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高梨(たかなし)は、37歳の独身。都内の出版社に勤め、日々の業務に追われる毎日を送っていた。仕事が終わると、家に帰って、誰とも話さずにコンビニ弁当をつつく。その繰り返しだった。
ある日、実家の母から突然連絡があった。
「お父さんが、鍵のない部屋に入ったのよ」
意味がわからなかった。
「……鍵がないのに、入ったってこと?」
「違うの。鍵がない“はず”の部屋に、鍵を開けて入ったのよ」
高梨は有給をとり、三年ぶりに実家へ帰った。
実家は古い日本家屋で、建てられてから50年以上経っている。父は几帳面で、何十年も前からすべての部屋の鍵やスペアキーの管理を厳密にしていた。
問題の部屋は、屋敷の奥の小さな納戸だった。家族でさえ誰も入ったことがない。父はそこに興味本位で入ったらしいが、その後、何かに怯えるようになった。口数が減り、夜中にぶつぶつと独り言をつぶやき、やがて何も話さなくなった。
部屋の鍵を調べると、古びた南京錠がかかっていた。父が持っていた鍵は今、誰にも開けられない。
「入った後、鍵が閉まっていた? 誰が?」
「それがわからないのよ……」
高梨は一人で、その部屋を開ける決心をした。
夜中の2時。静まり返った実家で、ドライバーで南京錠をこじ開けた。
中は埃っぽいだけの納戸――のはずだった。
……が、壁一面に、びっしりと自分の名前が書かれていた。
「高梨圭吾」「高梨圭吾」「高梨圭吾」……
しかも、書体が全て違う。
「なんだこれ……」
部屋の奥に、紙の束が置かれていた。古びた日記帳。
ページを開くと、こう書かれていた。
1975年5月12日
今日、あの子がまた泣いていた。圭吾という名前に決めたけれど、あの子の存在は、外には言えない。誰にも言えない。鍵のない部屋に、あの子を閉じ込めるしかなかった。
ページをめくるたび、自分の名前が生まれる前から書かれていたことがわかった。
圭吾という名前。1975年。父と母が結婚する前の年――。
高梨は、日記を読み進めるうちに、震えが止まらなくなった。
最後のページには、こう書かれていた。
1991年6月12日
今日、圭吾が戻ってきた。だが、彼は覚えていないようだ。もうこの部屋に入ることはないと思っていた。だが運命は繰り返す。次に入るのは、きっと彼自身だ。
その日記の最後の行には、ボールペンでこう書かれていた。
「ようこそ、圭吾。おかえり。」
部屋の外から、鍵のかかる音がした。
1990年代は古すぎますねw次の話もあるんで読んでください!!では!!