまそうだな」
恐怖におののく私の顔をまじまじと見つめ、べろりと舌なめずりをする。
「どうやって調理してやろうか――あがっ」
顔を近づけてきていた目の前のチンピラは、下から突き上げたなにかに顎を打たれ、吹っ飛んだ。見ると睦月君だった。
「お前、佑里香さんを脅すなんていい度胸してるなぁ」
冷たい目をした睦月君は、地面に転がった彼を蹴り上げた。
「おごっ」
彼は股間を押さえてうずくまった。
「彼女を怖がらせた罪は重いよ。覚悟しておいてね」
睦月君が電話一本かけると、例の目つきの鋭い秘書の方が飛んできて、チンピラを担ぎ上げて行った。大変力持ちの様子。
腰の抜けた私はその場でへたり込むしかできなかった。
コメント
1件
うわ、今回も盛りだくさんでしたね。父娘の掛け合い、めっちゃリアルで笑っちゃいました。お父さんが「ぬか喜びだった!」って嘆くところ、でも「息子みたいに可愛がってた睦月君と結婚してほしい」って言い切るのがもう完全に「いい人すぎる義父」ポジションで微笑ましかったです。でも佑里香さんの「好きなのかな…?」って迷い、そこに最後のピンチ→睦月くんの颯爽登場で一気にヒロインムーブ。冷たい目で「彼女を怖がらせた罪は重いよ」って…かっこよすぎません? 次、どうなるのか気になりすぎます!