だから今、黛に組み敷かれている彼女は、決して身体を震わせたりはしない。ただ、諦めるだけ。
あの時の郁斗を怖いと思った自分がいたけれど、他の男に同じ事をされてよく分かる。
あれは郁斗に対する恐怖ではなくて、未知の領域に踏み込まれそうになった事に対する恐怖だったと。
「何だ? 何の反応も見せないとか、随分余裕なんだなぁ? 本当に初めてなのかよ?」
「…………っ」
だって郁斗は、こんな風に無理矢理犯すなんて事はしなかった。
現にあの時も、
『……あの、私……』
『ん? ああ、ごめんね、怖くなっちゃったかな? 別に脅かすつもりは無かったんだよ。けどね――そういうこと、軽々しく言うもんじゃねぇよ? だって、こーんな風に迫られたら、逃げられねぇだろ?』
態度を一変させて諭した後、
『ま、俺は“紳士”だから、何もしねぇけどな……』
そう言って詩歌を襲う事もなく解放し、こうも言っていた。
『他の男なら、お前、ヤられてるぜ?』と。
その意味が今、よく分かったのだ。
本来無防備な女を前にした男はきっと、自分の欲を優先するのだと。
けれど、そんな事に気付いたところで今更どうにかなる訳じゃない。
黛という男を前にしては、何を言っても無駄だし、抵抗しようものならどんな目に遭わされるか分からない。
首筋、鎖骨、胸元と這っていく彼の舌や指、乱暴に脱がされた服や下着。
為す術なくされるがままの状態の詩歌は、ただ無言で耐えるだけ。
そして、そんな中で思った事は……
(いっそあの時、郁斗さんに襲われてしまっていれば……良かったな……)
初めての相手は、郁斗だったら良かったのにという事だけだった。
愛も何も無い行為は、思いの外早く終わった。
初めての詩歌にとって、こんなものなのかという印象だった。
本当なら抵抗もしたかったし、嫌がりたかった。
だけどそれをすれば、郁斗に危害が加えられてしまうだけでなく、彼の目の前で犯される事になる。
それだけは、何としても避けたかったのだ。
「つまらねぇ女だな。可愛げもねぇし。ま、これから調教してけば変わっていくか。そうだ、これ飲んどけよ。子供なんか出来たら面倒だからな。そこに水のペットボトルがあんだろ、それで飲めよ」
事を済ませた黛は大した反応も示さなかった詩歌に文句を垂れると、ズボンのポケットから薬の入った小袋を投げ渡す。
彼の台詞から、その薬は恐らくアフターピルなのだろう。
黛が部屋から出て行くと、詩歌はすぐにペットボトルを手に取り薬を飲んだ。
一人になった室内、皺の寄ったシーツや床に散らばった自身の下着や衣服を目にした詩歌は悲しみが込み上げてきたらしく、徐々に視界が歪む。
「…………っ…………」
こんな目に遭うくらいならいっそ、ここで死にたいと思うくらい悲しくて辛くなった詩歌。
それでも、もしかしたら郁斗が助けてくれるのではという僅かな希望を捨ててはいなかったから、どんなに辛くても負けてはいけないと自分に言い聞かせていた。
(危険な目に遭わせたくないって思ってるのに……助けを期待するなんて……おかしいよね……。でも、郁斗さんは……きっと、来てくれる……きっと……)
下着と衣服を身に付け、ベッドの上に倒れ込んだ詩歌は瞳を閉じて郁斗を想う。
(次に目が覚めた時……郁斗さんが居たら……いいな……)
そんな夢物語みたいな願望を抱きながら、色々な事に疲れてしまった詩歌はそのまま眠りに就いていた。
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