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「直弥、もうちょい左!哲太、そのまま顔寄せて〜」
玲の声がスタジオの空気に軽快に響く。白を基調にした撮影ブースは、柔らかな自然光が差し込む窓と、ライトの反射でやさしく輝いていた。カメラの三脚はしっかり固定され、まさに“TikTok映え”の空間が完成している。
玲の指示はいつも的確?で、誰よりも撮影センスがある。でもその無邪気さが時に暴走し、“ギリギリアウト”な演出が飛び出すのも、いつものこと。
今日の撮影テーマは、トレンドの「恋人っぽい距離感」チャレンジ。直弥と哲太はペアで挑戦中だ。なおたーの公式アカウントでアップされる予定で、ファンからの注目度も高い。
直弥が小さく首をかしげ、少し照れたように哲太のほうへ身体を傾ける。
「玲、これくらい?」と哲太が聞くその瞬間──
彼の顔が、玲の指示よりもはっきり数センチ以上直弥に近づいた。直弥の頬に、哲太の鼻先が触れそうな距離。カメラ越しにも、思わず息を呑む“距離感”だった。
「……え、ちょ、哲太?それ近くね?」
直弥が軽く体を引こうとするが、哲太はいたずらっぽく笑うだけ。
「え?だって“恋人感”って言ったじゃん」
玲は爆笑しながら、「それはやりすぎだってば〜!」と声をあげる。スタッフもくすくすと笑っていて、現場の雰囲気はどこまでも明るかった。
ただ、ひとりだけ──笑っていない人間がいた。
スタジオの隅、モニターの横に立っていた颯斗。腕を組んで、鋭い目でモニターを見つめていた彼の瞳には、いつもの穏やかさが消えていた。
冷たく澄んだような眼差しが、哲太と直弥の間に流れる距離を何度も追っている。
撮影が終わった後、スタッフたちが機材を片付け始める中、直弥も三脚を折りたたもうとしていた。その瞬間──
「直弥、来い。今すぐ」
低く、しかし鋭く通る声。後ろから強くはないが、確かな力で腕を掴まれる。
振り向くと、颯斗の顔。感情を抑えたような静かな怒りがにじむ表情に、直弥は一瞬、息をのむ。
引かれるように控え室へ入ると、扉が「バタン」と静かに閉められる。次の瞬間、背中が壁に押し付けられた。
「……何してんの、あれ。哲太とのあれ、ただの演出か?」
低く絞られた声が、耳元で響く。颯斗の目は、まっすぐに直弥の目を捉えていた。決して逃がさないという強さと、隠せない嫉妬の熱を宿して。
「ち、ちがっ、あれは玲が指示した流れで……っていうか哲太が勝手に近づいて──」
「見てた。指示より近かった」
距離が一気に詰まり、颯斗の顔がすぐ目の前に迫る。
「お前さ、あいつに触れられて平気なん?」
「平気……じゃないよ。颯斗、怒ってる?」
「怒ってる。嫉妬してる。……当たり前だろ」
壁と彼の体の間で身動きがとれない中、颯斗の唇が触れる寸前で止まった。
「“彼氏感”出したいなら、俺が出す。……覚悟しろよ?」
そして、その“軽いお仕置き”のあと。
数時間後。控え室から出てきた直弥の髪は少し乱れ、シャツの襟元はわずかに歪んでいる。鎖骨のあたりには、赤く色づいた痕が──うっすらと。
2人で予定されていたインスタライブが、夜にスタートした。
「こんばんは〜!颯斗と直弥です〜」
「今日もいっぱい撮影したよ〜、あれマジ疲れた〜」
配信画面に映る2人はいつも通り、にこやかで和やか。ファンからは、次々とコメントが流れてくる。
「TikTok見たよ!なおたー最高!💕」
「今日もかっこいい〜!!」
ところが。
「なおやくん、服の首元ゆるくない??」
「ちょ、え、それキスマ…」「!?!?!?」
画質がよかったのか悪かったのか──画面の中の直弥の鎖骨あたりに、うっすらと見える赤い痕。それはごく自然に、でも確実に視聴者の目に留まってしまった。
「……あ」
「……お前、隠せてないし」
颯斗がやれやれと肩をすくめ、直弥のシャツの襟をそっと引き上げて整える。その指先は優しく、でもどこか所有を示すように感じられた。
「ちょっと激しかったかも、ごめんね?」
その一言が、まるで告白のように響いて──コメント欄は、爆発した。
「え!?え!?」「ちょ、何があったの?」「リーダー、匂わせすぎ!」
直弥は顔を真っ赤にして俯く。
「ば、バグだよバグ。画質のせいだから……!」
颯斗はにやりと笑いながら、さらりと言った。
「安心して。ちゃんと俺のなんで」
──ライブはそのまま終了。
そして数分後、Twitterのトレンドにはこう並んだ。
「#なおはやインライ」「#鎖骨事件」「#俺のなんで」
その頃、ソファに寝転がりながらインライを見ていた玲は、天井を見上げながらぽつりと呟いた。
「……おれのせいじゃないよね?ね?」
誰も責めてはいない。たぶん。
ご期待に添えたかはわかりませんが、素敵なリクエストをいただき、ありがとうございました。 またのリクエストを心よりお待ちしております。