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「何よお前、不服そうな顔しちゃって」

それは、琉偉が和葉の元へ駆けつけるより少し前のことだ。

和葉の元を離れて帰路につこうとした琉偉は、隣りにいる准が納得いかなさそうな顔で黙り込んでいることに気づく。

普段放っておけば一人で騒ぎ出す准が黙り込むのは珍しい。そう思って琉偉が声をかけると、准は意を決したかのように琉偉を見つめる。

「……やっぱ、このまま帰るの、良くないと思うッス」

「何でよ? あのさ、あの半霊と今戦ってもなんにもメリットないわけよ」

「でも、危険な霊を祓うのがゴーストハンターッス!」

「そうだよ。でもそれを仕事でやるのもゴーストハンターってわけ。その場の勢いで、タダでやっちゃうのはマジで仕事でやってる連中に対する冒涜だろ」

報酬なしでは動かない。これは損得勘定だけではなく、番匠屋琉偉の矜持でもあった。

勿論それは准も理解出来ていないわけではない。しかし彼の場合、理解では感情に追いつけないのだ。

それを察したのか、琉偉は浅くため息をつく。

「でもまあ、惚れた女の子も守らないで逃げちゃうのはダサいか。准はどう思う?」

「……ダサいッス……」

恐る恐る、准はそう口にする。そして言い終える頃には、怒られるのを覚悟して強く目を閉じるが、琉偉は准の予想に反してカラッと笑う。

「良いね、お前みたいな奴にダサいって言われるのは初めてだ。なんか面白かったよ」

そう言って琉偉はにやっとして見せると、すぐに公園の方へ戻っていく。

「先生!」

「丁度……危ないとこかもね」

渦巻く邪悪な霊力を微かに感じ取り、琉偉はそのまま駆け出した。



***



琉偉と女が対峙する。

その光景を琉偉の後ろから見ながら、和葉は言葉を失っていた。まさか琉偉が戻ってくるとは思ってもいなかったからだ。

「じゃ、さっさと雨宮さんに連絡しなよ。俺がそれまで引き受けてあげるからさ」

「琉偉さん……!」

「その代わり、今度行こうよ。中華のおいしいお店にさ」

和葉がうなずいたのを確認してから琉偉が女へ視線を戻すと、眼前に黒い火球が迫っていた。

琉偉はそれを邪蜘蛛で切り裂き、不敵に笑みを浮かべる。

「野暮だよ」

「ごめん、なさい……でも、あなたは……邪魔……ですから……ごめんなさい」

謝りながら女が右手を薙ぐと、黒い炎が放射状に広がり、琉偉へと向かってくる。

「早坂大先輩、こっちッス!」

准に手を引かれ、和葉は琉偉達から距離を取る。琉偉は炎をかわしながら、でかしたと准へウインクを送った。

「これ、霊力だよね? こんなことまで出来るなんてすごいな」

「……その、刀も……すごいですね……」

そう呟く女の頭上で、黒い炎が燃える。

「……お世辞かよ。余裕だな」

琉偉は炎をかわしつつ、女の動きを止めようと邪蜘蛛から糸を出していた。しかしそれは女にふりかかる前に全て焼き尽くされてしまっているようだった。

「――――っ!」

軽口を叩きながらも、琉偉は攻撃の手を止めない。瞬時に飛ばされた手裏剣が女へと襲いかかったが、女はそれを分厚い本で防ぐ。

「本に……傷を……!」

「自分でつけたんでしょ。本が大事なら、本をかばえよ!」

初めて声に怒気を込めた女に、琉偉は容赦なく手裏剣を飛ばす。女の炎は厄介だが、瞬時に鉄を溶かす程の火力はない。そして琉偉の見立て通りなら、あの女は機動力のある方ではないだろう。

炎をかわしながら手裏剣で牽制し、隙をついて邪蜘蛛で祓う。それが琉偉が今立てた作戦だ。

本では防ぎきれない手裏剣を、女はなんとかかわそうと後退する。すると彼女のパンプスを、琉偉の撒いた撒菱が貫いた。

「っ!」

「詰み!」

撒菱そのもののダメージは重要ではない。

その撒菱が彼女にとって想定外でさえあれば良い。後は、その隙に不意打ちを叩き込むだけだ。

高く跳躍した琉偉は、女へと斬りかかる。ここまでのやりとりで、女の身体能力が然程高くないことはハッキリしている。これで”詰み”だ。

しかしその確信は、琉偉にとっての”想定外”の”不意打ち”で覆される。

「――――ッ!?」

琉偉の身体に、どこかから伸びてきた触手が巻き付く。その触手は尋常ならざる力で琉偉を引っ張り、近くの大木へと叩きつけた。

「かッ……!」

「先生!」

「琉偉さん!」

慌てて駆け寄ろうとする准と和葉を右手で制止し、琉偉は立ち上がると触手の主を見留めた。

「だめよぉ忍者さん。女の子いじめちゃあ」

そこにいたのは、プラチナブロンドの少女だった。不揃いで継ぎ接ぎ顔のその少女は、美しい口元をにやりと歪めて琉偉を見ている。

「おいおい、女の子が忍者いじめちゃあいけないな」

「そんな道理はないよん、よんよん」

指を四本立てておどける少女に、琉偉は手裏剣を投擲する。しかしそれらは触手によって防がれた。

「……あ?」

そして少女は、今までのおどけた様子からは考えられないようなドスの効いた声を上げる。

「テメエ……人が喋ってる時に手裏剣投げやがったな……折角人がかわいらしくよんよんしてる時に手裏剣をよォーーーーーッ!」

少女の触手が、再び琉偉へ迫る。

琉偉はそれを素早くかわしたが、今度はかわした先で女の炎が燃え上がった。

「チッ……」

舌打ちしながら、強引に炎を飛び越える琉偉だったがその身体はすぐに触手に捕らわれる。

「テメエのその癇に障る面、ぐちゃみそのミンチにして今日のおかずにしてやるよ」

「ッ……!」

なんとか抜け出そうともがく琉偉だったが、両手両足を拘束されていては最早為す術もない。

「おい准! 和葉ちゃん連れて逃げろ! ぼーっと見てんじゃないよ!」

「で、でも先生!」

「お前と和葉ちゃんまでやられたら、俺何しに来たかわかんなくなんのよ! はやく行けってば!」

半霊一人相手ならどうにかなると踏んでいた琉偉だったが、二人同時となると話は別だ。

自己犠牲なんて馬鹿馬鹿しいとさえ思っている琉偉でも、こうなれば准と和葉を優先せざるを得ない。和葉を助けに来た以上、和葉が助からなければ行動自体が無駄になる。

「琉偉さん!」

「それじゃ和葉ちゃん、今度中華で……ね」

半ば諦めつつも、琉偉はあえて笑ってみせる。しかしその態度に少女が苛立ったのか、触手は更にキツく締め上げられる。

「すかしてんじゃあねーぞこのタコッ! テメエが中華になるんだよ! 青椒肉絲(チンジャオロース)だ、焼け陰子(いんこ)!」

「……そ、それ……やめてください……。夜海(よみ)……です」

「うるせェーーーッ! 陰キャは陰子なんだよボケ!」

怒鳴られた女……夜海が渋々琉偉に手をかざす。

流石の琉偉も覚悟した瞬間――――その触手は切り裂かれた。

「早坂和葉を……ありがとうございました」

「……お早い到着で」

そこに現れたるは青竜刀を携えたゴーストハンター、雨宮浸だ。腰に雨霧を携えた彼女は触手を切り裂き、少女、夜海の二人と対峙する。

「邪魔だっ!」

即座に、少女の触手が浸へ数本伸びる。しかしそれらは全て浸へ辿り着く前に撃ち落とされた。

「浸、油断すんじゃないわよ」

「朝宮露子……助かりました」

二丁拳銃を構えた朝宮露子が、和葉達をかばうようにして立っていた。

それを見て、すぐに炎で先手を取ろうとする夜海に、小さな白刃が迫る。夜海が本でそれを受け、強引に押し返すと褐色の美女が飛び跳ねながら夜海から距離を取った。

「……半霊は火を出せるのか? 私にも教えてくれ」

対峙する赤羽絆菜に、夜海がじっとりとした目を向ける。

「……企業、秘密……です」

「そうか。なら今から私は産業スパイだ。必ず技術を盗んで帰る」

並び立つ三人と、二人の半霊。それらを確認して、琉偉はすぐに准の元へと戻っていく。

「先生! 無事ッスか!」

「なんとかね。とりあえず、目的は果たしたわけだしちょっとかっこ悪いけどここは退くぞ」

「了解ッス!」

浸達三人が到着した以上、もう琉偉がここに残る必要はない。

その場からすぐに撤退しようとした琉偉へ、浸が振り返らないまま声をかける。

「……借りは返しましたよ」

「……ああ、返済完了ってことで良いよ。それと、こないだは悪かった。また今度正式に謝罪に行くよ」

そう告げて、琉偉は准と共に撤退していく。

「早坂和葉も逃げてください。守りながらでは戦えません」

「……はい」

今の和葉にとってそれは悔しい言葉だったが、事実だ。武器をもたない和葉はこの場では足手まといにしかならない。

ひとまず琉偉達と共に撤退しようとすぐに公園を出ようとしたが、そんな和葉の行く手を阻むように一人の女が公園へと入ってくる。

「いつまで経っても集まらないと思えば、こんなところにいるなんてね」

「――――っ!」

その女を見た瞬間、和葉は竦み上がった。

すぐに理解する。怨霊だ。それも般若さんの比ではない。

言葉を喋っていることが不思議なくらい、彼女から感じ取れるものは滅茶苦茶だ。それはもうビジョンでもなんでもない。純然たる憎悪だ。感情の塊がぶつけられているだけだ。

薄紫の瞳が、和葉を捕らえた。

女は真ん中で分けられた長い黒髪をかきあげながら、和葉を見て妖艶な唇を丸くする。

「驚いた。こんな霊力の子がいるのね」

思わず和葉は女から数歩退く。

追うように、女が近寄る。

緩慢なそれらの動作の中で、和葉はただただ恐怖していた。

こんなもののそばにいつまでもいたくない。


殺される。


心を完全に塗り潰されて、殺されてしまう。

「……ふふ、あなたや私とは大違いねぇ」

女が笑う。

それを、浸はジッと見ていた。

「ねぇ……浸」

その声音に、和葉の背筋を怖気が走る。

そして浸が、震える唇で言葉を紡ぎ出した。

「…………真島(ましま)、冥子(めいこ)……!」

名を呼ばれた女の表情は歓喜に打ち震えた。

されど感じるのは憎悪のみ。

その歪さが、更に和葉を震え上がらせた。

「お久しぶりね……浸」

かつての友が、浸へ歪に微笑みかけた。

ゴーストハンター雨宮浸

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