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「ご、ごちそうさまでした……」
「はいはい」
深々と頭を下げる真衣香の頭を八木が財布でペチペチと叩いた。
昼休みに連れ出される時も毎回そうなのだが、今回も予想どおりと言おうか。八木は会計時、財布を手にしていた真衣香の頭を押さえつけるようにして「いつもいらねぇって言ってんだろ、覚えろ」とぶっきらぼうに言い放ったのだ。
だから深々と頭を下げるに至ったわけで。
(か、借りを返すとは一体……)
真衣香の疑問などお構いなしに、店の横に停めた車に乗り込むまでのほんの少しの距離。八木は、また当たり前のように真衣香の手を取って、握りしめた。
指を絡め合うようにして、肌に触れる。
その手を振り解けないのは、何故だろう。
(ダメなのに、じゃあこの手を振り解いてどこに行きたいって言うの?)
その答えから逃げている結果が、今の身動きが取れなくなってる自分だと真衣香は知っている。
揺れている自分を理解している。
本当は、坪井がくれた言葉たちを……全て偽物だったと言い聞かせては、もしかして。を捨てきれない自分に、気がついているのに。
(認めたくない、怖いから…)
「お前、手ぇ冷たいな。アイスコーヒーなんか飲むからだろ」
八木の声にハッとして、真衣香は慌てて返した。
「ホットだとよけいに苦い気がするんですもん」
「じゃあコーヒー飲むなよ、あれは苦いもんだって言ってんだろ」
いつも八木には論破されてしまう。少し不貞腐れて黙り込むと、隣で八木が小さく笑った優しい声が聞こえた。
優しければ優しいほどに、やっぱり胸が痛い。
車に乗り込むと、すぐにエンジンをかけた八木は、前を向いたまま走り出す。
車の走行音だけが響く車内で真衣香はゆっくりと口を開いた。
「八木さん、今日は、ありがとうございました」
とりあえずお礼を言ったなら「は?」と。
お前バカなのか?って続いてきそうな声で短く返されてしまう。
何を間違えてしまったのか全くわからずに、真衣香もつられて「は?」と返してみたけれど。
「誰がもう帰っていいって言ったよ。まだ付き合え、話があるから」
「話?」
「そう、そんな長くなる予定ないから、多分」
予定とか、多分とか。八木はいつも曖昧な言葉をあまり使わない。会話の最後は言い切ってくることがほとんどだから、真衣香は迷わずに返事ができていたのだろう。
内心不思議に思いながらコクリと小さくうなずいた。