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ネロが「ふん」と鼻から息を吐いて、国境の方へと足を向ける。
「勝手に言ってろ。歳の若い王がどこまでやれるか見ものだな。おまえが捕まったら、殺される時には立ち会ってやるよ」
「僕は死なないし誰にも殺せないよ」
「…は?そんなわけないだろ。変なやつ」
ネロはそう呟くと、その辺にいた馬に飛び乗り去っていった。
僕はネロの姿が消えるまで見送って、先ほどリアムがいた旗の所へ戻った。しかしそこにリアムの姿はなかった。
「いない…。もしかして劣勢だと見て逃げた?いや…リアムが自国の兵を置いて逃げるなんてありえない。じゃあ援軍を呼びに戻ったとか?でもそれなら人を遣るだろうし…」
もう一度リアムに会いたい。できれば誰もいない所で、二人で話がしたい。でもどこを探せばいいのかわからない。
途方に暮れた僕は、村長の家に行ってみることにした。
驚いたことに、村長の家と周辺の家の周りに強力な結界が張られていた。村人達は皆結界の中にいて無事のようだ。それにこの周辺にはどちらの兵の姿もない。
僕が馬を降りて近づくと、村長が結界近くまで来てくれた。
「村長、ご無事ですか?」
「はい。皆無事ですが、この戦は長引くでしょうか?数日の食糧はありますが心配です」
「大丈夫です。バイロン兵の数が思ったよりも少ない。早ければ今日中には終わると思います」
「そうですか…」
村長がホッと安堵の息を吐く。
村長に話したように、国境を越えてきた割にバイロン兵の数が少なかった。少ない数でも我が国を侵略できると舐めていたのか、それとも本気で侵略する気はなかったのか。バイロン国の真意がわからない。
僕は目の前の結界に触れた。僕の力で穴を開けられる強度だ。トラビスとレナードでも開けられるだろう。だけど普通の騎士では無理だ。村人達を守るこれを誰が張ったのか。
僕は手を下ろして村長を見る。
「村長、お聞きしたいことが。この結界は誰が張ったのですか?イヴァルの騎士?それとも…」
「バイロン国の騎士です」
僕は驚かなかった。そんな気がしていたから。
「どんな人でした?」
「茶色い髪に青い瞳の、背の高い男です」
「茶色…ああ、なるほど」
すぐにある人物を思い浮かべた。ゼノだ。ゼノがこの辺り一帯に結界を張り、村人達を守ってくれた。
ゼノはこの戦に来たことを「本意ではない」と話していた。ゼノはリアムの側近で、リアムに言いたいことを言えて強い魔法を使える。
リアムにも会いたいがゼノにも会って話をしたい。
僕は村長に「もうしばらく頑張ってください」と声をかけると、馬に乗り結界に沿って移動した。
結界が張られた周辺を迂回して国境へと向かう。どんどんと戦いの場から離れていき、兵達の声が遠くなった頃、道から外れた場所で倒れている一人の騎士を見つけた。青の軍服を着たバイロン兵だ。
僕は馬を下りて騎士に近づく。すぐ傍に膝をついて恐る恐る触れてみる。
「これはひどい…。脇腹を刺されたんだね」
騎士の腹から血が流れて地面を黒く染めている。
僕は刺された箇所に手のひらを当てると、魔法で傷口を塞ぎ始めた。
傷口がひきつれて痛いのだろう。騎士の顔が苦痛に歪む。
「少しだけ我慢して。血が止まれば助かるから…」
「なにをしている」
その時鋭い声と共に肩に重みを感じた。氷のように冷たい刃が、僕の頬に触れている。
僕は顔を動かさず、治癒の魔法も止めずに答える。
「見てわからない?この人の傷口を塞いでるんだよ」
「なぜ敵兵に治癒の魔法を?そしてなぜここにいる?」
「人を捜してたんだ。そうしたら倒れてるこの人を見つけて助けてる」
「余計なことを…。おい、倒れてる彼を国境の向こうへ運べ。バイロン国側に医師が控えているから診てもらえ」
「かしこまりました」
男が、僕の肩に剣を乗せたまま彼の部下に命じた。
僕がかざしていた手を引くと、数人の騎士が倒れた騎士を担いで去って行った。だけど命じた男と、まだ何人かの騎士が残っている。
「おまえ達は戦場に戻れ。怪我人がいればバイロン国に戻るように伝えろ」
「しかし…この不審者はどうするのですか?」
「俺が…捕まえる」
「先ほどの治癒の魔法を見ても、かなりの力を持っていると思われます!俺も残りますっ」
「いい。俺だけでじゅうぶんだ。行け」
「しかし」
「命令だ」
「…かしこまりました」
残っている騎士の一人が、しつこく食い下がっていたが、男に厳しく言われて渋々と離れていく。
そしてこの場に僕と男の二人きりになった。
男はようやく剣を下ろして鞘におさめる。そして大きく息を吐き出した。
「なにをしてるのです。俺は早く戦場から離れるように言いましたよね?」
「言った…」
「しかもお一人で動くなんて無謀すぎる。あなたは素直な方だと思ってましたのに…意外と我儘だ」
「そうだよ。僕はイヴァルの兵を残して離れたりしない。それに今はリアムを捜してる」
「…ここにリアム様はいませんよ」
「ウソだ。あの旗は第二王子の旗だろう?リアムはここにいるよ」
「もしや…会ったのですか?」
「うん…会った」
「はーっ…」
男が更に大きな息を吐いた。
僕は立ち上がってゆっくりと振り向く。そして目の前で心底困った様子の男の名を呼ぶ。
「僕をリアムに会わせたくなかったから離れろと言ったんだろう?ゼノ」
ゼノが「そうです」と頷いた。