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街を歩くと、どこからともなく響いてくる音に、僕の耳が引き寄せられる。
ここは音楽の街、「リトミア」。ここでは、音が人々の命を紡ぐ。歩くたびに、ふと足元から音が、風から音が、空気そのものからも音が生まれる。
「また、歌っているな。」
僕は小さく呟くと、足元に転がる小石を蹴りながら、前を向いて歩き続ける。音楽が空気を震わせ、僕の胸の奥にまで響く。
それは、まるで何かの合図のように、僕の心を静かに揺さぶる。
「ここで育った僕には、何も不思議じゃない。」
街を歩いていると、いつもどこかで誰かが歌っている。歌声は、街を通り抜け、無意識に人々の心に触れ、時には癒し、時には力を与える。
僕たちの街では、音楽はただの娯楽ではなく、生きる力そのものだ。
そう思いながら、僕は街の中心に近づく。あの広場、あそこにはいつも特別な音が響いている。今日は、少しだけ不安な気持ちが湧き上がってきた。歌声は、どうしても心に変化をもたらしてしまうから。
「神殿の声楽堂か……。」
目の前に広がる大きな建物。そこから流れる歌声は、いつもとは違う。誰かが歌っている。僕の心が急に落ち着かなくなるのを感じる。歌声の力、魔法の力が、周りの空気を変えていく。僕はその力に引き寄せられながらも、少しだけ足を止めて考える。
「今日もまた、誰かがこの街の音楽を動かしているのだろう。」
その音楽が、遠くからでも感じ取れる。僕は歌声に引き寄せられるように歩き出す。歌うこと、そしてそれが与える力。この街では、歌声ひとつで心も体も変わってしまう。それが僕の生きる場所であり、僕たちの街の力でもある。
僕は立ち止まり、少しだけ深呼吸をする。そして、歩き出す。
「音楽の街だから、仕方ない。」
周りには、歌声がふわりと流れ、街そのものが音楽でできているように感じる。それはただの背景ではない。全てが音楽によって形作られている。歩くたびに、街が生きていることを感じる。音楽が、街全体を支えているんだ。
僕が足を進める先には、広場が広がり、そこには不思議な空気が流れている。僕の胸の奥では、歌声の余韻がしばらく消えずに残っている。
それが、この街の特徴でもあり、僕たちの運命でもある。
そして、僕はその広場に足を踏み入れ、目の前で響く歌声に耳を傾ける。心が少しだけ温かくなり、僕の目にはその光景が鮮やかに広がる。
「音楽の力、僕はまだ理解しきれない。」
でも、僕は知っている。ここで生きる限り、音楽と共に歩んでいくしかないことを。
僕は声楽堂の前に立って、広場に広がる人々を見つめていた。彼らは期待と興奮で輝いている。目の前の扉を開ければ、神殿内の静寂と神聖な空気が広がっているはずだ。
今日もまた、歌声が人々を癒し、力を与える瞬間が訪れるのだ。
「また、今日もいらっしゃったんですね。」
神殿の関係者の一人が、僕に微笑んだ。その優しさが、少しだけ僕の緊張を和らげてくれる。いつもこうして歌う時、少しだけ心が落ち着く。でも、深呼吸をしても、心臓はどうしても速く鼓動している。
「はい、僕も楽しみです。」
何も言えない時には、無理に言葉を返さなくてもいい。僕はゆっくりと、声楽堂の扉へと足を進めた。
中に入ると、すぐに響く声が聞こえた。すでに集まっている人々が、僕を見上げていた。
その表情には、何かしらの期待や願いが込められているようで、僕は少しばかりの不安とともに足を踏み入れる。
「今日も、あなたの声が聴けるのを待ちわびているわ。」
人々の目が、僕の方に集まる。少し胸が締め付けられる。なぜか、僕の歌声を期待してくれる人々がいるということが、すごく重く感じられることがある。
僕はその期待に応えるべく、まず深く息を吸い込む。周りの喧騒や雑音が一瞬だけ消えて、僕の頭の中は静寂に包まれる。
そして、舞台に立ち、全身を使って歌い始めた。
――僕の声は、誰もが想像するものではない。高く澄んだ音色、女性的な響きに近い。しかし、その声は確かな力を持っている。音が空気を震わせ、場内に広がっていく。
僕の歌声が響くと、まず最初に感じるのは、静寂に包まれる感覚だ。周りの喧噪が、徐々に消えていき、僕の声に合わせて、すべてが調和していく。
音が、ひとしずくひとしずく、静かに舞い落ちるように感じる。
――その瞬間、目の前に座っている病める人々が動きを止めた。疲れた顔をしていた彼らが、少しずつ表情を変え始める。
僕の歌声には、人々を癒す力があると信じられている。高音域の声は、ただの音楽ではない。それは、心に深く届く魔法のような力を秘めているのだ。
歌いながら、僕はその力を感じ取る。僕が声を発するたびに、目の前の人々の身体の中に、温かい力が流れ込むのがわかる。心も、身体も、少しずつ軽くなっていく。
「ありがとう…。」
ふと、誰かがそう呟く声が聞こえる。目の前の一人が、うっすらと目を開け、涙を浮かべながら僕を見ていた。その顔には、かつてないほどの安堵と喜びが浮かんでいる。
僕は歌い続ける。心の中で、ただ一つだけを願って。
――皆が、元気を取り戻すように。
歌い終わる頃には、会場全体が静かに満たされている。僕の声がすべての隅々まで届き、会場の空気は柔らかく、温かく包まれていた。
少し疲れたけれど、いつものように達成感が心に広がる。僕の歌声が、少しでも人々を癒す手助けになったのだと信じて。
――でも、まだまだ足りない。僕はもっと、もっと声を届けて、より多くの人々に力を与えなければならない。
ふと、胸の奥から湧き上がる思いが、僕をまた歌わせる。
僕が歌い終わると、会場全体がしんと静まり返り、次の瞬間、音楽の波が一気に広がった。
拍手の音が、何重にも響き渡り、その後、手話や楽器の音が交じり合って、ひとつの大きな音楽へと変わっていく。
まずは、手のひらを打ち合わせた手話が、ひとり、ふたりと広がり、やがて全員がその手話に合わせて身体を動かすようになる。
「アルカノーレ万歳!」
小さな子供の音が会場の中で響くと、次々とそれに続く声が高らかに続く。その音は、歌声の余韻のように、空気を震わせながら、深く……優しく響いてくる。
「カウンターテナー様にご加護がありますように!」
やがて、何人もの手が交わり、その手話が少しずつ大きな輪となり、空間全体に広がっていく。その音楽は、どこからか現れたものではなく、街全体から発せられているような気がして、僕は息を呑む。
それは、僕の歌の余韻が作り出したものではなく、街全体に根付いた「神聖な音楽」そのものであるように感じた。
さらに、楽器の音が加わり、ドラム、フルート、ハープの旋律が入り混じって、まるで神殿の中で流れる聖なる儀式のような雰囲気を醸し出している。楽器の音色は、歌声に引き寄せられるように調和し、音が重なり合って、何層もの音楽が街の空気に響き渡る。
その音楽が、やがてひとつの壮大な交響曲のように変化していき、僕の周りにいるすべての人々が、ひとつの意識のもとに集まっているように感じた。まるで、この街全体が一つの大きな歌を歌っているようだった。
僕の歌声が終わっても、この音楽は途切れることなく続き、やがて街の空気が神聖な静けさに包まれていく。その静けさは、音楽が終わってからも長く残り、街の神殿や広場に立ち込める。
それは、この街に流れる一種の力のようなものだ。僕が歌ったことによって、皆が感じ取った力が、無意識のうちに集まり、この街そのものが「音楽」によって守られているような感覚が広がる。
やがて、音楽は次第に穏やかな余韻に包まれ、僕の耳に優しく響く。誰もがその音を感じ取る。まるで、全員で一つの歌を作り上げたかのように。
神聖さが、街のあらゆる隅々に浸透していく。人々は、しばらくそのまま静かに耳を傾け、心の中で何かを感じ取っているようだった。
そして、音楽が静かに終わり、再び街の中に平穏な空気が広がると、僕の心もまた穏やかに落ち着いていった。
異世界転生???
目を閉じると、しばらくは何も感じなかった。だけど、次に目を開けた瞬間、全てが変わっていた。
――あれ? ここ、どこだ?
周りを見回しても、何も分からない。広場が目の前に広がっていて、街の建物は、どこか異国情緒が漂う。普通の街並みとは少し違う。建物は、どこか西洋の雰囲気を感じさせるけれど、どれも一つ一つが重厚で、時代を超えたような気配を持っている。
「え……?」
俺の頭はフル回転で考えを巡らせる。でも、どうしても状況が飲み込めない。最後に覚えていたのは、確か――大学の音楽室で作曲の練習をしていた時のことだ。
――でも、ここにいるのは確かに俺だし、音楽室も見当たらない。ってことは……転移した?
心臓が大きく跳ねた。だが、すぐに冷静になる。異世界転移なんて、漫画や小説ではよくある話だ。それが現実に起きてしまっただけだ。
「どうしよう……」
何も分からない。ここで何をすればいいのか、どうやって帰るのか――そんなことを考えている暇もなく、俺は気づけば音楽が鳴り響く方に引き寄せられていた。
音楽だ。どうしても、その音が気になって、足が勝手に動く。
最初は小さな音だったけれど、だんだんと力強く、優雅に、そして心に響く音へと変わっていく。
その音色には不思議な力があるような気がして、俺は自然とその音の方へと歩み寄った。
そして、目の前に見えたのが――
歌っている青年。
その声を聞いた瞬間、体中に電流が走るような感覚があった。いや、違う――何かもっと深い、根源的な感覚だ。俺は思わず立ち止まった。その歌声が、ただの音楽ではないことに気づく。
――これは、歌なのか?
いや、違う。もっと、何かが込められている。
青年の声が、まるで魂に直接触れるように、心の奥底にまで届いてくる。その歌声は高く、優しく、そしてどこか神聖な響きを持っていて――その美しさに、俺は言葉を失って立ち尽くした。
周りを見回しても、誰も声を発していない。ただ、音楽を奏でる人々が次々と楽器を手に取り、ひとつの大きな交響曲が生まれていくのを感じた。ピアノ、弦楽器、打楽器――どれもが絶妙に絡み合い、ただの音ではなく、ひとつの「生命」のように感じられる。
その中でも、特に異様なのは――人々の動きだった。
彼らは歌に合わせて、声を発することなく手を挙げ、手話で何かを伝え合っている。まるで、この世界の神聖な儀式のように、誰もが音楽に包まれ、そして感謝の気持ちを手話で示している。
「アルカノーレ万歳……」
「カウンターテナー様にご加護がありますように……」
その言葉は、耳に届くことなく、体全体で感じ取れるようなものだった。俺はその感覚に圧倒され、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
――何だ、これは?
俺はただ、呆然とその光景を見守るしかなかった。異世界の人々が、歌声に合わせて手話で感謝の意を伝える。まるで音楽が神聖な力を持ち、その力がこの街を支えているかのように、全てがひとつにまとまっていく。
その音楽、そして歌声が、街そのものの生命の源となっている――そんな気がして、胸が締め付けられるような感覚に陥った。
「俺、どうなっちゃったんだ?」
ふと、自己を取り戻し、今自分が立っている場所を再確認する。
異世界に来たことは分かる。でも、こんな世界で俺は何をすればいいんだ?
目の前の「カウンターテナー」に視線を向ける。彼の歌声は、ただの癒しではない。この歌声が、この街にとってどれほど重要で、必要なものなのかが、何となく分かる気がした。
――俺がここにいる意味が、きっとあるんだろう。
自分の中で、そんな思いが湧き上がる。今はまだ何も分からない。だけど、今後、俺が何かをしなければならないと感じている。
この世界の中で、自分の役割を見つけるために。
俺はその歌声と音楽に包まれながら、次第に自分の意志を強く感じるようになった。
異世界に転移したことは、どうしても現実だとは信じられなかった。だって、目の前に広がっているのは、確かに見たことがない街並みだし、周囲の人々も誰一人として見覚えがない。しかし、どうしても「異世界」だと認めたくなかった。
それでも、見知らぬ土地で一人ぼっちになる不安が、じわじわと俺を包み込む。
「どうしよう……」
とりあえず、目立たないようにしていよう。誰にも気づかれず、無駄に注目されないように。それが、少なくともこの世界で自分を守る手段になるだろう。
周囲を見渡すと、どうやらみんな静かだ。歩いている人々も、まるで何かに縛られているように無言で歩いている。まるで誰一人として声を発していないかのようだった。
……いや、待て。
よく見てみると、確かに誰も声を発していない。まるで音が、無音の世界に包まれているみたいだ。
「声を持たない……?」
自分が呟いた言葉が、まるで音を遮られて消えていったように感じた。まさか、異世界に来て、こんな「音のない」世界が存在するとは思わなかった。
目の前に通り過ぎる人々は、誰も声を発していない。その代わりに、手を使って何かしらのコミュニケーションを取っている。口を開けて話すことは決してない。それはどこか不安を覚えさせる光景だ。
でも、声を持たない人々が大半だとしたら――声を持つ者が、特別であるのは間違いないだろう。
俺の目の前を歩く人々は、恐らく「声を持たない」普通の市民だろう。歩みが軽く、無駄な動きはない。ただ、目を合わせることもなく、黙々と日常を送っている。
「じゃあ……俺はどうなんだ?」
俺は、自分が「声を持つ者」として転移してきたことに、少しずつ気づき始める。周囲の人々と違い、声を発することができる。この異世界では、それが「異常」なのか?
声を持つことが、ひょっとしたら「目立つ」ことに繋がるんじゃないか? 目立ちたくない。こんな世界で、目立つことがどれだけ危険か分からない。
――目立たないように。
その時、ふと頭に浮かんだのは、あの歌声だった。あの「カウンターテナー」の歌声。
彼が歌っていたとき、周囲の人々は何も言わず、ただ楽器を手に取って、手話で気持ちを伝え合っていた。あの歌声が、全てを支配していたように感じた。
――そうだ。俺も、目立たないようにしなきゃ。
誰かと関わることなく、無駄に注目されることもなく、ただ静かに生活するためには、どうすればいいか。何か手立てを考える必要があった。
ふと街の中に立つ一つの建物が目に入った。
「……ピアノ?」
それは、どうやら街の中でも静かな場所にあるようだった。遠くからでも見えたその建物の窓には、ピアノが一台飾られているのが見えた。
――あれだ。
ピアノ。俺にとって、ピアノは音楽の中でも一番落ち着ける存在だ。自分の気持ちを整理できるし、何よりも自分を守るための「音」として、音楽の力があれば、無言の世界でもなんとかなるかもしれない。
そう決意して、俺は足を速めてその建物へと向かっていった。
俺は、街を歩いているうちに、人気のない路地に辿り着いていた。薄暗くて、静かで、ただただ、僕一人だけがそこにいる。周りの喧騒が嘘のように、足音さえも反響しないこの場所で、ふと立ち止まった。
視線を下ろすと、俺の手元にはピアノの小さな鍵盤が見えた。手のひらにしっくりと収まる感覚、ただそれだけで心が少し落ち着く。でも、どこかでそれが、僕の孤独をさらに際立たせるものだって知っている。
“でも、どうしても、この音を出さずにはいられないんだ。”
ピアノの前に膝をつき、ゆっくりと鍵盤に手を置く。最初はただ、指を軽くなぞってみる。深く考えずに、ただ、心の中のモヤモヤを音に変えてみようと思っただけだ。
軽く弾く。その音色が耳に入ると、少しだけ楽になった気がした。けれど、それだけでは足りない。
僕は、手を鍵盤に乗せたまま、もう一度深く息を吸う。音楽の中でこそ、僕は少しでも生きていると感じられる。歌うことはできないから、せめて、この指の先で音を紡ぎたかった。
そして、思い切って音を重ねる。
鍵盤を力強く、けれど少し荒々しく押す。音が、硬く、冷たく、胸の奥に響く。それは、まるで僕の中で爆発しているような、そんな感じだった。何度も繰り返し、指を動かすたびに、痛みが内側から溢れ出してくる。
“足りないんだ、僕は…。”
それがなんだか、涙になってしまいそうで、でもその涙を拒んだ。
少し、違う旋律を試してみる。今度は、緩やかに、優しく。だけど、僕の指先が鍵盤を弾くたびに、そこにあるのはどこか冷たい音だった。
“こんなにも優しさを求めているのに、どうして、この世界はこんなにも冷たいんだろう。”
ピアノの音が、何かを僕に伝えようとする。だけど、その答えが見つからない。それでも、無意識に音はどんどんと流れていく。
やがて、僕は少しずつ、自分の中にあった痛みを音楽に込めていくことができた。それは、まるで僕の心がそのまま鍵盤を通じて世界に漏れ出すような感覚だった。
音楽という手段しか、僕にはなかった。言葉も、表情も、僕には足りない。でも、この音ならば、もしかしたら少しだけ、僕の気持ちを伝えられるかもしれない。
“どうしても、僕は生きていたいんだ。”
そして、また手を動かす。今度は、少しだけ穏やかなメロディを紡いでみた。何もかもがぼやけて、僕が今何をしているのかもわからないけれど、この音だけは、どうしても止められなかった。
数日間、裏路地の中にある古びた建物に足繁く通っていた。どこか懐かしいような、でも切ない響きのピアノの音を、ただひたすらに弾き続けていた。街の喧騒から離れたその場所は、僕にとって唯一、心が少しだけ安らぐ場所だった。
だが、気づけば、自分でも不安になるくらいにその音が止まらなくなっていた。
毎日、毎晩……僕の指が鍵盤に触れるたび、音色が溢れ出す。悲しみ、孤独、そして誰にも届かない思い。それらを音楽に託して、ただひたすらに奏でていた。心の中にあるものを消化しようとしただけだ。でも、どうしても足りなかった。
そのピアノの音が、やがて知らぬ間に街中に広まり、噂となった。
「聞いたか?裏路地の建物から、あのピアノの音が流れているらしい。」
「音色が、まるで言霊のように響いてくるんだ。誰かが孤独を歌っているような、そんな感じ。」
「でも、その音に触れると、胸が締め付けられるんだって。」
僕はその話を聞いたことがなかったけれど、同時にその音が誰かに届いていることに少しだけほっとした。
誰かが聴いてくれるのは、確かに嬉しいことだったから。
一方、アルカノーレの館。
広い敷地と美しい庭園を持つその館は、街の中心から少し離れた場所に存在し、静かで神聖な雰囲気を漂わせていた。だが、そんな静けさの中、館の中ではひとつの話題が持ち上がっていた。
「裏路地のあのピアノの音、聞いたことがあるか?」と、バストンがふと言った。
その言葉に、カウンターテナーが顔を上げた。
「噂では、あの音色がまるで孤独を歌っているようだって…。神秘的で、寂しげな響きらしい。」
バストンの言葉に続けて、テナーも無言でその話を噛みしめる。
「誰が、奏でているのかな?」
テナーが静かに問いかけると、バストンは答える。
「わからない。ただ、音があまりにも鮮明に街中に響いているから、何か理由があるのかもしれないと。」
バスはしばらく考え込み、目を細めた。
「調査に乗り出すべきだな。音が何かを伝えようとしているのなら、それを無視するわけにはいかない。」
彼の声は、何か強い意志を感じさせる。
バストンは頷く。
「そうだな。何かが、この音色に隠れているかもしれない。」
そして、アルカノーレ達はその噂を追うために、裏路地へと向かう準備を始める……。