テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
鷹槻れん

28,832
鷹槻れん

56,000
宇津Q
2,940
#甘々
猫塚ルイ

2,761
※この物語はフィクションです。
作中の受験制度や日程、進路に関する描写は、実際のものとは異なる場合があります。
あくまで物語としてお楽しみください。
これから受験をされる方は、実際の制度をご確認ください。
『第二十三話 揺れる判定』
──十月。
夏の暑さが嘘のように消え、朝晩には少し冷たい風が吹くようになっていた。
一学期と比べると千夏の生活は大きく変わった。
学校が終われば図書室へ向かう。
授業の復習をして、問題集を開いて、分からないところには印をつける。
国立を受けるのなら、と母親が塾を勧めてきた。
千夏は週に三日、塾へ通うことになった。
家に帰ってからも、夕食と入浴を済ませると机に向かった。
以前ならスマホを眺めていた時間も、テレビを見ていた時間も、少しずつ勉強に変わっていった。
机の横には、受験までのカレンダー。
日付にバツがつき、一日ずつ減っていく。
「……あと一問」
時計を見る。
既に日付も変わり、もう遅い時間だった。
それでも千夏は、開いていた問題集から目を離さなかった。
「これだけやったら寝よう」
そう言って、もう一度ペンを握る。
一学期まではぼんやりと考えていた「いつか来る未来」が、もう現実となって目の前にそびえている。
──昼休み。
千夏はお弁当の箸をくわえながら一枚の成績表を見つめていた。
最初の模試の結果が返ってきたのだ。
第一志望。
国立御園水女子大学 教育学部。
判定は──D。
「……」
思わず、小さく息を吐く。
まだまだ遠い。
夏休みの頃から受験対策は始めていた。
今は以前よりずっと机に向かっている。
それでも、結果は簡単には変わらなかった。
「千夏、どうだった?」
向かい合わせでお弁当を広げていた結衣が覗き込む。
「……第一志望は、まだまだ」
「そっか……」
「結衣は?」
「私は……」
結衣は手にしていた成績表を、そっと机の上に置いた。
第一志望。
私立西東京大学。
判定は──D。
「わたしも……第一志望はD判定だった」
「西東京?」
千夏が成績表を覗き込む。
「うん」
結衣は小さく頷いた。
「頑張ったつもりだったんだけど……、まだ足りなかったみたい」
千夏は自分の成績表に目を落とした。
「私も頑張ったつもりなんだけど……」
「厳しいよねぇ」
「うん。だから、一緒に頑張ろう」
「……うん」
その返事には、不安が混じっていた。
けれど、結衣は成績表を折りたたむと、顔を上げた。
「まだ、諦めなくていいよね?」
「もちろんだよ」
千夏は頷いた。
「受験は、まだ始まったばかりだから」
「そうだね……まだまだ私たちの戦いはこれからだ!……なんて」
「打ち切りマンガみたい」
「縁起悪っ!!」
やっと結衣は笑った。
千夏は成績表の下の方へ視線を移した。
第二志望。
結衣と同じ西東京大学。
「こっちは、B」
「えっ、すごいじゃん」
「うん……」
千夏は少しだけ笑った。
十分、合格圏内。
先生からも、今のまま努力を続ければ大丈夫と言われている。
その結果を見ると、少しだけ安心する。
けれど──。
千夏の目は、また第一志望へ戻った。
「……やっぱり、ここに行きたい」
その言葉を聞いて、結衣は何も言わなかった。
以前の千夏なら、どこの大学でもB判定が出ただけで安心していたかもしれない。
けれど今は違う。
教師になる。
そう決めたからこそ、第一志望の大学に行きたいと思っていた。
──土曜日の正午。
千夏は模試の結果を持って悠真の部屋に来ていた。
「……ここ、本当に受けるの?」
悠真が昼食のサンドイッチ片手に聞いた。
タマゴサンドを頬張りながら千夏は頷く。
「うん」
第三志望と第四志望は、難関校で有名な私立大学の名前が書き込まれている。
先生と相談して決めた、いわば記念受験に近い大学だった。
結果はどちらもE判定。
「かなり難しいんじゃない?」
「うん。たぶん」
「いや、たぶんって……」
悠真が苦笑する。
千夏も笑った。
「先生にも言われた。受かったらラッキー!くらいでいいって」
「それでいいの?」
「いいんですっ」
千夏は少し考えてから言った。
「だって、受かったらすごいでしょ?」
「まあ……確かに」
「だから受けてみる」
千夏はそう言って、参考書を開いた。
「でも、まずは第一志望」
その言葉に、悠真は静かに頷いた。
ピスカは何も我関せずと、窓際の日だまりで寝ていた。
──数日後。
学校からの帰り道。
「亜土?」
聞き覚えのある声がした。
振り返る。
「……隼斗くん?」
そこに立っていたのは夏休み以来、久しぶりに会う隼斗だった。
「よお」
「うん。久しぶり」
以前と変わらない笑顔。
けれど、隼斗の方も少し大人びて見えた。
「受験、大変そうだな」
「うん。毎日勉強」
千夏は苦笑した。
「最近、ずっとね」
「そっか」
「隼斗くんは?」
「俺?」
「進路どうするの?」
「ああ……決まった」
隼斗は少し照れたように笑った。
「スポーツ特待で推薦内定した」
「えっ」
千夏の顔が明るくなる。
「本当に?」
「おう」
「すごいじゃん!サッカーで?」
「まあ、なんとか……お情けで」
「よかったね、隼斗くん」
その笑顔を見て隼斗は一瞬、決意を固めた表情になる。
そして深呼吸をして。
「俺さ……」
「うん?」
「……亜土に」
そこまで言って、隼斗は口を閉じた。
千夏は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……」
隼斗は笑った。
「頑張れよって言おうと思って」
「何それっ」
千夏が笑う。
「でも、ありがとう」
「うん」
「隼斗くんも頑張ってね」
「……ああ」
千夏は鞄を抱え直した。
「じゃあ、私これから塾だから」
「そっか」
「またね」
「うん。また」
千夏が歩いていく。
その背中を、隼斗はしばらく見つめていた。
本当は、別の言葉を伝えたかった。
けれど──。
今の千夏は、自分の夢に向かって必死に走っている。
その邪魔をしたくなかった。
「……頑張れよ」
聞こえるはずのない声で、そう呟いた。
そして隼斗も、自分の進む道へ歩き出した。
──翌週。
千夏は担任の先生の前に座っていた。
机の上には、先日の模試の結果。
「第一志望の御園水は、まだ厳しいですね」
先生は正直に言った。
「……はい」
千夏も頷く。
「でも」
先生は成績表を指で軽く叩いた。
「十月の時点で、これなら十分に伸ばせます」
「本当ですか?」
「もちろん。ただし、これからの勉強次第です」
先生は穏やかに続けた。
「受験は、判定で決まるものじゃありません」
「……」
「今の判定が悪いから諦める必要もないし、良いから安心していいわけでもない」
千夏は黙って聞いていた。
「大事なのは、ここから何をするかです」
「……はい」
「それに、第二志望は十分に合格圏内です」
先生が別の欄を指した。
私立西東京大学。
B判定。
「ここまで来ているのは、今まで頑張ってきた結果ですよ」
千夏は成績表を見つめた。
「……ありがとうございます」
「第一志望を目指しながら、第二志望もしっかり取れるようにしていきましょう」
「はい」
先生は最後に笑った。
「まだ十月です」
その言葉が、千夏の胸に残った。
まだ十月。
そうだ。
まだ終わっていない。
──その夜。
千夏は自分の机に向かっていた。
窓の外は、すっかり暗くなっている。
机の上には、模試の結果。
千夏はしばらくそれを眺めていた。
嬉しかったり。
悔しかったり。
不安になったり。
ほんの少し安心したり。
模試の数字ひとつで、こんなにも気持ちが揺れる。
「……受験って、大変だな」
小さく呟く。
けれど、成績表をしまうと、千夏は問題集を開いた。
「……もう一回」
シャープペンを握る。
まだ十月。
だけど受験の日まで、時間は限られている。
千夏は一問目に目を落とした。
秋の夜は、静かに更けていった。
──続く
コメント
3件
千夏さんなら受験、大丈夫だと思います! ……準斗さんは、千夏さんに何を言おうとしていたんだろう?🤔
うわ、今回の話、すごくリアルで胸に来ました……。模試のD判定、あの「まだまだ遠い」って感覚、受験生の心情がひしひしと伝わってきました。特に印象的だったのは、隼斗くんが告白を飲み込んで「頑張れよ」って背中を押す場面。自分の気持ちより千夏の夢を優先する優しさが切なくて、でもすごく温かかったです。先生の「まだ十月です」という言葉も、単なる励ましじゃなくて、ちゃんと根拠があって安心しました。千夏が「もう一回」ってペンを握り直すラスト、頑張ってほしいなって心から思いました。