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鍵がかかった。
高梨圭吾は思わず立ち上がり、扉に駆け寄る。がちゃり。何度ノブを回しても、開かない。
「……誰だ? 鍵をかけたのは誰だ!」
返事はない。部屋の中は相変わらず、埃の匂いと自分の名前がびっしりと書かれた異様な空間。だが、一つだけ変わっていた。
鏡があった。
壁の一角。今まで無かった場所に、真新しい姿見のような鏡が立っている。まるで、この瞬間のために用意されたかのように。
圭吾はおそるおそる近づき、鏡をのぞいた。
自分の顔――ではない。
そこに映っていたのは、5〜6歳ほどの男の子。
大きな目。どこか影のある表情。見覚えがあった。だが、どうしても思い出せない。
その瞬間、部屋全体が暗くなった。
――どんっ。
何かが鏡の向こう側から、鏡を叩いている。
――どん、どん、どん!
圭吾は鏡の前から離れようとするが、足がすくんで動けない。すると鏡の中の少年が口を開いた。
「お前は、”忘れること”を選んだんだ」
声が、頭の中に直接響いてくるようだった。
「何を……だ?」
「俺のこと。……“本当の自分”のことを」
言葉の意味がわからない。
少年はさらに言った。
「1975年。母さんは俺を産んだ。でも、存在してはいけない子だった。だから、部屋に閉じ込められた。誰にも言えない存在――“失敗作”として」
「お前は……誰なんだ?」
「俺は、お前だよ」
部屋の空気が一瞬止まった。
「本来生まれるはずだった“高梨圭吾”は、俺。けど、父さんは、母さんを“説得”して、すべてをやり直した。俺の存在は、抹消された」
「そんなはずが……!」
「違う。お前は、俺の“代わり”として作られた存在だ。鍵のない部屋に、俺の記憶を閉じ込めることで、圭吾の人格はゼロから再構築された」
高梨の脳裏に、幼いころの記憶がフラッシュバックする。
――窓のない小部屋。
――母の泣く声。
――知らない名前を呼ばれる自分。
「……嘘だ。俺は“圭吾”としてずっと生きてきた!」
「違う、お前は**俺の記憶を上書きした“影”**に過ぎない。だが、お前がこの部屋に入ったことで、契約は終わった。これからは、俺が“圭吾”として生きる番だ」
鏡が黒く染まり、少年の姿がにじんでゆく。
次の瞬間――圭吾の体が吸い込まれた。
……
……
――気がつくと、外にいた。
庭の縁側に座り、母が泣いている。
「……圭吾?」
声をかけると、母がこちらを見る。
「圭吾……! よかった、目が覚めて!」
抱きつかれる。温かさが、現実味を帯びて胸に広がる。
だが、圭吾は気づいていた。
自分は、もう“あの高梨圭吾”ではない。
鏡の中の少年――あの存在が、“自分”なのだ。
じゃあ、「あの圭吾」は……?
母の背後にある納戸の扉を、何気なく見る。
扉の隙間から、誰かがこちらを見ていた。
もう一人の“高梨圭吾”が。