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院須磨町出身の有名人で、今最も知名度が高いのは作家の迫田武雄(さこだたけお)だ。ホラーやサスペンスを中心にエンタメ小説を書いている迫田は最新作が映画化されることになり、他の作品の人気も高かったことから一躍人気作家となったのだ。
そして院須磨町商店街にあるとある本屋では、彼の握手会が行われていた。
「うわ、すごく並んでる……」
浸に言われて有給を取り直した和葉は、迫田の握手会に行くために午前中に本屋へ向かったのだが既に長蛇の列が出来ている。
最後尾に並んでなんとか遠目に迫田のシルエットを見つけたが、全く顔が見えない。
「このまま並んでるとちょっとお昼の時間過ぎちゃうかなぁ」
腕時計を見つつそうは言ったものの、折角来たのだから迫田と握手して帰りたい。和葉は迫田が売れる少し前から彼の小説を読んでおり、ホラー作品以外は一通り読破している。
(今度ホラーも読んでみようかなぁ)
昔は読書でまで怖い目に遭いたくないと思っていたが、今はそこまで忌避する気持ちでもない。
そんなことを考えながら待っていると、後ろから肩を叩かれる。すぐに振り向くと、そこにいたのは琉偉だった。
「やあ和葉ちゃん」
「あ、琉偉さん」
そして次の瞬間、琉偉の周囲を紙吹雪が飛び交う。
「最高! 最強のゴーストハンターであり、若くして心療内科の院長を勤める大天才! 番匠屋琉偉先生ッス! 崇めるッス!」
見れば、琉偉の傍らで片膝をついた准が紙吹雪を散らしていた。
あまりの勢いに和葉が面食らっていると、琉偉が軽く准を小突く。
「お前ね、人前でそれやめろって前も言ったでしょ? ほら、散らかした紙、片付けとけよ」
「はい、ただちにやらせていただくッス!」
素早く散らかった紙屑を拾い集める准に苦笑いしつつ、和葉は再び琉偉へ目を向ける。
「しかし奇遇だね和葉ちゃん。俺も迫田先生は好きなんだよね。やっぱり運命感じない? どう? このあと食事でも」
食事、と聞いて少し反応してしまう和葉だったが、やがて頬を膨らませて、ぷいと琉偉にそっぽを向く。
「あ、あれ? 和葉ちゃん?」
戸惑う琉偉だったが、和葉はムッとした顔のままだ。
「琉偉さん、酷い人だったんでした!」
そう、和葉にとって琉偉は酷い人なのだ。
浸を侮辱し、絆菜を殺そうとした番匠屋琉偉はもう、和葉にとって仲良しさんではない。あの夜のことはいくら和葉でも簡単には許せなかった。
「酷いって……何がよ? もしかしてこないだのこと?」
「そうですよ! 浸さんに酷いこと言うし、絆菜さんに襲いかかるし! 私、怒ってますからね!」
「でも、先生は間違ってないッスよ」
立ち上がりながらそう割って入ったのは准だ。彼は持っている紙屑を自分のバッグへ無造作に突っ込みつつ、和葉に対して言葉を続ける。
「確かに言い方は厳しかったかも知れないッスけど、雨宮さんにゴーストハンターは向いてないッス。それに、人間に戻れなくなった半霊は、いつ悪霊化するかわからないッス。危険極まりないッス。早坂大先輩には悪いッスけど、俺はそう思うッス」
「……そういえば度会さん、いつの間に琉偉さんのところに……」
「ああそれね。こいつ、なんかあの夜俺に心酔しちゃったみたいでさ。次の日に弟子にしてくれって頼みにきたんだよね。とりあえず傍に置いてるってわけ」
そう言って琉偉がポンと准の頭に手を置くと、准は心地よさそうに表情を緩める。
(な、なんか犬っぽい……)
「俺がなりたいのは、最高! 最強! のゴーストハンターッス! 俺はあの夜、先生の元でならそれが目指せると確信したッス!」
「いや、多分城谷さんの方が強いよ俺より。ゴーストハンターじゃないけど」
「あんな女目じゃないッス! イチコロッス!」
どうやら琉偉のところに移っても准は相変わらずのようだ。
あの後准がどうしたのか、少し気になっていた和葉はとりあえず無事だとわかって少し安心する。
准はあの日、琉偉より先に月乃に声をかけていたのだが、あえて二人の間に亀裂を入れる意味もない。そう思って和葉はとりあえずそのことは黙っておいた。
「俺は、間違ったこと言ったつもりはないよ。だけどまあ、あの時は殴られて俺も頭に血が上ってたしさ、次に会ったら謝るよ」
「……ほんとですか?」
ややムッとしたまま問う和葉に、琉偉は観念した、と言わんばかりに肩を竦める。
「ほんとほんと。雨宮さんにも謝るよ、ね?」
「……じゃあ、ちゃんと謝ってくださいね! それで浸さん達と仲直りしてください!」
「はいはい……なんだかなぁ、かなわないな何故か」
和葉に押し切られ、思わず折れてしまった琉偉はまいったな、と頭をかく。
「惚れた弱みッス」
「うるさいよお前」
「黙るッス! ん~~~~~ッ!」
口だけ閉じても音は出る。黙ろうという意識は感じられたが、唸り声を上げる准に琉偉は嘆息する。
「……っと、そろそろじゃない?」
琉偉にそう言われて見てみると、もうかなり迫田に近づいている。人懐こそうな中年の男性が、ファンと順番に握手して、時にはサインを書いたりもしていた。
「わぁ、緊張してきました!」
「ちなみにどれが好き? 俺は『秒針殺人事件』」
「うーん、私は『毒虫讃歌』とか結構好きです」
「渋いねぇ! 結構初期だよ? それ。『夜光虫の家』は?」
「ホラーはちょっと敬遠してて……『灰と虫』なら読みました」
「おたくわかってる~~~~」
「琉偉さんこそ~~~~」
共通の趣味ですっかり盛り上がる二人だったが、全くわからない准は不満げに顔をしかめている。
「俺も今度読んでおくッス! 絶対先生と迫田作品の話するッス!」
「うんうんそうしな。今度貸してやるよ」
「そんなことされたら嬉しすぎて死ぬッスーーーーー!」
「う、うるさいよお前ほんとに……」
周囲の視線も気にせず騒ぐ准を、琉偉はすぐにたしなめる。
そうこうしていると、不意に和葉は握手を終えて去っていく一人の女性が目についた。
「……あの人……」
背の高い、長い黒髪の女性だ。紫色のタートルネックに黒のロングスカートという地味な出で立ちで、長い前髪が片目を隠してしまっている。
そんな彼女に何か違和感を覚え、和葉はぼーっと見つめてしまう。
「はい、次の方ー」
「え、あ、はいっ!」
係の人に呼ばれ、慌てて迫田の元へと和葉は向かう。しかし憧れの人気作家と握手をしている間も、さっき見た女性のことは忘れられなかった。
***
「半霊だったぁ?」
迫田の握手会の直後、どうしても気になった和葉はさっきの女性を追いかけ始める。なんとなくついてきた琉偉と准に事情を説明すると、琉偉は素っ頓狂な声を上げた。
「確かになんか霊っぽい気配は微かにあったけど、浮遊霊か何かがうろついてるのかと思ってたよ、俺は」
「なんとなく……だったんですけど、あの変な感じ、絆菜さんに初めて会った時と似ている気がして……」
話しながら早足で歩いていく内に、彼女の姿を見つけて和葉は身を隠す。それに合わせて、琉偉や准も身を隠した。
そこは商店街から少し離れた場所にある小さな公園で、彼女はベンチに座って本を読み始めていた。
和葉達は入り口の大木から、本を読むその女を見つめる。
平日の正午過ぎ、ということもあってか公園に人の姿はない。わずかに風に揺られるブランコと木々が、わずかに音を鳴らすだけだった。
「で、なんで追うワケ?」
「だって……気になるじゃないですか! それに、一連の怪異事件と関係あるかも知れませんし……」
絆菜の話では、彼女を赤マントへと変貌させたのは半霊の少女だったという。少女、という特徴とは合致しないが、絆菜以外の半霊を見つけたとなれば放置するわけにはいかない。
「ふーん、そうなの?」
あまり興味なさそうにそう答えると、琉偉は准の肩を叩く。
「さて、帰ろうか。昼は帰ってからなんか作ってやるよ」
「えっ……あ、追わないんスか?」
「馬鹿だなぁ。仕事でもないのに半霊の相手なんかわざわざするかっての。俺が戦うのは仕事の時と火の粉が降り掛かってきた時だけだって」
「それは……そうッスけど」
番匠屋琉偉の除霊に対するスタイルは至ってシンプルだ。仕事か否かである。金になるなら動くし、ならないのならなるべく触らない。
「それじゃあ和葉ちゃん、それ終わったら連絡してよ。あんま近づかない方が良いよ」
「あ、はい。それじゃあまた……」
和葉は別に琉偉がいようがいまいが同じ行動をしただろうが、こうもあっさりどこかへ行かれるとやはり心細い。
一応浸達には連絡しておいたが、すぐに来られるわけではない。出来ればもうしばらく琉偉にはいて欲しかったが、こうなった以上はこのまま浸達を待つしかない。
まだあの女が危険かどうかは判断出来ないが、和葉一人では襲われた時に対処出来ないだろう。
浸からの連絡はまだかと、不安になって和葉は携帯を確認する。すると、画面の上に長い黒髪が垂れてきた。
和葉のものではない。
「っ!?」
驚いて身を引くと、そこにはベンチで本を読んでいたあの女性が立って、上から覗き込んでいた。
女は病的なまでに青白い顔で和葉を見ると、ハッとなったように頭を下げる。
「ごめん……なさい。驚かせるつもりは……なかったのですが……」
か細い声でそう言う彼女に、敵意は伺えない。伺えないが、和葉はすぐに感じ取る。
この女は、悪霊化していると。
「視線を感じたので……気になってしまって……。あの、もしかして……SNSに上げたり……しますか? 私のことを……幽霊だって……」
「……いえ、そういうつもりでは……」
妙に卑屈なことを言ったようにも感じたが、女はすぐに笑みを浮かべる。
「是非、お願いしますね」
「……え?」
「この町にはもう……怪異が蔓延っていますから……この調子で、いるのが当たり前になってもらわないといけませんので……」
「それってどういう――――」
「気づいてるんですよね……? 私が何なのか……。表情で、わかります……。あ、違ったら……ごめんなさい」
和葉は、どう答えれば良いのかわからなかった。
ただ、ハッキリしているのはこの女が悪霊化した半霊で、怪異をこの町に増やそうとしていることだ。間違いなく、一連の事件に関わっている。
和葉は会話をやめ、すぐに携帯を操作しようとする。すると、突如足元に黒い火球が降ってくる。
慌てて後退して回避すると、女がこちらへ手をかざしているのが見えた。
「誰かに……連絡を? 例えば……ゴーストハンター、とか……霊滅師、とか……」
女の霊力が渦巻くのが、和葉にはわかる。さっきの火球は、霊力を変質させたものだ。
今のが警告だとすれば、次は焼かれる。そう思って和葉が身構えていると、突如鋭い何かが女の元へ飛来した。
女は素早くそれを回避して、足元を見る。刺さっているのは数本の手裏剣だ。
「えっ……!?」
それに驚いたのは、女よりも和葉だ。そして風に流された紙吹雪が、和葉達の元へと飛んでくる。
「惚れた弱みってやつ……らしいよ。ま、たまにはこういうのも、悪くないかもね」
「さあ! 崇め奉るッス! 最高! 最強! 無敵のゴーストハンター、番匠屋琉偉先生の~~~~~お出ましッス!」
琉偉が立っているのは、先程の木の上だ。准はその下からなんとか紙吹雪を上に投げているが全く届いてはいない。
「……刃物は……投げないでください……」
「俺だって投げたくないさ。君が投げさせている……刃物が君に恋をしたみたいでね」
霊刀邪蜘蛛を鞘から引き抜きつつ、琉偉が女の前に降り立った。