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食事を終え温かい抹茶を飲むと、ビジネスマン勇信が話しかけた。

「ビスタの建設は終盤に差し掛かっているようですね。これから入店する店舗の募集を開始するのですか」

 

「近く入店案内を出し、募集を開始する予定となっております」

 

「会長が私たち兄弟に言った言葉があります。故郷から受けた恩を忘れてはならないと。吾妻グループは新しい価値基準を導入する時期だとおっしゃいました」

 

「はい。吾妻建設の社員一同は会長の理念の下、しそね町活性化のために懸命に働いております」

 

「よろしくお願いします。私は他の業務に忙殺されている状況で、ビスタに関してよくわかっていないので」

 

「そうでしたか」

 

吾妻勇信の言葉は、すなわち吾妻グループにおけるビスタの価値を示すものだった。グループのトップである常務の仕事からは外れたプロジェクト。それがビスタの建設と運営というわけだ。

 

赤字覚悟で数年間運営し、タイミングを見計らって撤退する。幹部会議ですでに結論付いているのかもしれない。

 

「会長の希望に沿ったプロジェクトですので、どうかよろしくお願いします」

 

「はい。微力ながらお役に立てるようがんばらせていただきます」

 

店内には格式高いが三味線の音が鳴っている。

ビジネスマンと魚井玲奈、そして堀口ミノルは湯呑を手に取り同時にお茶をすすった。

 

3人の対話は、いつしかしそね町の記憶へと移っていた。

 

ビジネスマンは何度かポケットの中の携帯電話を確認しながら、しそね町の記憶について話した。

「ある日、祖母の家にいた2匹のシェパードがいなくなったんです。兄と私は近所を探して回りましたが、結局見つけることができませんでした。しそね町の思い出は色々とありますが、どういうわけかシェパードのことが心の中に強く残っています」

 

「シェパードは忠犬のはず。どこかに消えてしまうなんて不思議ですね」

魚井玲奈がビジネスマンのポケットを覗き見た。

 

「町の誰かが言ったそうです。うちのシェパードが猟犬になって、猟師と一緒にいたのを見たと。魚井秘書の言うように、そう簡単に心移りしない犬種なので、おそらく見間違いでしょうが」

 

黙って話を聞いていた堀口は、過去に自分と会ったことを覚えているか尋ねようとした。しかし彼は言葉を発することができなかった。

過去、幼い兄弟を秘密基地に連れていくとそそのかし、ボディーガードから逃げた経緯があった。たとえ過去の笑い話だとしても、吾妻グループを率いる専務に軽々しく伝えられるような記憶ではないとの判断だった。

 

しばらく他愛もない会話を続けると、ビジネスマンが壁の時計に目をやった。

「実は今日、堀口さんをここに呼んだのは、吾妻副会長のことをお聞きしたかったためです」

 

「はい」

想像していたのとは異なる展開だった。

 

「私は兄が自殺したとは到底思えません。兄はとても責任感が強く、家族を愛していました。彼が自殺する理由などどこにもないと私は思っています」

 

「……私もそう思います」

 

「どのような理由でそう思いますか? 事件の前、兄はしそね町の「ビスタ」の現場にいました。そして堀口さん、あなたが兄を案内したそうですね。その日副会長とどのような会話をしたのか教えてください。また兄の表情や仕草から何か感じるものはあったのか、正直に教えてもらえませんか」

 

「副会長とはその日初めてお会いしたのですが、メディアで見たのと同じようにお優しい印象を受けました。私はとにかく副会長のお時間を無駄にしないよう、できるだけ手短に現状をお伝えしただけです」

 

「現地視察後には、兄はどのように行動しましたか」

 

「忙しそうにすぐにビスタを去られました」

 

「それだけですか」

勇信は弱々しく言った。

 

「申し訳ありません。特別なことは何もなかったもので……。ですがひとつだけ。事故当時、車はどこにも見当たらなかったと報道されましたが、副会長は自ら車両を運転されて現場を離れられました」

 

「うむ、報道内容と違いますね」

ビジネスマンは独自調査によってすでにそれについては知っていた。

「他に何か情報はありますか? どんな些細なことでもかまいませんので」

 

「私は副会長にとある文書ファイルをお送りしました。それについて何かお聞きになりましたでしょうか」

 

「書類……何も知りません。どういった書類ですか」

 

堀口は慎重に言葉を選んだ。

「複合商業施設ビスタを中心としたスポーツ振興に関するプロジェクトです。地方都市再生のための雇用創出をまとめた企画書となります」

 

「企画書……。一応それを私に送っておいてください」

 

ビジネスマンはポケットから名刺を取り出し堀口に渡した。

堀口は金塊を受け取るように慎重に名刺を受け取った。

 

「ありがとうございます」

感謝の気持ちを込めて堀口は言った。

 

「もしかするとまた兄の件で連絡するかもしれません。その際はどうかご協力ください。堀口さん」

 

「はい、常務。いつでもご連絡ください」

 

「それでは今日はこの辺で――」

ビジネスマンと魚井玲奈は席から立ち上がった。

 

「ああ、それと、常務」

堀口も慌てて立ち上がった。

 

「どうされました」

 

「一介の社員がこのようなこと……大変恐縮ですが、副会長の件心から遺憾に思っております。どうか常務とご家族の皆さまが安心して過ごされるよう、心から願っております」

 

「ありがとうございます。堀口さん」

 

その一言を最後に、ビジネスマン勇信は店を後にした。

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