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突然大葉から結婚して欲しいと乞われた羽理は、ヒュッと息を吸い込んだまま身体を固まらせた。
「え……?」
(この人、今……何て仰いましたかね?)
もちろん大葉は羽理に何度も好きだと言ってくれていたし、先ほど彼のマンションでは『自分はすでに羽理の恋人のつもりだった』みたいなことも言っていた。
でも――。
こんな風に面と向かって二人の関係性をハッキリさせるような文言を投げ掛けられたのは初めてで。
しかもその問いは恋人をすっ飛ばして結婚の申し込みな上、「する」「しない」の決定権が羽理に委ねられているとか。
何だか色んな意味でとっても滅茶苦茶。無理難題ではないか。
(え、えっと……大葉、さっき私に何て返事しろって言ってたっけ?)
余りに突飛過ぎて他力本願。
大葉から言われた言葉を全サーチ能力を上げて思い返した羽理は、与えられていた選択肢が結婚の申し出を了承するものしかなかったことに今更のように気が付いて……。
その途端、何だかふっと肩の力が抜けて、緊張の糸がほろほろと綻んでいくのを感じた。
(ああ、そっか……)
考えてみれば、確かに恋人よりも婚姻という法律上の後ろ盾が得られる分、夫婦という関係はより確実にお互いを独り占め出来る合理的な制度ではないか。
お見合いならば〝結婚前提〟でお付き合いをすることが基本だろう。
だったら……結婚した後に絆を深めていく、どこか頓珍漢な自由恋愛があってもいい気がしてしまった羽理だ。
だってそれはまるで――。
(何だか私の大好きなティーンズラブの世界みたいだもの!)
恋愛に疎い羽理が、自分には縁遠いからこそ興味を惹かれまくってしまう恋愛モノにありそうな、一風変わった設定みたいで。
上手くいけば〝夏乃トマト〟の執筆活動のネタになりそうだよ!?とか思ってしまった。
本当はそんな理由で軽々しく結論を出すべき事柄ではないことは、百も承知だ。
でも――。
それでも初っ端からお互いに真っ裸で「初めまして」をした大葉と自分なら、それもありかな?と思えてしまったから不思議だ。
「――はい、喜んでっ!」
勢いよくそう答えたら、大葉から即座に「居酒屋か!」と突っ込まれてしまった。
でも、羽理を抱きしめる大葉の表情はとても幸せそうで。
羽理は、大葉の嬉しそうな顔を見た途端、大学時代に付き合っていた初カレから告白された時には感じたことのなかった、キュンキュンするような胸の高鳴りを覚えた。
今まではずっと……。キューッと胸が締め付けられるたび、死んでしまうんじゃないかと恐ろしくて堪らなかったはずの〝不整脈〟が、どこか甘く心地良いものに感じられたのは、初めてかも知れない――。
***
本当は「恋人になってくれますか?」と言おうと思っていたのに、気が付いたら羽理を自分にもっと縛り付けたいみたいに〝結婚〟という契約を持ち出してしまっていた大葉だ。
もしかしたら、伯父から見合い話を持ち掛けられていることが心の片隅にあったことも関与していたのかも知れない。
――俺には結婚を約束した恋人がいるので見合いはお受け出来ません。
大葉は、腕の中の羽理を見下ろしながら、彼女を思い浮かべた上で毅然とした態度で伯父にそう言えたら最高だなと思ったのだ。
(お、OKもらったし……キスしたいって言っても受けてくれる、よ、な?)
そんなことを思いながら「羽理……」と声を掛けようとした矢先、羽理が「あっ」と小さくつぶやいて足元に視線を落として。
くそっ、タイミング!と悔しく思いながらも羽理の視線を追ってみれば、いつの間に来たのだろうか?
二人の足元に尻尾の短い小太りな三毛猫が来ていて、抱き合う羽理と大葉を見上げてしたり顔でスゥッと目を細めた。
「にゃぁぁぁぁーん」
そのくせ見た目のイメージとは随分かけ離れた愛らしい声で甘えたように鳴くから、大葉は、(もっと野太い声を出せ!)と心の中で突っ込んだのだけれど。
次の瞬間、その猫から小馬鹿にしたようにニタリと笑われた気がしてしまった大葉だ。
(チェシャ猫!)
まるで『不思議の国のアリス』に出てくる、わけもなくニヤニヤ笑う大口をしたあの猫じゃないか、と思って。
気味悪さにヒッとなって、思わず腕が緩んだと同時。
「焼き鳥の三毛ちゃん!」
言って、羽理がスルリと大葉の腕をすり抜けてしまう。
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